三木句会ゆかりの仲間たちの会:『70歳からの俳句と鑑賞』聖木翔人著
からの俳句鑑賞 その7
鰯雲違和感だけで生きて行く 島田啓子
「いわし雲」ー遠い昔から人々はこの雲に向かってさまざまな感慨を抱き、内なる
覚悟や決意を語ってきました。作者には、そのとき、正直な、自分に言い聞かせるよ
うなひそかな決意の言葉が、思わず口をついてうかんできましたーー「これからは
違和感だけで生きて行こう」
歳を重ね、なにかものごとが見えて来たせいなのか、自分がわかってきたせいな
のか、この頃は、何かを読んでも聞いても、人の挙動も、日本と世界の動きも、
たえず「どこか違うな?」ということをしばしば痛いほど感じる。このちぐはぐな
感覚こそもっとも大事に扱うべきではないのか。なにかが、違うなと思うとき、
その何かが何であるのか、そこからきっとまた新たな自分なりの探究が始まるはずだ。
違和感を放置せず、これからは違和感にこだわれるだけこだわりぬいて生きて行こう、
ある意味でその違和感だけで生きていこうと思うのです。もし、違和感が感じられ
なくなったとき、それは私が私であることの終わりのような気さえする。深い内面の
洞察にもとづく含蓄のある一句です。
傷だらけの力士の汗よ荒き呼吸(いき) 田中早穂子
この句の魅力は何といってもいきなりの、破調を承知で「傷だらけの力士の汗よ」
と言い放った、それこそ立ち合いの鋭さと迫力にあります。
場面の説明の余地はありません。そのままの臨場感が伝わってきます。真っ向から
ぶつかり合い、せめぎあう肉体の格闘。噴き出る汗が飛び散り、洗い息遣い聞こえて
くるようです。
そして作者はこれこれほど共感し夢中になっている自分を、土俵上の力士の姿に
重ねます。「傷だらけの力士」とは、また自分の「傷だらけのこころ」でもあろうと。
人の眼には見えなくても抱えている傷。しかし正面からぶつからなければどんな傷も
できない。ぶつかって、格闘してこそ傷つくことを、自分もまた恐れず、ためらわず、
前へ進もうと、自らを鼓舞・激励します。そのことが、この句を読む人にも心地よい
激励となって響いてきます。明快な、大胆な、気迫満点の一句です。
photo: m. yamaguchi
山ばかりつづくしこ名や草相撲 門司玄洋人