私だけの1点句 樹 水流
選句は句作と同じくらい難しいと言われ、毎月の選句には悩みます。良いと思っても、
季語は動かないか、言いすぎてやしないか、語順が違えばもっと響くのではないか、その
ように何度も読みなおし10句を選ぶわけです。しかし詠草表が送られてくると、自分しか
選んでいない1点句があるのです。誰もいただいていないとすれば、俳句的に私が何か考
え違いをしているのでしょうが、一方、私が素直に作者と感じあえたと思い、今回はその
ような私だけの1点句について感想を少し。
河童忌や夜の真中の信号機 藤井 素
これは特選とさせていただきました。この句を読んですぐに芥川龍之介の肖像写真が思い
浮かびました。誰でも知る細身の体に鋭い目つきが真夜中の信号機と重なり、単調なリズ
ムと光りが夏の夜の空気を冷静に扱う、そんなふうに受け取りました。芥川と信号機の取
り合わせがとても気に入りました。
夕立やピッチ変わらぬ部員たち 原宿 美都子
何の部活でしょうか。いずれにしても朝から暑い中精一杯体を動かし、声を出し、仲間た
ちと励む光景です。そこへ夕立。耐え難かった暑さが一瞬和らぎ、返ってそれを恵と喜ぶ
ようにピッチを保ち動き回る若々しさを感じました。夕立は一瞬のことかもしれませんが、
その1日の流れも感じられ、夕立が去ればそろそろ部活も終了です。
三月のどこかこちらへちんどん屋 國分 三徳
何となく日差しの強さが変わり、暮らしに終わりや始まりの気配が渾然としている三月。
そんな時間空間をちんどん屋とは!三徳さんの俳句にはいつもクスッと笑わせられる私で
すが、これもその一つでした。新しいものが始まる知らせのちんどん屋、気の重いことが
あっても自分でチンドンです。
最後に英子さんの句を。
退屈な陳列ケース梅雨荒れる 有馬 英子
梅雨の時期の陰鬱さ、それを陳列ケースの退屈と表したのが英子さんだとわかり、嬉しかっ
たのを思い出しました。何が並んでいるのかはわかりませんが、目新しいものが加わる様
子もないケース。目線に動きが感じられません。それがまさに梅雨の憂鬱と重なりました。
今月は英子さんの一周忌です。この投稿をするにあたり過去の詠草表を読み直しました。
お元気でいらした頃の俳句を読み、俳句を通していろいろなことを教えていただけたこと
に感謝しています。
今月のブログの「句会報」に載せた写真は、11月8日夜の皆既月食の翌日の朝焼けに残
る満月。天動説の時代、さらに古代の人々は、太陽や月が次第に暗くなる現象にさぞかし
驚き、不吉な感じを抱いたことと想像されます。月蝕の月は思いのほか遠く小さな月でし
た。
「放課後」の写真に添えた石 寒太氏の「生も死もたった一文字小鳥来る」は、生も死も
あっという間のこと、と言いたげです。一夏を過ごす八ヶ岳山麓の家の2階の窓は、反対側
もガラスで透けて見えるので、鳥は気づかず激突します。これまでに2、3度、窓の下に堕
ちた鳥を見つけ、庭の隅に埋めていました。今年の7月は雨の日が続き、そのままにしてい
たら、あっという間にこんな無残な姿に。昆虫が腸を食い尽くし、台風の強い雨脚に叩かれ、
頭蓋骨が見えるまでに……。彼にとって死は一瞬のこと。生の危うさは小鳥も人も同じです。
photo: y. asuka
生も死もたった一文字小鳥来る 石 寒太