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さのdeスキー倶楽部

子供たちと回った全国各地のスキー場とホテルの情報。
夏は海外のリゾートを中心に紹介するブログです。



 今シーズン、筆者は28日、子ども達は20日と最長滑走日数を記録した記念すべきシーズンの締めくくりはどこで過ごそうかと考えていたが、記録的な超暖冬のために本州では雪の心配があると思い、シーズン3度目の北海道で終える事を決めた。3月の終わりに時間が取れそうだったので、できるだけ雪の良い所をと思い、ルスツよりさらに内陸部にあるニセコを選んだ。子供たちも北海道には何回も来ているが、今までルスツばかりだったので、たまには違う所を経験させてもいいだろう。


 筆者は今回でシーズン23回目のスキーだ。毎週のように行っていると気持ちの上でも高ぶるものがなくなってくるものだが、北海道となると話は別だ。出発当日の朝には起床まで何度も目覚め、4時半には眠れなくなり道具を準備に取り掛かった。6時過ぎには徳島を出発。今回も神戸空港発のツアーだ。淡路島までは順調に走ったが、阪神高速に入って渋滞に巻き込まれる。一時車が全く動かなくなり、出発時間に間に合わないのではと気持ちが焦る。1月に来た時には予想より早く着いたので、今回出発時間を遅らせたのだが平日の通勤ラッシュを考慮に入れていなかった。それでも何とか8時過ぎには空港に着き、朝食を食べて神戸を飛びたった。


 
↑ICカードでピピッとチェックイン      ↑機内でおどける長男


 神戸から千歳まではわずか2時間だ。昼前には北海道に着いた。空港で昼食を取り、バス停留所まで出るともの凄く寒い。外の気温は3度。徳島ではもう連日20度以上の陽気が続いていたから特に寒く感じる。道端にもまだたくさんの雪が残っている。さすが北海道だ。ゲレンデも十分に期待ができそうだ。千歳からニセコまではバスで約2時間。以前はルスツを経由してニセコに行っていたのだが、数年前から直行便が出るようになったので、ずいぶん早く着くようになった。


 今回宿泊するのはホテル日航アンヌプリ。ロビーに入るとポーターが荷物をスキーロッカーと部屋まで運んでくれた。サービスは良かったし、部屋もまあまあきれいだったが、館内の施設はルスツリゾートやキロロのホテルピアノほどは充実していない。レストランの数は3~4軒。子ども達にとってはゲームセンターがないのが不満の種。純粋にスキーを楽しむだけなら良いが、家族で使う分には不向きだ。


 到着したのが3時前なのでボヤボヤしているとすぐに夜が来てしまう。さっさと部屋で着替えを済ませ、ゲレンデに出る準備をする。空港で列を離れて筆者にしかられた子ども達は動きがいい。バッグの荷物を棚に整理し、それぞれ自分でスキーウェアに着替えた。



↑さあ、今からゲレンデに出ます!


 今日はホテル前のニセコアンヌプリゲレンデを滑る予定だ。ニセコにはひらふ・東山・アンヌプリと三つの大きなスキー場が並んでいるのだが、アンヌプリは一番奥にあり、比較的斜度が緩めで広いのが特徴だ。子ども達が足慣らしをするのには最適な環境だ。最初にメインのクワッドに乗って1000mを一気に滑り降りる。期待の雪質は・・・ううん微妙なところだ。出発前にインターネットで調べたらニセコは「粉雪」との表示が出ていた。3月の終わりでは全国どこのスキー場もシャーベット状態だが、さすが北海道と感心をして大きな期待を寄せすぎていた。どうやら先週までは本当に粉雪状態だったようだが、今週に入って気温が上がったためにかなり水分を含んだ重い雪になったようだ。一本滑ると足に堪えた。


 

↑長女の滑走。広いゲレンデで気持ちよさそう。↑ニセコの頂上へ。


 上部の方はまだましなのではないかと思い、ゴンドラで頂上へ移動する。頂上付近はさすがに重いということはなかったが、昼間に溶けた雪が大きなかたまりになってゴロゴロ転がっている。滑っているとこのかたまりが板に当たって滑りにくい。平均斜度が21度もあるので、子ども達は腰が逃げ気味だった。しかし、頂上からの壮大な眺めはやはりニセコならでは。東洋のサンモリッツとも呼ばれる日本離れした景観が眼を和ませた。


