旅の記憶1 | 佐野光来

佐野光来

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  寝る前にする心配事はそのまま夢に立ち上がって、最近なんかは毎日、夜道でひとり、道に迷う夢をみる。恐ろしくなって起きてからひたすらに、グーグルマップの、あのリアル地図みたいなやつで歩くべき道を再確認する。すると、地図上でも私は迷子になって半べそをかく。ほんとうの道、に迷ったわけでは決してないのに、「迷った、これどうしよう、ほらまた迷った」とかぶつぶつ言いながら大騒ぎしている。最終的にはあのリアル地図の、ぐんぐん変わる景色に(ときどき操作を誤って空など仰いでしまったり・建物のなかに突撃したりして)、猛烈に酔っぱらってしまう。一度ほんとに気持ちが悪くなって、トイレに籠ったまま30分寝落ちしたときは、危険だ、と心底思った。
  旅に出るのだ。たったの一週間ではあるが、出掛けるのだ。本来なら楽しみで仕方がないはずのそれも、愉快な道中を一ミリも想像することができない。そこは、スリの巣窟らしいのである。行く場所を告げれば「またまた、心配しすぎだって」と言われてしまいそうなのであえて言わないでおくがしかし、たかが一週間の日程だとはいえ油断は禁物なのである。その為に地図をある程度頭に入れようとしている次第である。携帯を見ながらきょろきょろと、歩けないほどのそんな場所なのだったらどうしようか。懸念されるのは、基本的には私の、女の、からだひとつであるということ、インターネットで仕入れた知識ばかりで実際の治安を知る由がないということ、そしてやはり、ことばが通じないこと、あとたぶん寒いこと、と、まあこうして挙げられる問題だけでもなんと憂鬱なことだろう。ひとりで、というのは、自分で決めたことなのでなんとも言えないけれど、こんなにも憂鬱になるなんて思ってもいなかった。「一生のうちでいつか」と思っていたところにふたつも行く夢が叶うのだから、もっとずっとわくわくしていられるものだと思っていた。ここまで心配性な自分には正直いって驚いた。そのことを非常に疎ましくも感じながら、高いのか低いのかわからないこの異常なまでの危機管理能力においては讃えるべきではないのんかと思ったりして、朦朧とした頭で地図を見続ける。どうにか出発の日を迎えようとしている。