昨年10月ブログに引き続き、太田酔子さんが鑑賞文を寄せてくださいました。詠み手の思
いをはるかに超えた深い読みをしていただくことは、驚きと喜びの両方をいただけます。
感謝申し上げます。
もろこしはあたたかい偶数の粒 飛鳥遊子
獺祭忌裏漏りのする醤油差 飛鳥遊子
今回は、2022年10月句会報より、この2つの句を考えてみます。難しい言葉もとりわけ
美しいイメージもなく、どこにも見栄を飾ったり見得を切ったところもありません。それで
いてエスプリがきいている句です。
もろこしがあたたかいのは、もろこしの最大の特徴でしょう。あのつやつやした黄色の粒
がびっしり隙間なくはち切れそうに並んでいるだけであたたかいのです。しかし、「もろ
こしはあたたかい」の次に何を持ってくるかに、「もろこしはあたたかい」という平凡で、
ありがちなイメージを逆転させる鍵があります。この句の「偶数」がそれです。評者の独
断ですが「偶数」はあたたかいのです。2で割り切れるところがあたたかい。余分な説明
なく「あたたかい」つながりをピシッと持ってきたところが読む人に詩的だと思わせてい
ます。片や「裏漏りのする醤油差」の方は、いささか説明を要求しているというか、説明
を望んでいるかもしれません。正岡子規は、知られている限りにおいて豪胆な男子でした。
病臥の苦痛は推して知るべきことですが、最後まで健啖であったといいます。「裏漏りの
する醤油差」から読み取れることは何でしょうか。醤油差は何かを食するときに使うもの
に決まっていますが、裏漏りのするところに焦点を合わせたのが詠み巧者と思わせる所以
です。差し口に醤油が固まって裏漏りするのでしょう。健啖とは言わず、醤油差の裏漏り
と言う。ただし、この句の面白さは、健啖を想像させる醤油差を巧みに使ったことにある
のではなく、「獺祭忌」という季語をこんなふうに、いわば搦め手から攻めてきたことに
こそあると指摘したいと思います。それゆえにいわば玄人好みの句になっているのではな
いでしょうか。
太田酔子
photo: y. asuka
暑い日は思ひ出せよふじの山 正岡子規