有馬英子 第一句集『深海魚』から
2021年1月から始まった加藤光樹『風韻』から季節ごとの10句掲載にひき続き、今
月から有馬英子第一句集『深海魚』から毎回10句、268句を順次紹介してゆきま
す。1986年から2000年までの英子俳句の軌跡を追うことができます。
昭和61年~平成12年
残像のしばらくありし椿落つ
六月やショーウインドウに鷗飛ぶ
つなぐ手の粘り尽きたる梅雨曇り
夏真昼言葉少なに歩みけり
あさがおの咲く坂道の曲り角
秘めし名を小さく記し秋めきぬ
秋暑し急な坂道のぼりきる
焼芋の売り声遠くなりにけり
寒月や森羅万象寄せつけず
道へだて手を振り合えば冬ぬくし
『夏爐冬扇』 中川一政の書
我が風雅は夏爐冬扇の如し
衆にさかひて用ふるところなし
『近代藝術家乃書』より
有馬英子第一句集『深海魚』から毎回10句を写してゆくシリーズの始まりです。句
集をお持ちの方も、お持ちでない方も、若かりし頃の英子さんの俳句を味わってみてく
ださい。
このシリーズに添える画は、『近代芸術家乃書』(梶川芳友著)から、紹介したいと
思います。書家ではないけれども、他分野での才能や研鑽、到り着いた境地などから産
み出される墨跡を楽しんでください。梶川芳友氏の広範な見識と深い洞察から編み出さ
れた文章も含蓄に富んでいます。
中川一政 独学の書
中川一政は、昭和を代表する洋画家である。彼の旺盛な創作意欲は、九十七歳で亡く
なる直前まで、日本画や陶芸、書で、独自の存在感を示し、多くのファンを魅了した。
この「夏爐冬扇」は、松尾芭蕉の「柴門の辞」にある「我が風雅は夏爐冬扇の如し、
衆に逆らひて用ふるところなし」の一節に拠る。芸術とは生活の役に立たないもの、と
いう芭蕉の創作に対する純粋さに共感して、一字一字、心に刻むように書かれている。
中川一政の書は、すべて独学であり、石濤や金冬心の影響を受け、大燈、一休の墨磧
を愛し、それらを身辺に置くことで、作品に宿る精神を蓄えたのである。
「書の形や工夫や秩序だけでは書はつまらないものになる。書の生命は内在するムー
ヴマンの如何にかかっている」と語り、書は書家だけのものではなくすべての人のもの
である、という中川さんに出会って、私は書をはじめる勇気をもらった。
この無骨な字は、人物の大きさと画家の造形力を感じさせ、書が自分を表現する最短
距離のものであることを教えてくれるのである。
梶川芳友(何必館・京都現代美術館館長)
1941年、京都市生まれ。村上華岳の一枚の絵「太子樹下禅那」との出会いによ り
美術の道に入る。80年、財団法人京都現代美術財団設立、理事長となる。81年、何
必館・京都現代美術館館創設、館長となり、現在に至る。
有馬英子・俳句と書の世界展