三木句会ゆかりの仲間たちの会:飛鳥遊子のエッセイ
『沈黙の春ーその後』
昨年10月にも虫のテーマで拙文を寄せましたが、今回はその続編。
長野県の標高1500mの地に開かれた一角に機織り小屋を建て通い始めて35年。今年の
酷暑でもせいぜい26度ほど。名古屋の実家に戻った友人から10度も違う、、、と気息
延々のメールをもらいましたが、申し訳ないほどの涼しさでした。
毎年この地で一夏を過ごしてきて、確実に自然が変わってきているのに気づきます。
開発当時に植林した大量のカラ松が背を伸ばし、すっかり暗い森になってしまったの
です。赤松やモミの木も直径5,60cmにもならんとし、実生の若木が鬱蒼とした雰囲気
を醸しだすようになりました。
日照が減るにつれて、山野草が姿を消し、ホタルブクロ、シモツケソウ、オオヤマ
リンドウ、マツムシソウ、オミナエシなど、可憐な花々が消えました。単純に言えば、
花が消えれば蝶や蜂など昆虫が消える、昆虫が消えれば小鳥が消える、、、という循環。
7月初めにはウグイスが鳴き、カッコウが木を突く音が聞こえ、ノビタキ、シジュウ
ガラの声が賑やかだったのに、今ではカラスでさえも姿を見るのはまれです。
野辺山は葉物野菜の産地として有名です。大量のレタスやキャベツが都会に出荷さ
れています。春から初夏にかけて、散布用車両が大量の殺虫剤を盛大に噴霧しているの
を見かけます。無農薬野菜の葉物はものの見事にレースのように虫食いだらけになる
ので、商品にはなりません。人間には無害である程度の農薬であっても、虫や蝶は死
にます。
レイチェル・カーソンが1960年代の米国における殺虫剤や農薬など化学物質の濫用
で自然破壊が進んでいることを警告した『沈黙の春』は衝撃的でした。覚えている方
も多いことでしょう。その現象は日本のこの辺りでも、看過できないところまでこよう
としているようです。
もう1つの悩ましい現象は、増えすぎた鹿。天敵がいないのです。30年前には鹿を
見ると、わ!!鹿!っとカメラを向けたものですが、今では朝な昼な、一歩外に出れば
ここでもあそこでも草を食んでいます。6,7頭の大家族と思しき一団が同じ場所に現れる
ことも増えたので、場所をおぼえて通ってくるのでしょう。成獣は日に5~7kgの草を
食べるそうです。数日前には、大きなオス鹿が全速力で飛ぶように樹間を駈け抜けて
行くのを目にしました。天敵がいないのですから走るところなど見たこともなく、
いつもプイッとシカトされるだけのに、、。そう、秋は繁殖期、きっとメスを追い
かけて走ったのでしょう。一瞬、ここはケニヤの草原か?っと、、、。
鹿は、花を食べ、蕾を食べ、木々の新芽や葉を食べ、樹皮を齧ります。花は数を減ら
し、水路を絶たれた樹木は枯れます。うっとおしい虫たちに悩まされることがなくなっ
たのは喜ばしいのですが、喜んでばかりもいられません。実に「不自然」で「無気味」
なのです、蝶も蛾も蜂も蝉も諸々の小虫たちが消えるような森は。
鹿には天敵である獣の匂いをつけておくと近づかないというので”ウルフ・ピー”と
いう商品があります。狼の尿。説明文では大量にアメリカから輸入されている、と
ありますが、そもそも狼の尿をどのようにして採集するのか、それも大量に。生態系
の頂点にいる狼の復活に成功しているアメリカとはいえ、尿の採集はどうなんだろ
うか、、、。
最後にちょっと気の毒なエピソードを。隣人の高齢女性は終の住処として標高
1500mの地をお選びになりました。彼女の悩みはヒメネズミに棲みつかれてしまった
ことです。このネズミは体長10cmほど、尾が同じくらいに長い全国の森林にいる日本
固有種です。彼女はお料理好きのせいでキッチンにはいつも何かしらの食べ物やおやつ
や食材が出ています。ネズミの侵入口を見つけるべく奮闘しましたが虚しく、ついに
殺鼠剤を置きました。それはショッキングピンクの粉なのだそう。その目立つ色を
クローゼットの下着の中に見つけたときは卒倒しそうだったと。さもありなん、、、。
ネズミの死体はなく、おそらく数時間をそこで休み、立ち去ったということなので
しょう。猫を飼うことで解決するような気もしますが、彼女の戦いはもうしばらく
続きそうです。
photo: y. asuka
鶏頭の十四五本もありぬべし 正岡子規