三木句会ゆかりの仲間たちの会:『70歳からの俳句と鑑賞』聖木翔人著               | sanmokukukai2020のブログ

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      三木句会ゆかりの仲間たちの会:『70歳からの俳句と鑑賞』聖木翔人著

                                                         

 

 

      メイ首相ネックレス大になり立夏   日野高穂

 

     イギリスのEU離脱問題は依然として世紀の難題。これにたちむかうのはイギリス

    二人目の女性首相、テリーザ・メイ。その姿はくりかえしテレビ画面いっぱいに映さ

    れます。その表情に、作者は初の女性首相、サッチャーの姿を重ねます。八十年代、

    フォークランド紛争の勝利に象徴されるように強権的な保守主義を実行し、強固な

    意志を貫く確信と自信に満ちたその姿は「鉄の女」と称されました。

     それに比べると、メイ首相が女学生のように見えて仕方ない。語気は強くとも表情

    はどこか憂いをふくみ、揺れがそのまま現れます。ふと胸元をみれば、いつもより大

    きめのネックレス。それは、自身の顔の表情から人々の視線を逸らせる作為であるか

    のようにだんだん大きくなり、それに伴い情勢は緊迫の度を増してゆきます。時は

    二〇一九年立夏。実際、六月には保守党党首を、七月末には首相を辞任。状況は今後

    どうなっていくのか。

     政治家の表情が一瞬にして世界を駆け巡る時代です。この句はメイ首相に着目して

    いますが普遍的な問題を一句の中に含むすぐれた時事句になっています。付け加える

    ならば、トランプ大統領の前では子供のようにはしゃぎ、国民に向かっては無表情な

    この国の首相を、なんというべきであるのか。メイ首相はある意味でとても誠実で

    正直な政治家であるとも言えましょう。(原句は「メイ首相の」ですが「の」を

    とって鑑賞しています)

 

 

  パジャマ脱ぎつぱなしや蝉の殻    國分三徳

 

     この句、蝉に「パジャマ」を着せることによって、たちまち、作者は蝉と同じ目線

    で交流し対話ができるようになりました。「おいおい蝉くん、脱ぎっぱなしだよ!」と

    よびかけると蝉は一瞬振り返り、信じられない早口(蝉語)で言います。「よく聞いて

    くれました。私はもう何年も暗い地中にいて、この夏、ああ、初めて地上に出て太陽の

    光を浴びることができました。でも寿命は一週間ばかり。そのあいだに伴侶をみつけ

    子孫をのこさねばならない。力の限り体から湧き出てくる歌を、それは愛を熱烈に呼び

    かける歌なのですが、寸刻を惜しんで歌わなければならないのです。私にとっての一秒

    はあなたがたとは比較にならない長さなのです。だから、殻から抜けると片づける時間

    はない。どうか、私の形見として受け取ってください。お役に立てるかもしれません。

    先を急ぐので失礼します」こう言って一匹の蝉は空へ一直線に飛び立っていったのです

    、、、という風な物語が生まれてくる一句です。自然のなかの生き物との対話、そして

    共生。あるおかしみとともに、えもいえぬほのぼのとしたあたたかい気持ちにしてくれ

    る、リアルかつ大きな容量の一句です。

     読み返して、作者はつぶやきます。「蝉くん、その『パジャマ』も『空蝉』という

    深い意味のある言葉として残ったよ。君たちのことは、この抜け殻によって、長く

    けっして忘れることはないよ。頑張っておくれ」

 

 

 

 

 

 

              

                                                                                               photo: y. asuka

                                                       空蝉を置きてピアノに土こぼる           鷹羽狩行