 
↑太陽の周りにリング状の虹が。     ↑夕暮れの中を滑る筆者。 



↑頂上から見える景色。左の大きな山は蝦夷富士とも呼ばれる羊蹄山。

 ホテルで妻が休憩している間に、子どもと三人でエキスパートコースに挑戦してみた。このコースの上部は平均斜度32度、最大斜度39度という急斜面だ。滑ると言うよりはまっ逆さまに落ち込んでいくような感覚だ。子ども達二人は出だしはさすがに怖がっていたが、斜滑降で進み始めると傾斜にも慣れ、そのうちに板を回してターンしながら降りられるようになった。結局、転ぶことなく下まで滑り降りた。少し斜度が緩むと長女は下の様な見事な板さばきで急斜面を連続ターン。筆者も思わず「おおおー」と声を上げる。


 エキスパートに続く初級の第1ゲレンデにはスラローム用のポールが立っていたので、これに入り練習をする。剣山で練習してるのと同じ位の斜度なので子ども達は慣れたものである。筆者は何回か外したものの、子ども達がリズム良くターンを刻む様子にはそばを通っているリフト上から歓声が上がるほどだった。面白いのでこのコースをもう一度滑り、今度は焼額山方面へ移動することにした。


 
↑SLポールをすべる長女


 志賀高原は横に長いスキー場なので、コースとコースの間に平坦な道や上り坂が現れる。スケーティングのできない妻はヒイヒイ言っていたが、朝に食べたケーキのカロリーを思えば適切な運動だろう。中斜面が2000m続くダウンヒルコースを降り、プリンスホテル東館のレストランに到着。ここは焼額山に三つあるプリンスの中で最高級のホテルだけにレストランの味も良かった。ホテル前には大きなカマクラが作ってあり子ども達は出たり入ったりして遊んでいた。


 
↑ホテル前に大きなカマクラが出現    ↑カマクラの中でポーズを決める

 この後は高速第3リフトで登って、GS用ポールの設置されたイーストナイターコースとコブ斜面のミドルコースで練習。コブ斜面はかなり大きなもので子ども達が降りられるかどうか心配だったが、実際に降りるのに苦労したのは筆者だった。特に、長女は連続して大きなコブを飛び越え長男と筆者の遥か先を滑って行った。


↑GS用ポールに入る筆者


 
↑長くて大きなコブコース           ↑長女は見事にコブを乗り越えた

 奥志賀からホテルのある蓮池まではリフトを上手に乗り継げば、ゲレンデを滑って戻る事もできるようだ。昨年もどこまで戻れるか家族でチャレンジしたのだが、途中から暴風雪になったため一の瀬まで戻ってバスに乗った。今年は一の瀬を越え、高天ヶ原まで戻る事ができたが、ここでバスの時間が近づいたのでタイムオーバー。いつかはリフトだけで戻れるようにしたい



↑左から一の瀬・タンネの森・高天ヶ原全体が見渡せるほど天気が良かった

 朝6時に起床。昨日は一日中ナイターまで滑っていたので、疲れていたのだろう。旅行中にはいつも早く目覚める筆者が割と遅くまで眠る事ができた。十分な睡眠をとったので頭も体もすっきりしている。長男も熱を測ってみると平熱に戻っていたので、朝食後全員で奥志賀方面へ向けて出発する事にする。奥志賀高原は一番奥のスキー場なのでバスでの移動にも時間がかかる。ようやく停留所についたと思ったら、長男の様子がおかしい。「疲れた。歩きたくない」と繰り返し、ゴンドラ駅まで来て動かなくなった。熱はないようなのだが、昨日のスキーの疲れがまだ残っているようだ。


 少し時間がたてば機嫌が戻るかもしれないと思い、長女と二人でゴンドラで焼額山の頂上を目指した。この日は前日の吹雪に近い天気とはうって変わって、雲一つない突き抜けるような青空が広がっていた。山頂からは北アルプスの山々だけではなく、水平線まではっきりと見える。天気が良いためか気温もグングン上がっているようだ。前日の天気予報では最高気温-10度で昨日より寒いと言っていたので、重装備で出かけたのだが汗ばんできた。山頂から麓までは2000m少しの快適な中斜面が続いている。長女はずいぶんスピードも出せるようになってきたので、筆者にも遅れずに着いて来る。


 
↑素晴らしい快晴。              ↑人の少ないゲレンデを滑り降りる

 麓まで一気に降りて長男の様子を見に行くと、いつの間にやらニコニコ顔に変わっている。レストランに入ってココアを飲んだら、急に機嫌が良くなったという。非常に分かりやすい性格の長男だ。

