三木句会ゆかりの仲間たちの会:有冨光英 自解150句選より その8
足なえの居ずまひ正す除夜の鐘 昭和47年作
「前書」がある。「母米寿、昭和十年交通事故により片足切断、三十年を
過ごす」。『現代俳句の一〇〇冊』シリーズに載せた年譜には次の様に記した。
「昭和九年、渋谷・吉祥寺間の帝都電鉄が開通、急に交通が便利になった。交通
は便利になったがわが家にとって衝撃的な事件が起きた。翌年開通したばかりの
帝都電鉄駒場駅踏切で、母が片足を轢断される事故に遭った。気丈な母は一命を
取りとめ、それから四十年近くも生きて私達を育ててくれた」。片足で一家の
主婦として主人に仕え、六人の子供を育てた辛苦は筆舌に尽し難かっと思う。
信仰心の厚い母の口から一度も愚痴を聞いたことはなかった。「足なえ」は足の
不自由なという意味に使った。
『日輪』・季語=除夜の鐘
訃に遠く春あけぼのの逆光る 昭和48年作
昭和四十六年大晦日に前句を作った。気力の確かな母はそれから一年有余を
生きて、四十八年四月十日未明に亡くなった。
この年、長姉牛尾ヒロ子の紹介で「四季」(松澤昭主宰)に入会した。今に
して思えば大変いい指導者にめぐり会えた。ここで私は心象造型の象徴性と、
俳句表現の奥行きの広さを勉強することができた。揚句を転機として私の俳句観
が複眼的になり、作句に広がりが生じたと思っている。
松澤昭氏の評は次の通り。
「詩人としての非常の立場に耐へる作者は、春の曙とは言え、まるで逆光り
するやうな光彩の中に己れを据ゑることにより、その慟哭の思ひを詩品として
高揚せしめているのである」。
『琥珀』・季語=春あけぼの
photo: y. asuka
土筆ぜんまい平仮名で立ってゐる 有冨光英