第二十一章 三光院の三本柱
現在の三光院を理解する上で、三つの柱を明確にしておく必要がある。
第一は、比丘尼御所由来の行事と祈りである。
三光院は、一般的な檀家寺とは異なる性格を持つ尼寺である。神様、仏様、皇室を等しくお祀りし、年中行事と祈りの日々を大切にしてきた。そこには、曇華院・比丘尼御所文化に連なる独自の寺風がある。
第二は、日本唯一とも言うべき御所流精進料理である。
三光院の精進料理は、単なる野菜料理ではない。観光向けの食事でもない。米田祖栄和尚様が曇華院から伝え、星野香栄御住職が一般に開き、西井香春先生が継承・発展させてきた、三光院の信仰と文化の中心である。食は、三光院において祈りであり、修行であり、もてなしであり、文化そのものである。
第三は、寺子屋的文化活動である。
三光院は、茶、香、和歌、音楽、講座、文化活動、作務、食を通じて、多くの人々が集う場であった。檀家がいないからこそ、国内外から垣根なく人々が訪れ、祈り、学び、食し、作務をする場となってきた。
この三本柱が失われれば、三光院は三光院でなくなる。
建物や法人名が残っても、比丘尼御所文化、御所流精進料理、食禅・作務禅、寺子屋的文化活動が失われれば、三光院の精神は断たれてしまう。
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第二十二章 食禅と作務禅
三光院を語るうえで、「食禅」と「作務禅」は欠かせない。
米田祖栄和尚様は、食を単なる栄養摂取とは考えなかった。食は、祈りであり、もてなしであり、生きることそのものであった。星野香栄御住職は、その精神を三光院の中心に据え、生涯のテーマとして「食」を見つめ続けた。
三光院の精進料理は、美味しい野菜料理とは異なる。
美味しければよい、見た目が華やかであればよい、健康によければよい、というものではない。
そこには、食材への敬意、季節への感受性、もてなしの心、祈り、修行、そして比丘尼御所文化の雅が重なっている。
西井香春先生が三光院で実践してきた食禅とは、その精神を日々の料理の中で生きることである。
また、三光院における作務禅とは、境内を清め、場を整え、人を迎える修行である。坐禅だけが禅ではない。料理をすること、掃除をすること、庭を整えること、来院者を迎えること、その一つひとつが禅である。
平林寺の糸原圓応老師が示された、料理は食禅、清掃は作務禅であるという言葉は、三光院の精神をよく表している。
三光院の禅は、形を誇る禅ではない。
日々の暮らしの中にある禅である。
食を通じて人を生かし、作務を通じて場を清める禅である。
この食禅・作務禅こそ、三光院が現代に伝えてきた大切な精神である。
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第二十三章 香の字の継承
三光院の歴史には、「香」の字の継承がある。
星野香栄御住職は、米田祖栄和尚様から「栄」の字をいただき、尼僧としての道を歩まれた。得度式は曇華院で行われ、紫の着物から黒の衣へと替わり、剃髪も曇華院で行われた。飛鳥井慈孝御前様が見守る中で、米田祖栄和尚様から字をいただき、仏門に入られたのである。
星野香栄御住職にとって、仏門の師匠は米田祖栄和尚様ただ一人であった。
その師資の関係は、三光院の正統性を語るうえで極めて重要である。
その後、平成6年(1994)、西井郁氏は星野香栄御住職から「香」の字を授かり、西井香春となった。これは、三光院の御所流精進料理と精神文化を継承する者としての意味を持つ。
さらに、星野香栄御住職から「香」の字を授かった最後の女性として、香麗氏がいる。香麗氏は小金井で育った女性であり、三光院の御所流精進料理に魅了され、西井香春先生の下で精進料理修行を始めたことが御縁となり、星野香栄御住職の最後の弟子となった。
香麗氏は、三光院での居住と修行を始めていたが、大学院生でもあったため、博士課程を修了するために学業を優先する時期にあった。
星野香栄御住職が、三光院を曇華院へ戻すという根本的な決断をされた背景には、次代への継承を見据え、三光院を本来の流れの中に位置付け直す必要があったことも関係している。
「香」の字の継承は、単なる名前の継承ではない。
それは、三光院の食、祈り、作務、尼寺としての生き方を継ぐという意味を持っている。
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第二十四章 三光院を守るということ
三光院を守るとは、何を守ることなのか。
土地を守ること。
建物を守ること。
宗教法人を守ること。
それらももちろん重要である。
しかし、それだけでは足りない。
三光院を守るとは、三光院が三光院であるための精神と文化を守ることである。
御開基西野奈良江氏の、女性が和文化を学び、祈りとともに生きる場をつくりたいという志。
飛鳥井慈孝御前様の後見により、曇華院の流れを受けた尼寺としての成り立ち。
米田祖栄和尚様が曇華院から伝えた行事、作法、茶、香、料理、もてなし。
星野香栄御住職が一般に開いた御所流精進料理、尼門跡文化支援、文化人サロン、幼稚園、紫紺の会、国際的活動。
