三木句会ゆかりの仲間たちの会:聖木翔人著『70歳からの俳句と鑑賞』より2
今年1月からシリーズ新企画として、三木を陰から応援してくださっている聖木翔人
さんのご著書『70歳からの俳句と鑑賞』から、鑑賞文を転載させていただいています。
毎回、2句ずつ掲載します。そのうち忘れていたご自分の1句が載るかもしれませんね。
恐竜に戻るクレーン朧月 原田えつ子
東京五輪へむけて加速されるビル、マンション群の建設ラッシュ。どこをあるいても
昼間、はるかに見上げるほどの高さに重機、大型クレーンがまことに器用に首を振り、
曲げ、猛々しく動いているのを見ます。かつてどんなところも広大な空き地、いや、原野
だったことを思えば、この時代建築の大きな歴史の中での位置と意味を考えさせられます。
そんな昼間の風景と違って、春の夜、薄絹に隔てられたような柔らかさを感じる朧月の
とき、しんと静まりかえった空の向こうに、その月と向き合い、月と語るような高さに昼
間のクレーンを見たのです。おお、という声を出したくなるように、クレーンの影形が、
恐竜に、ティラノサウルスかあるいはゴジラのように迫って見えてきたのです。
人間の操作からはなれ原始の恐竜に戻ったクレーン。人間が作り上げた文明都市と恐竜
の対比、さらに対話の中から、読み手は現実と未来について、根源的な問いかけに直面する
のです。
三月や慣れぬ花束重きこと 大阪登茂
三月はまた異動の時期でもあります。これは転勤なのか退職なのか。退職とみたほうが
いいかもしれません。長い間の職場での生活。その間に、色鮮やかなずしりと重いバラの
花束など一度も受け取ったことがなかった。いつも他人事だった。ところがいま、まわり
は同僚や若い人たちの「ご苦労様でした」との歓声や拍手やスマホのフラッシュ。慣れぬ
ことはもちろん、緊張はたかまり、受け取ったときはさほど感じなかった花束の重さが、
また半端でなく重たく感じられてきた。きっとそれは花束だけの重さではなく、そこにひ
められた周りの人々の、自分への熱い思いを感じ取ったからなのでしょう。
「重きこと」と断言して振り返るところに、作者の、成熟した人間性とユーモア感覚を
感じることができます。
photo: y. asuka
天辺へ紅を一刷毛合歓の花 井口公子