三木句会ゆかりの仲間たちの会:飛鳥遊子の写真俳句とエッセイ
囀は永しえの空の記憶と
鳩尾からふきでる紋白蝶の群
飼うことに決めたコオロギ名はまだない
2023年夏、八ヶ岳南麓標高1500m地点に異変が起きた。毎年悩まされている諸々の虫
が姿を消した。自然が豊かといえば聞こえがよいが、山暮らしは多種多様な虫との共生と
も言える。虫たちは人には見えない隙間から侵入する。例えば竈馬(かまどうま)。属名
ベンジョコウロギ。一見コオロギのようだが鳴かない。後ろ足が発達して跳躍力を誇る。
水を求めてか、朝一番の流しの中に2、3匹も蠢いている。ギョッとする。彼らは床から跳
び上がって流しに入ったのに、跳び出ることができない。ステンレスで滑るのだろう。布
巾にとまらせてやると、こともあろうに私の顔めがけて跳びついてくる。
ある夜、丑三つ時、熟睡の額に異様な感触を感じてとび起きる。その瞬間何が起こった
か私にはわかった。奴が着地したのだ、私のおでこに。灯りのスイッチをまさぐり奴はと
見れば、かけ布団の上にじっとしている。ティッシュでつかむには大きすぎるというか元
気すぎる。掃除機を取りにそっと部屋を出る。幸いまだ同じところにいる奴を、狙いを定
めて吸い込む。小さく心臓が躍っている。ベッドの下へでも逃げ込まれたら、その夜はま
んじりともできないだろう。
もう1つのおぞましい虫は通称“はさみ虫”。20mmほどで全身が黒。お尻に挟むものを
持っている。これに挟まれるとチカっとする。毒はないがいい感じはしない。この虫はど
こにでもいる。濡れたふきんの下に、化粧台のボトルの後に、ヘアブラシの裏に、壁に天
井に床に。気温が下がると、ガスコンロの中心部に暖を求めて潜り、火をつけると大慌て
の体ではい出してくる。畳の上でストレッチをしているところへ早足で一直線に近づいて
くる。夜着もよく振り払ってから袖を通す。見つけたらすぐにティッシュで摘んで、潰さ
ない程度に圧してゴミ箱へ。益虫らしいが、決して見過ごせない嫌な感じの虫だ。
大小各種のクモ類。目に見えないほど細身のクモが階段の隅に蜘蛛の囲をかけ、ピリオ
ドほどの虫を捕獲している。そこで彼は生きているのだと思うと、すぐに蜘蛛の巣を払い
とる手が鈍る。巣を張らない虎蝿(ハエトリグモ)も、ぴょんぴょんと小さく跳びながら
畳を横切る。「夜蜘蛛は親でも殺せ」とは昔からよく聞くが、何故かクモ類には好意的な
のだ。そのほか、どこから侵入するのか羽をもつ虫が室内を飛びまわり、顔にぶつかって
くる。窓の灯りに群がる火蛾も、夏の句材にはなるけれど、かなりうざい。
ところが、これら虫類が今年は7月から姿を見せない。虫だけではなく、毎年必ず駆除す
る黄色アシナガバチはこの夏は巣をかけなかったし、蝶も数が少ない。フロントガラスに
ぶつかりそうに群れ飛んでいたトンボも少ない。そういえば、ジジジ、、、と耳鳴りのよ
うになく蝉も聞かない。さらにさらに、鳥の姿もあまり見かけない。爽やかに鳴くカッコ
ウも、家の外壁を突くキツツキの音もない。山桜の幹を忙しなく歩いて虫を探す小鳥の姿
もない。小さな虫→大きな虫→鳥と言う順番で連鎖があるのだろう。この異変の原因は今
年の異様な暑さと言いたくなるが、この地は日中でも25°cを上回ることがなく、虫類に影
響があるとは考えにくい。30余年で初めて虫に悩まされない快適な夏を過ごすことができ
たとは言え、自然が狂ってきたと実感するのは不気味でもある。南麓の住人で同じことに
気づいている人が数人いたので、かなり広い一帯で起きていたようだ。
飛鳥遊子