三木句会ゆかりの仲間たちの会:関根瞬泡著『芥川』よりエッセイ・シリーズその4
君ヶ浜
しおさいが目の前にある。沖の方から押し寄せてくる鉛色の大きな波が岩
にあたって、白く砕け散ると、残りの波が手前の君ヶ浜を襲っては、また沖の方
へと引き返す。その途中の波の彼方の、陸の突端に犬吠燈台が見えた。今は梅雨、
太平洋上の空にはびっしりと、これも、鉛色の雲が敷き詰め、そこには一点の
隙間もない。雲から吹きつける東寄りの風が時折、雨を連れてきた。
私は一人、その海岸線を歩いている。とりどめもなく歩いている。つらつらと
想いがめぐる。浜に咲く可憐な宵待草を見ては、ここを訪れたという竹久夢二の
ことを。ひょっとしたら、あの、大正7年に作られたという、有名な演歌は、
この辺の風景がヒントとなって生まれたのではないか。まあ、事の善し悪しは別
として、これだけ日本人の心に入り込んでしまえばしめたものである。
また、かの若山牧水という歌人もここを訪れたという。私は、歌の世界は良く
存じ上げないのだが、「白鳥は悲しからずや空の青、、、、」とかいう歌はどこ
かで見て、こう人々の心を把え、心に沁み込ませてしまった力は凄い。お二人の
碑がこの浜辺にある。しかし、今回、私はついにそれらを拝むことは出来ずじま
いだった。
浜から、細い道を銚子電鉄の海鹿島の駅の方へ登って行くと、こんもりとした
薮があって、その中に、明治時代に活躍した我等が大先輩、国木田独歩先生の碑
がある。碑文によれば、彼の父は、播州、龍野藩の武士で、明治維新の戦いの時、
船で北方に向かう途中、銚子沖で難破し、漁民に助けられてこの町に滞在してい
た間に地元の女と親しくなり、子が出来た。それが独歩だった。だから、正真正
銘、ここは独歩生誕の地である。
私は彼の「忘れ得ぬ人々」という小品が好きだ。特に、その中の一人の、瀬戸
内海に浮かぶ小さな島の磯で見たという男の話が好きである。自分とは、なんの
関係もない一人の男が黙々と何かを拾っていた。それが生涯忘れ得ぬ、と言うの
である。人生、いろいろな事があり、出会いがある。自分と関係があり過ぎて、
忘れようとしても忘れられない事など山ほどある。だが、自分と関係のない事
は殆ど覚えていない。覚える必要もないし、それに、第一、いちいち覚えていた
ら頭が疲れて身がもたぬ。また、出会った人をいちいち覚えていたら、それこそ、
仏さまになってしまうだろう。
だが、待って下さい。そうは言っても、よくよく自分に聞いてみると、別に
覚えようとしたわけではないのだが、体のどこかに、忘れ得ぬ人が一人や二人、
居はしませんか?ここが面白いところで、確かに一人や二人はいらっしゃるので
ある。
今日、銚子の浜に来て、見た事、見た人。それらは、私の中で、忘れ得ぬ事や
人になるのであろうか? 今のところ、自分にも分からない。
(2005年6月)
思い出は梅雨の色して君ヶ浜 (瞬泡)
photo: y. hotta
普段着の笑顔がよけれお茶の花 関根瞬泡