 もう一度ゴンドラで上まで上がって、今度は奥志賀高原ホテル方面へ降りる。このコースは第2エキスパートコースという急斜面があるのだが、妻がいるので迂回コースを回っていった。奥志賀の雪質は前日の横手山ほどではないが、素晴らしく良い。軟らかい雪が足を包み、樹林の続く美しい景観が二日目で疲れの残る体を和ませた。一度麓まで降りて、奥志賀高原ホテルでお茶にする事にした。ホテルのケーキは手作りで、中々美味しい。


 
↑奥志賀高原ホテルで休憩。        ↑向こうに見えるのが第2エキスパートコースだ。志賀高原でも最高レベルの急斜面だ。

 

↑最初は怖がっていた二人。        ↑長男も板を揃えて上手に滑降。 

 
↑長女のフォームはバッチリ決まっています。

 山頂についてまず昼食をとることにする。横手山ヒュッテの入口には人気者のハスキー犬がいるのだが、この日は余りの寒さのため屋内に引っ込んでいた。横手山ヒュッテの名物は国内最高峰の場所で焼かれたパンとボルシチ。冷えた体には最高のメニューだ。妻と子ども達はきのこ雲スープを注文し、舌鼓を打っていた。約1時間ほど屋内で体を温めた後、いよいよゲレンデに出る。横手山スキー場の奥に渋峠という小さなスキー場があるのだが、人が少なく安心して滑る事ができるのでここに向かう。ヒュッテから渋峠に向かうルートの脇には大きな樹氷が立ち並んでいる。何という高さだろうか?昨年来た時はこんなにも大きなものではなかったが、やはり2月頃に来ると規模が違うようだ。元の樹形も完全に消え、約3mの高さにまで達した氷の柱が何本も連続して立っていた。蔵王の頂上にモンスターと呼ばれる巨大な樹氷ができる事があるが、それを髣髴させるほどのものだった。



 
↑横手山ヒュッテの看板            ↑人気者のハスキー犬も寒そうだった

 
↑名物のボルシチ。野菜が大きなかたまりのままゴロゴロ入っている。↑きのこ雲のスープを食べてご機嫌な長女。


 樹氷群を抜けた後、渋峠ゲレンデに出てここを一本滑る。雪はキュッキュッと音がするほどのいい状態。こんな雪は北海道でもキロロやニセコなど一部のスキー場でしか味わった事がない。滑る環境は最高なのだが、ここのペアリフトはフードが付いておらず、この気温で吹雪いたら耐えられない。見る間に体が凍り付いてきた。一本だけ滑って限界が来たので、昨年滑る事のできなかった熊の湯スキー場へ向かう事にする。妻と子どもは渋峠で凍えたようなのでヒュッテでしばらく休憩。筆者は横手山のコースを何度か滑り、コースの状況を調べた後、再び家族で出発した。


 
↑モンスターに匹敵する巨大な樹氷    ↑渋峠で凍えながら滑る長男と妻

 ところがここで思わぬ事件が起きた。横手山を下っている途中、少し急な斜面があったので妻は迂回コースを進む事になった。母思いの長男も妻に付いて行く。筆者は長女と急斜面を降り、合流地点で二人が降りてくるのを待った。ところが、いくら待っても降りてこない。携帯も通じず、そのうちに風も強くなってきたのでいったんリフト下のレストランに移動する。再び携帯で連絡をとると、妻が出た。「ここはどこ?標識も何もないので場所が分からない!」と叫んでいる。そういえば妻は筋金入りの方向音痴。迂回コースの途中で間違った方向に進んだに違いない。(昨シーズンのように中級コースを転びながらでも降りさせれば 良かったか?まさか危険な場所には出ていないだろうと案じながら長女を待機させて筆者は再び探しにリフトを上がる。迂回コースに入りゆっくりと滑り降りてゆくと、思いがけない方向から「パパー」と叫ぶ声がする。長男の声だ。見ると熊の湯との連絡コースでもそもそ動いている二人の姿を見つけた。どうやら途中でコースの標識を見落とし、連絡コースに迷い込んだようだ。妻いわく、「雪上車が現れたのでこちらのコースが正しいと思った。」長男はきちんと看板を確認して正しい方向を指示していたようだが、妻は自分の判断を信じたと言う。今月は栂池で長女。大山では長男。そして遂に志賀高原では妻が迷子になった。



