教科研大会2日目(大阪暁光高校 8月9日)
教科研大会2日目は、分科会での報告と討議の1日でした。17分科会は「教師の危機と希望」分科会。この分科会には世話人としてずっとかかわり続けています。現役教員でもないぼくが関わるのは、かつてぼくの教室の現場に来ていた若者たちが、教師になりそこでぶつかった困難のために苦しんで連絡してきていたからです。その悩みの相談に乗ってきました。その後、いくつかの大学で教職支援の授業もするようになり、教師になろうという希望を失う人たちへの支援の必要性を一層強く感じました。(このブログを書き始めたのもその支援からでした。)午前中は3本のレポート午前中は、三人からのレポート。まず、今年度から教師になった二人。中学校の英語教師と小学校2年生担任教師。困難の多い教師という仕事のリアルが語られます。報告途中で涙があふれる二人。子どもたちへの関わり方は、初めてなので、思ったようにはいかないけれど、それでも懸命に過ごした1学期でした。やっと深い息がつけたという表情が痛々しい。困難な中にも、懸命に希望を見出そうとしている二人。でも、授業規律、学習スタンダード、子どもたちの見せる荒れに迷いばかり。こうすればいいという結論など見出せないけれど、自分の思いを見失っている二人に、参加者がやさしく声を掛けました。ぼくは、これまでも同じように初任の人たちが困難を感じ苦しんできた事例をたくさん知っているので、あとでそれらの参考になるかもしれないデータを送りますね、そう語りました。(青山きいろさん自身の困難な体験のデータと、それを見まもって来た記録というぼくが書いたデータ)<青山きいろさんの書いた「教育」誌の原稿の最後の文章から> 先輩たちに教えてもらうことはありがたい。そして、学ぶことはいっぱいあるけれど、教師になろうと思ったときの自分の思いを見失うことなく、この島の子どもたちといっしょに教師として生きていきたい。私は、子どもが変われば、周りが変わっていくと信じて子どもと向き合っている。<この青山きいろさんからの手紙に応答したぼくの文章から、きいろさんのことばを紹介しています> 苦しい日々が待っていた 現場教師になったきいろさんから6月末に送られて来た「イラスト手紙」には次のような文章が添えてあった。 1.私は遠く離れた地で担任です。仕事は思っていたよりとても大変で、結構泣いたりもします。何が大変かというと、仕事量が多いとか、寝る時間も休日もなかったり、荒れた子がたくさんいたりと、そういうことも大変なのですが、一番しんどいのが指導の先生(学年主任)の指導です。 2.授業進度が少しでも遅れると注意がきて、授業も、やることも、掲示物も、全てそろえないと気がすまないらしく、自由がなく苦しい。子どもへの接し方まで同じ。 子どもがクーラーにいたずらをして、教室中結露で水浸しになるという大事件が起きた。学年主任に「なめられてからこうなる。厳しくしなさい」と叱られて、その日1日とても厳しくしたら、いつも手を焼いているショウがキレてドアと壁を何度もけとばして帰っていった。そして、もう一人のすごく大変なコウタに「先生のバカヤロー!」と叫ばれた。「厳しくしないから荒れる」と言われて厳しくしたら、子どもたちは余計に荒れた。 3.学年主任に子どものことを相談すると「あなたの指導が悪い。子どものせいにするのはおかしい」「子どもと一緒に休み時間に遊ぶからなめられる」と叱られるだけなので、職員室で子どものことを話せない。何か話すとどんどん禁止が増える。本当は子どものことを話し合い、どうしたらいいのか一緒に考えてほしい。私はいつも荒れている子たちと一人で向き合わなくていけなくてつらい。一緒に考えて、そこから自分で探しなさいと言ってほしい。 4.学年主任は効率よく学力を上げる授業についての持論や、学習指導要領の話ばかりする。そんな話より、もっと子どものことを話し合いたい。私は塾の先生になりたくて小学校の先生になったわけじゃないのに。 5.もう何が正しいか分らない。求められるものが大きすぎて、苦しくて、気持ち悪くて、おかしくなりそうだった時、サンニ先生が電話をしてくれた。「1年経って、その子が少しでも変わったなら、それでいいじゃない」という言葉に救われた。自分を見失いそうだった時、引っ張りあげてもらった感覚になった。 6.いつも間違いそうになる時、大学での先生方の言葉を思い出す。大学時に毎日書いた授業ノートを何度も見返す。自分が大切にしたい気持ちは、何があっても壊しちゃ行けない。守り続けようと決意した。私は私のやりたかった方法で、子どもと向き合う。周りの人にどう言われようと、もう流されないと決めた。こう思えるのは、大学で出会った先生方のおかげ。私は笑顔でやって行けそう。でもまた迷いそうになった時は助けてください。昨日の二人の話は、このきいろさんのことばとぴったり重なりました。こういう研究会に参加することは、自分の思いを取り戻すことだな、そう思って、二人の話を聴いていました。3人目は、特別支援級担任の人。新任時の困難はもうクリアーする術を身につけています。組合活動に参加して、自分と同じ思いの若い人への支援をしています。この方の話は、現場の困難を潜り抜けた先の希望を示していました。午後からは子どもたちの思いを実践につなげるレポート午後からは、教員生活10年余で、子どもたちの思いを教育実践として具体化する姿を示してくれました。下のAI写真は、この分科会世話人の花💮くんが撮って、加工したもの。(使わせてもらいますね)真ん中の女性はayumiさん。生活科の実践を通して、「子どもの思いを出発点に」というレポート。「低学年のクラスづくりは、生活科実践でもできる!」と言い切っていました。学生時代から知っている彼女の頼もしさに驚きながら聴きました。その隣はkennshiくん。子どもたち自身の力を信じた「劇づくり」の報告。ありきたりの脚本ではなく、すべて子どもたち自身が作る劇。ガマンしながら、子どもを見守るすがたに感動。ここでもオリジナル、子ども中心を貫きます。ちなみに、左の人は、研究者の佐藤隆さん。右の水色シャツはサンニです(少し細くみえる?)分科会後、会場最寄りの千代田駅そばの居酒屋で交流会でした。京都から参加しているHさんから購入したブックレット3冊、さっと読みます。