『俳句の言葉』有冨光英編著より
一句一章
鶏頭の十四五本もありぬべし 子規
箒木に影といふものありにけり 虚子
冬菊のまとふはおのがひかりのみ 秋桜子
をりとりてはらりとおもきすすきかな 蛇笏
すこし俳句に興味のある人ならば誰でもが知っている句で、いわゆる人口に膾炙
している作品である。名句のうちに入る。だからといって難解句ではない。むしろ
たいへんわかりやすい。
何故かというと一息に読み下すことができるからだ。一句の中に切断がない。
流れるようにうたっている。このような句法を一句一章という。
一句一章には幾つかの特徴がある。要件といってもいい。
まず対象が一つに絞られている。「鶏頭」、「箒木」、「冬菊」、「すすき」、
これ以外には何もない。あとは叙述しているだけである。
次に一句が途中で切れていない。切れが句の最後にきている。稀には句の途中に
切字のある例もあるがその場合でも意味は一つにつながっている。
『去来抄』に「先師曰、発句は頭よりすらすらと、いひ下し来るを上品とす。
先師酒堂に教へて曰、発句は汝か如く二ツ三ツ取集めする物にあらず、金を打延た
る如く成るべしと也」と書いてある。頭よりすらすらといひ下すとは一句を一章と
して句を作れということである。
ところがその直ぐ後に、「先師曰く、発句は物を合すれば出来るなり、其能取合
せするを上手と云、悪敷を下手と云也」と述べている。すらすらと言い下すとか、
金を打延べるろかということは素材が一つでなければ無理であろう。それと物を取
り合わすとはちょっと矛盾している。
一句一章の要件そのものが弱点になる場合がある。配合、対比ということは素材
が複雑でなければできない。そこで一句一章に対して二句一章という作句法を提唱
した俳人がいる。明治から大正にかけて活躍した大須賀乙字である。現在一句一章
の句は少なくなりつつある。
スペインの祝日 photo: y.asuka