三木句会ゆかりの仲間たちの会: 関根瞬泡著『芥川』よりエッセイ・シリーズその5 | sanmokukukai2020のブログ

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   三木句会ゆかりの仲間たちの会:関根瞬泡著『芥川』から

 

 

   美しき6月の山形

 

    何がそんなに美しいかって? 何にしても美しい。

    JUNE BRIDEという言葉が英語にはある。これも美しい。長く、厳しく、暗黒の冬か

   ら抜けて、生物万般が息を吹きかえし、萌え出る6月、イギリスやフランスやドイツなど

   のヨーロッパ諸国は、地は草花に満ち、山は新緑に溢れ、空には明るい太陽や蝶や小鳥が

   歌う。そんな時、新しいカップルが誕生するというのだから、こんな美しい事はあるまい。

   その花嫁さんのことをそういうのだから、これはもっと美しい。

    この日、私は、或るお葬式に参列するため、新幹線で山形へ向かった。私にとっては、

   一泊二日の旅である。福島から先に立ちはだかる吾妻の山々を越えると、やがて、米沢

   となる。まさに、山形のはじまりである。何かここに至ると、今まで見慣れてきた風景と

   は違って、一段と空に近づいた、別の天地に到着したような気分になる。その一寸先に高

   畠というところがあって、そこには昔、まほろば、があったそうだが、大袈裟に言うなら

   ば、山形そのものが、いわば、天井の、まほろば、のような存在にすら思えてくる。

    私は、そのまた先の赤湯で降りる。そして、今度は長井線というローカル線に乗り換え

   た。あたりは、折しも、サクランボの季節である。目にもあざやかな紅色の実が、若く、

   瑞々しく、滴るような緑の葉蔭に列をなして飛んでいる。これから、電車は、朝日連峰の

   山ふところへ一歩一歩近づいて行く。沿線はいずこも花また花である。長井という駅を通

   り過ぎると、かの、有名なあやめ公園がある。既に、今年も、あやめ祭り、の幕は切って

   落とされていた。

    そして更にやヽ行くと、今日の目的地、鮎貝に着く。お葬式は、この地の梅松山常光寺

   というところで執り行われる。奥地にしては、格式も歴史もある立派なお寺である。既に、

   多数の親戚、縁者や知り合いの人達がお寺の広間に居並んで、静かに式の始まるのを待っ

   ていた。やがて、三人の僧侶が、鐘を叩きながら現れると、厳かに読経が流れ、内陣の荘

   厳を揺らし、一番高いところへしつらえた故人の骨壷を撫でる。ついに、お経が途絶える

   と、何処からともなく風鈴の音がやってきて、その魂を鎮めた。

    故人は、97歳でこの世を去られたおばあさんであった。生まれ育ちは、近郷の村長さん

   の家であり、嫁いだ先も近くの名家であり、夫であった人は勲五等瑞宝章の譽れ高き御

   仁である。晩年は、特別の養護施設で、至れり尽くせりの手当を受け、何不自由のない生

   活を送られていた。沢山の子共や孫にも恵まれ、皆から敬われてもいらっしゃった。人生、

   いろいろなことはあったのであろうが、傍目には、これほど幸せな人は、そうはいないの

   ではないかと、羨ましい限りである。

    しかも、この山形で最も気候の良い時に逝かれた。この寺の浄土宗の言葉に曰く、「衆

   生仏を念ずれば、仏も衆生を念じたまふ」。おばあさんもきっと念じたに相違ない。この

   時、ここは、フエータルな衆生にとって美の極みの所と言うべきなのであろう。

                                  (2005年6月)    

 

 

 

 

 

               

                                    photo: m. yamaguchi

                       白菜や母のかいなの底力    関根瞬泡