↑途中で迷子になった妻と長男


 とんだ事で時間をロスし、リフト終了の時間が近づいてきたので熊の湯は諦め、ホテルに戻ることにした。夕食後、滑り足りない筆者は一人でゲレンデに出る。ホテルの前には蓮池、丸池、サンバレーの三つのスキー場がある。雪質ももちろん横手山ほどではないが、夜になって冷え込んできたため軽い雪質が復活してきている。一番奥のサンバレースキー場はメインゲレンデの滑走距離800mは少々物足りないが、広さが100mある他、クワッドリフトでどんどん運んでくれるので練習にはもってこいだ。斜度も平均18度と快適な中斜面が続いている。ここで1時間ほど滑った後に、丸池ゲレンデまで戻って日本最古のリフト発祥の地「丸池Aコース」に入った。このコースはこれだけを滑るために丸池ゲレンデを訪れる人がいるほどの名物コースだ。最大斜度32度、平均斜度27度のコブ斜面は筆者の技術の域をはるかに超えているが、雪が軟らかかったため何とか降りてくることができた。ホテルに戻ると、長男が37度6部の熱。横手山で冷えたせいだろうか。夜の9時には電気を消して就寝。


 
↑ホテルでは茶道クラブの長女がお茶を入れてくれた ↑体操をやっている長男は腕前を披露 

 志賀高原スキーサーカス。21ものスキー場が連結した日本最大のスキーエリアだ。徳島からはバスで約10時間と大変な時間がかかる場所だが、2・3日ではコース全体を回りきれない懐の深さと日本離れした見事な景観、そして最高の雪質・・・志賀高原の魅力を上げていけばキリがないが、2年前に久しぶりに訪れて 以来すっかりそのとりこになり、今シーズンも当初から家族で来る計画を立てていた。従来徳島から志賀高原まで行くツアーが余りなかったのだが、昨年から愛媛発で徳島を経由するツアーが運行し、大型のバスで快適に移動できるようになった。今年も同じツアーで早い時期に申し込んだ。


 ところが、このツアー、一つ大きな欠点がある。集合時間に遅れて来るのが常態化しているのだ。2月初めに栂池高原に行ったときは約40分遅れ。今回も20分も遅れてやっと集合場所にバスが来た。一言位遅れた理由の説明があってもいいようなものだが、乗務員も平気な顔をしているので、県外発のツアーは道路事情もあって遅れるのは当たり前なのかなと思っていた。ところがこの背景には恐るべき事実が潜んでいた、後日某テレビ番組で取り上げられていたのだが、ツアーを主催している旅行会社は過密スケジュールでバスを運行しており、運転手は十分な睡眠もとらずフラフラになりながら運転をしているという。そういえば、栂池に行った時には二人いた乗務員の応対が的を得ず、夜に目覚めた時に何回かバスが蛇行運転をするのを感じたが、ひょっとしたら事故直前の状況だったのかもしれない。ただ、このツアー、その他の点は申し分のないものなので、会社の姿勢を見直し、来シーズンも運行してくれる事を祈る。


↑大型のバスで快適な旅なのだが


 さて、日付も変わる間際に徳島を出発して、現地についた頃には11時前になっていた。予定より1時間遅れである。ホテルは昨年も泊まった志賀ロイヤルホテル。バス停が間近にあり、横手山方面に行くのには好都合な場所だ。ホテルで着替えをして、本日の目的地である横手山に向かう。シャトルバスを降り、ゲレンデに降り立つと足元には志賀高原特有の軽くて軟らかい素晴らしい雪があった。2月中はずっと記録的な高温が続いていたのだが、月末になってようやく冷え込み、この日は最高気温が-6度。雪は山頂に近づくほど益々いいものに変わってきた。ストックで雪の塊をかけば、空中に綿のようにふわっと舞い上がる極上の雪だ。今シーズンはルスツでも栂池でも県外に出た時は大概気温が高かったので、このレベルの雪に出会えるのは今シーズンでも初めてのことだ。しかし、横手山の山頂に架かっているリフトの上はとにかく寒かった。気温が低い上に雪も降り続き、風も吹いている。体感温度は-10度を下回っていたに違いない。顔がだんだん凍りついて痛さを感じるようになった。こんな感覚を味わうのは久しぶりだ。



↑樹氷の連続する素晴らしい景色だが凍りつくような寒さが玉に瑕