有馬英子 第一句集『深海魚』より
今回の20句は、平成9年~10年の作、英子さん48歳くらいの時期です。健常なら、女性と
して気力体力の充実した時期と言えましょう。けれども、これらの句には、どこか諦念が
感じられはしないでしょうか。かと思えば、アンパンの臍や口笛に新米が炊き上がったり
と、女性らしい目の付けどころが愉快で闊達な句も。久しぶりに英子さんの力強い書を鑑
賞したくなりました。『進』の1文字を選ばれた英子さんの心境を思います。彼女には進む
べき1本の道がはっきりと見えていたに違いありません。🌹
春眠の深きに獏も近づかず
アンパンの臍を隠して花見かな
陽炎に分身の術教われり
回らぬと決めても回る風車
筍や見ぬ間に育つ他人の子
蜘蛛の糸すでに一人が堕ちてゆく
百合開くかすかに骨をきしませて
蜥蜴去るここでのことは内密に
ジェラシーで溶け出す赤いかき氷
空に舞ういわさきちひろの夏帽子
蝉鳴くや手紙の返事急ぐべし
蝉時雨まず私から泣きやみぬ
カステラに刃こぼれしたる残暑かな
底なしの瓶に水注ぐ夜長かな
朝顔の紺こんこんと湧きいでり
洋画紙を横切ってゆく秋の雲
笑うのも少女のしごと木の葉落つ
臍の緒とつながっている通草かな
くらがりはやすらぐところちちろ鳴く
口笛を吹いて新米炊き上がる
有馬英子書