今日3/11は東日本大震災のあった日です。
当時僕は神戸にいたんですが、仕事をしながらビルが大きく揺れたのを感じました。
しかしその時は大した事ではないと高をくくっていました。
何故なら僕は大学大学院の六年間を仙台で過ごしており、震度4,5あたりの揺れはしょっちゅう感じていたから。
帰宅してテレビ付けて気仙沼の街が燃え盛っているのを見て愕然としたのを覚えています。
悲しい出来事だし、乗り越えて行かなくてはならない事ですが、実は僕自身あまり実感がありません。
というのも神戸はほとんど被害を受けておらず、建物の損壊も放射能被害も節電も(言い方は悪いですが)どこか他人事でした。
神戸ではどちらかというといまだに阪神大震災の方が人々の記憶に鮮明な印象です。
ところが五年前関東に来てみると、3/11を迎えると皆東日本大震災のことを言うんです。
しかもまるで身内に不幸があったかのように口に出しにくいといった感じで。
その時、あぁ東北だけでなく関東の人も当事者なんだなと思い知らされた気がしました。
今朝テレビを付けるとサンドウィッチマンが出演しており震災について語っていました。
彼らは地元が仙台で当時もろに被災しており、別に被害者面しているとは微塵も感じません。
ただ、誰が見ても被害者だからいつまでも語る権利があるのかなと同時に思ったんです。
というのも、当時震災にコメントする芸能人が何かにつけて「自分は東北と繋がりがあるんだ、だから痛みを共感できる」といったニュアンスの発言をしており、僕はそれが嫌でした。
出身が―とか親の実家が―とかは良いとして、全然ゆかりがない人は無理に繋げなくて良いよ!痛ましい思いしてるで十分だろ!って突っ込んだ記憶があります。
しかし、やはり被害者側にくくられないとそもそも共感することすら不謹慎という雰囲気があったんだと思います。
「可哀想、憐れんでいる」っていうセリフはどこか薄っぺらく他人事で上から目線である、当事者以外が軽々しく悲しいとか言うな、本当に辛い人に失礼じゃないか―そう感じる人もいるんでしょう。
なので繊細な人はその保険として「自分はゆかりがあるんだ、だから共感できる、悲しむ資格はあるだろ?」という前置きが必要という意識があったんでしょう。
これは上げ足対策の結果とも言えますね。
もっとも僕はそれが透けて見えてしまい逆に嫌でしたが。
かくいう僕も、実は同じ意識があるのかもしれません。
自分は仙台で学生時代を過ごした、思い出の地があんな滅茶苦茶になり悲しんでいる、だから記事を書く資格があるだろ?という意識。
ま、考えすぎかもしれませんけどね。
それにしても、それ以降相次ぐ自然災害に対して日本人が奉仕の精神を打ち出すようになったのは良いことです。
海外の災害に対しても積極的に支援してますし。
そういう意味では日本人はまるで死の底から這いあがったスーパーサイヤ人のように逞しくなっており、そういう所が誇らしいですね^^