2023年1月三木句会報
遠富士の白きを眺むことの幸 加藤光樹
日向ぼこ異界にひとりゐるやうな 藤井 素
雪しまく秘湯訪ふ人守る人 さとう桐子
年賀状添へられし句に病透け
振り出しに戻り泣く子や絵双六 関本朗子
師を訪えばぬっと顔出す狸かな 関根瞬泡
春節や瑠璃に幾すじ絹の雨 田中 梓
僧服の裾に春風旧市街
目かくしの指の隙間に冬木立ち
一吠えの行方を追へり初寝覚 太田酔子
精一杯泣けばそれきり冬薔薇 樹 水流
無口にも程があろうに嚔一つ
妖精の夜明の吐息木華かな 佐藤花子
見えない目にぬくもり見える初日の出 國分三徳
可惜夜や熱燗備前大徳利 神宮前小梅
音の無き未明の空に雪の精
精神の自由は酸素初日の出 山崎哲男
蕗の薹土を持ち上げ精舎の地 佐々木 梢
卒寿超えくの字姿勢の四方拝 白樫ゆきえ
厳かに一音ごとの寒の雨 吉村未響
夢でよかったと覚めて冬の夜静かなり 草野きょう子
鯛焼きを半分こした帰り道 小泉真樹
食卓に母の香ただようおせちかな 幸野穂高
友のライン息子ですと訃報の冬 原宿美都子
大地の湯浸りて浴びる冬日差 米澤 然
火に焚べる枯菊の香や夕まぐれ 飛鳥遊子
深爪のひとさし指に雪蛍
新しい年を迎え、みなさま、清々しい気持ちで俳句に向かわれたことと信じています。今
月2桁に乗せたのは2句。特選3つを含めた12点句は素さんの「日向ぼこ異界にひとりゐる
やうな」。目新しいアプローチが目を惹きました。冷えた身体が太陽の暖かさで溶けるよ
うな心地良さを異界と感じられたのでしょうか。ご本人にお尋ねしてみたいところです。も
う1つは特選2つの遊子の10点句「火に焚べる枯菊の香や夕まぐれ」。老いて終焉を迎える
女性のさま、と比喩的に深読みも可。反省としては、読む人の心をぐいと掴むような力が
弱い。遊子には7点の「深爪のひとさし指に雪蛍」もありました。
「雪しまく秘湯訪ふ人守る人」は桐子さんの9点句。守る人の作業の厳しさをテレビで見
ることがありますが、今回の豪雪、守る人に思いを馳せざるを得ません。桐子さんの6点句
「年賀状添へられし句に病透け」は、微妙な感覚を言葉に定着され共感を呼びました。お
手柄ですね。朗子さんの8点句は「振り出しに戻り泣く子や絵双六」。子供は時代を超えて
同じ反応を見せるのですね。瞬泡さんの7点句は「師を訪えばぬっと顔出す狸かな」。狸は
冬の季語。着ぶくれて古狸のような師。狸である、と断定しているところが愉快です。
梓さんは3つの高点句で実力発揮。「春節や瑠璃に幾すじ絹の雨」「僧服の裾に春風旧
市街」「目かくしの指の隙間に冬木立ち」。いつもながらの梓ワールドは不変です。旧市
街とあるのは台北でしょうか。酔子さんの7点句は「一吠えの行方を追へり初寝覚」。あ~、
切ないですね~。人と動物との愛情は人と人と同じ、いやそれ以上のものがあるかのよう
です。大泣きをされたらしい水流さんの7点句は「精一杯泣けばそれきり冬薔薇」。それき
りで吹っ切れました。「冬薔薇」とのエレガントな季語を持ってこられたからには、泣い
たのはご自身か妙齢な女性と思われます。いたずら小僧ではなさそう。季語を信頼する、
と言われる所以です。水流さんには諧謔の効いた5点句「無口にも程があろうに嚔一つ」も
ありました。
兼題の「精」を使った花子さんの6点句は「妖精の夜明の吐息木華かな」。信州では樹氷
のことを木華と言うそうです。綺麗な1句に仕上げられました。「見えない目にぬくもり見
える初日の出」は三徳さんの5点句。上五の字余りはあえてのことでしょうか。遊子は特選
にいただきましたが、目を閉じて日光を顔に浴びると、瞼に明るさと温もりを感じて幸せ
な気分になることがあります。それが初日の出であれば、オキシトシンやセロトニンも出
ようと言うもの。「可惜夜や熱燗備前大徳利」は小梅さんの5点句。「可惜夜」は「あたら
よ」と読み、明けてしまうのが惜しい夜の意。万葉集の世界ですね。そのあとに酒豪のイ
メージが来るところが小梅さん的世界。もう1つの5点句「音の無き未明の空に雪の精」も
ありました。
今回感じたのは、良い句材を見つけていらっしゃるのに、措辞がすっきりしなくて伝わ
りにくい句になっていることです。美都子さんの「友のライン息子ですと訃報の冬」。最
後に「冬」と季語を置いているのもむりやりな感じがするので、「冬の朝ラインの訃報子
息より」として寒々した心境を季語に託してはどうでしょう。これくらいの省略は良い読
み手は了解済みで読んでくれます。状況を説明しない、は作句の原則です。
photo: y. asuka
竜田姫ふしは女人の禁制そ 正岡子規