Cool Cat(フレディ・マーキュリーのファルセットヴォイスで) | 葛山麓

葛山麓

そして引っ越した!

 この記事のつづき。

(あらすじ)
 要領を得ぬ話し方をする大家に突然、「部屋を出て行ってくれ」と言われたうちの弟。
 どうやら、猫を飼っていることが気に入らないらしい。
 ペット可、を条件に入居した部屋なのになぜ?
 遅々として進まぬ問答の末、ついに大家の爆弾発言が飛び出す……!




「でも猫はひっかくし……」

 と、消え入りそうな声で大家は言ったのである。半分べそをかいている。ここで大声でも出せば泣き出してしまいそうな雰囲気だった。
 それはまるで「犬は吠えるし……」とでも言うようなもので、少々、理解に時間がかかった。
「つまり、部屋がボロボロになるからダメ、ということですか?」
 大家は無言である。
「猫が柱で爪を研いだりするから?」
 また、無言である。
 困った。

 冷静になってみる。
 目の前には自分より少なくとも15歳は年上の中年男性が、廊下に立たされている小学生二年生みたいな表情かつ姿勢かつ態度でこちらを見上げている。それに対し自分は、なぜかいちいち、相手の言葉を代弁しながら会話を進めている。いや、中年小学二年生大家が、何も言わぬ以上これは『会話』ですらない。まるで詰問しているみたいだ。責められているのはこちらだというのに!
 この状況のシュールさにどうしたものか迷いつつ、確認した。
「それが理由で、出てってくれ、と言うんですね?」
「……」
 大家はなにかモゾモゾ呟いたように聞こえたが、肯定とも否定とも判別できなかった。
 しゃきっとせんか! と叱りつけてやりたい気になったが、我慢する。
「あの……どうなんですか?」
 待つこと数秒、ようやく大家は、うなだれたまま言った。
「……はい」
 家の中に招いて、猫の爪研ぎ木片はちゃんと買ってあること、だから猫は部屋の中を引っ掻いて傷つけたりしていないことを見せてやろうかと思った。実際、そう申し出もした。
 でも大家はうなだれたまま一歩も動かないのである。態度を表明しないのである。
「わかってもらえないですか」
 とにかく落ちついて貰いたくて、噛んで含めるように言いきかせるも大家は、石膏像のように微動だにしないのだった。
「あのぅ……こっちも困るんですが……」
 そんな態度だと、と彼が思ったそのときである。
「……」
 大家はまた、秋の蚊がひょろりと顔を出したかのような声で、告げた。
「え?」
「出てけ」
 小さな声だったが、今までで一番の暴言である。正直、怖かった。
「はい?」
「今月いっぱいで、出てけ」
 追い詰められたいじめられっ子のような目つきで見上げると、大家は加速装置でも発動したように瞬時にして背を向け、走り去ってしまったのである。

 その月一杯で、うちの弟はそこから引っ越した。

(おわり)