有馬英子 第一句集『深海魚』から
深く息して炎天を持ち帰る
八月十五日ますます乱反射
ひまわりの裏にまわれば赤い舌
繰り返すピアノ練習曲残暑
花茗荷運命線の透けて見え
長き夜や自問自答の穴を掘る
枯菊の空に近づく一歩かな
冬の日の化石となってゆく家族
転んだら起きるしかない元旦も
一音階上げて北風通る道
『無盡蔵』 棟方志功
『近代藝術家乃書』より
渾身の書
棟方志功は最後の画狂人と言われる。
筆を縦横無尽に走らせ、画面に顔をすりつけ、板画を鑿にまかせ彫ってゆく。その姿に
は、日常を超えた狂気が感じられる。
二十代のはじめ雑誌で見たゴッホの作品に衝撃を受け、「わだばゴッホになる」と画家
になることを決意し上京する。柳宗悦、河井寛次郎の民芸思想に影響を受け、既存の概念
や技術にとらわれない、湧き上がる土俗的エネルギーに溢れた棟方芸術を生み出してゆく。
一九五六年には、ベニス・ビエンナーレにおいてグランプリを受賞し、「世界のムナカタ」
としての国際的な評価を得てゆくのである。
「無盡蔵」とは、あらゆるものを摂取不捨する仏の働きであり、棟方志功の創造の源泉
である。
彼は、作品は作るのではなく、生まれ出てくるものであり、自分はそれをすくいあげる
産婆である、という信念を持ち、津軽弁独特のリズムや身振り、風貌にも、棟方ならでは
の存在感が満ちていた。
渾身の筆力に構築された、迷いのない境地。それは、見る者の生命をわしづかみにする、
大きな世界を蔵している。
梶川芳友 『近代藝術家乃書』より