No.1にならなくても良い♪ ←よくねぇよ! | Sanoth From Hell

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一児の父親となったSanothが社会問題を理屈っぽく斬る!

第46回衆議院選挙まで一週間を切り、街は候補者による街頭演説で大変盛り上がっています。
公職選挙法に抵触するので具体的に特定の党に投票を誘導するような表現は避けますが、いくつか見た選挙演説の中で印象に残ったものがあります。
それは一位じゃなきゃ駄目というものです。

自民党公認の兵庫一区の候補者である「もり山」さんは以前議席を持っていた頃スーパーコンピュータ京の神戸誘致に尽力なされたとか。
この京は日本が世界に誇るスーパーコンピュータで、設置されている理化学研究所は私の会社のすぐ近く。
以前は世界一を誇っていたけど民主党の事業仕分けで「二位じゃ駄目なんですか?」と言われ支援金カットの危機に扮し、結局今は三位まで落ちてしまったそうです。

演説の要点は、民主党の無駄を仕分けるパフォーマンスはiPS細胞の山中教授のノーベル賞受賞により、その仕分け着眼点の悪さが露呈されたばかりではなく、削減費がさほどの額にも至らなかった事から、それ自体が無駄だったと印象付け、ものづくりによる技術立国日本の再興を目指そうといった趣旨だったかと思います。

当たり前の事なんですがトップを目指す事はどの分野においても大切。
でもその事を日本人は忘れつつあると断言せざるを得ません。


その根幹にあるのが共産主義的思想の堕落した教育です。


ゆとり教育では徒競争では「手を繋いで皆一等賞」、お遊戯会では「全員主役の白雪姫」という笑えない演出を聞いた事があります。
これは完全に間違いであるどころか人間の競争力そのものを奪う危険な発想です。

本来人間は競争に負け悔しさを味わう事から物事を学びます。
どうしたら成績が伸びるかを考え、工夫し、また挫折してまた考える、それを繰り返し成長します。
他人を蹴落としたり、ズルしたり、横道にそれながらも、真面目な努力に勝るものは無いと、そういう着地点に行きつくのが日本人の良い所です。
そしてそれは社会人になってからも活かされ、競争する精神に独自の発想や手先の器用さを加え、日本のものづくり産業は世界から絶賛されるようになるのです。
歴史が証明しています。

つまり逆にその競争心を子供の頃から奪うような教育は日本を滅ぼします。
平等だの人権だの公平だの手を取り合ってだの下らない。
そういう共産主義的な思想は、努力して能力を勝ち得た人間やその努力を、大した苦労もしなかった根性無しが平気で批判し、足を引っ張り合う事を正当化する社会を導きます。
結果誰もが努力を止め、国力は衰退し、理想の平等国家どころか何の取り柄も無い弱小国家がなれの果てでしょう。
歴史が証明しています。

弱者に厳しい、格差を開かせるような新自由主義は危険だと思いますが、初等教育において精神に競争感覚を刷り込ませる事は人間が向上心を持って生きていくためには不可欠でしょう。
日本企業が軒並み転落している事に円高が大きく関与している事は明白ですが、純粋に労働者の質の低下の関与する割合も相当大きいでしょう。
戦前のまともな教育で育った人達の影響力が減り、戦後の歪んだ教育により骨抜きにされた人間が産業のマジョリティを占めてきた事が近年の日本衰退の本質ではないかと。
つまり現代日本は戦前教育の貯金を食いつぶし延命してきたに過ぎないという事でしょう。
一刻も早く教育改革を行い、子供たちが上を見て伸び伸び成長出来るような社会を取り戻さなくてはなりません。
産業がかつての隆盛を取り戻す事も大事ですし、それ以上にその事は日本全体を盛り上げます。
オリンピックやW杯では同様の盛り上がりを見せるのですがから、それをもっと拡大して解釈すれば良いだけなのです。

自虐的な思想から脱却し、もう一度世界に誇れる国日本を取り戻さなくてはなりません!


今日の一曲

世界に一つだけの花 / 槇原敬之

「No.1にならなくても良い、元々特別なオンリーワン」といった歌詞があったと記憶しています。
一人ひとりが個性を持ち、他人とは違う事を売りにする事は素晴らしいです。
しかしそれは努力が報われなくても、という事であって、端から努力しない事を正当化するという誤ったメッセージの発信になってはいけませんね。
No.1を目指した結果のオンリーワンであれと。