西井香春先生が三十年以上にわたって実践してきた食禅・作務禅、御所流精進料理、三光院サロン。
そして、三光院で生き、修行し、作務を続けてきた女性たちの存在。
これらがあって、三光院は三光院である。
三光院の現在の問題を、単なる役職や権限の争いとして見てはならない。
三光院の問題は、文化の継承が断たれるかどうかの問題である。
食が断たれるかどうかの問題である。
尼寺としての場が失われるかどうかの問題である。
女性たちによって守られてきた祈りと文化の場が、未来へ渡されるかどうかの問題である。
三光院が守ってきた文化は、一度途絶えれば容易には戻らない。
料理の献立は本に残せるかもしれない。
しかし、食禅として料理を作る心、作務禅として場を清める身体、茶や香や和歌が日々の中で自然に結ばれる感覚、来院者を迎える三光院の空気は、紙の上だけでは継承できない。
文化は、人が生きている場でしか続かない。
三光院を守るとは、その場を守ることである。
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第二十五章 結び
三光院は、昭和9年に開かれた比較的新しい寺である。
しかし、その中には、京都曇華院に連なる数百年の比丘尼御所文化が宿っている。
西野奈良江氏の志によって開かれ、飛鳥井慈孝御前様の後見を受け、米田祖栄和尚様によって尼寺として確立され、星野香栄御住職によって御所流精進料理の尼寺として広く知られるようになり、西井香春先生によって食禅・作務禅として現在に伝えられてきた。
三光院の歴史は、女性たちによる祈りと文化継承の歴史である。
檀家寺にならず、葬斎の巷に降りることなく、比丘尼御所の気風を守り、食を中心に人を迎え、茶、香、和歌、作務、学びの場として開かれてきた。
それが三光院である。
現在、三光院は大きな岐路に立っている。
このままでは、三光院の御所流精進料理、食禅、作務禅、尼寺としてのあり方、文化活動、そして曇華院に連なる比丘尼御所文化の継承が危うくなる可能性がある。
だからこそ、三光院の歴史を正しく記し、三光院が何を受け継いできた寺なのかを明らかにしなければならない。
三光院を未来へ継ぐために必要なのは、まず、三光院の本質を正しく知ることである。
三光院は、どのような願いから生まれ、何を受け継ぎ、何を守り続けてきた寺なのか。
いま何が失われようとしているのか。
そして、何を次代へ渡さなければならないのか。
その問いに答えるために、本寺誌は記される。
三光院は、土地建物だけの名ではない。
三光院は、祈りであり、食であり、作務であり、茶であり、香であり、和歌であり、女性たちによって守られてきた文化の場である。
この歴史と精神を正しく伝え、次代へ継承すること。
それこそが、今、三光院にとって最も重要な課題である。
」
※一部の歴史は地域メディアの方に考証していただいて図書館にも設置済み。今後も考証や材料収集を継続していきます。何かの偶然で資料をお持ちの方(単純な昔の境内や料理の写真含む)は、お借り出来たら助かります。
」
付録一 三光院略年表
昭和9年(1934)
西野奈良江氏を御開基として、東京都小金井の地に三光院が開山。
昭和11年(1936)
米田祖栄和尚様による尼寺としての管理が確立。
昭和12年(1937)以降
戦時下、西野奈良江氏が三光院に居を移す。
昭和15年(1940)
宗教団体法施行。寺院規則や届出が必要となる。
昭和22年(1947)
華族制度の崩壊により、尼門跡寺院を支えてきた社会的基盤が大きく変化する。
昭和26年(1951)
宗教法人法施行。三光院と曇華院は、それぞれ宗教法人としての体制を整える。
昭和33年(1958)
北多摩郡小金井町が小金井市となる。
昭和37年(1962)
三光院幼稚園開園。星野喜久子氏が初代園長を務める。
昭和38年(1963)
星野喜久子氏を会長とする「紫紺の会」発足。
昭和55年(1980)
米田祖栄和尚様の著作により、竹之御所流精進料理の献立が活字化される。
昭和60年(1985)
国際精進料理研究会発足。
平成6年(1994)
西井郁氏が星野香栄ご住職様より「香」の字を授かり、西井香春先生となる。
平成10年(1998)
尼門跡寺院を代表する尼僧方がニューヨークへ渡る。
平成12年(2000)
毎日放送製作 TBS系列「京都尼門跡」放映。
平成21年(2009)
星野香栄ご住職様、右足骨折により要介護生活に入られる。
令和元年(2019)
星野香栄三光院住職と狩野孝旻曇華院尼門跡との間で、両法人の合併契約が締結される。
令和2年(2020)
星野香栄ご住職様が遷化される。前後して、狩野孝旻曇華院尼門跡も遷化される。
令和2年(2020)
三光院の住職不在を避け、香麗氏の僧籍取得までの暫定的措置として、小泉倖祥氏が住職に就任することとなり、西井香春先生および三光院関係役員との間で、住職就任に関する覚書が締結される。
現在
三光院は、御所流精進料理、比丘尼御所文化、食禅・作務禅、尼寺としてのあり方をいかに次代へ継承するかという重大な岐路に立っている。三光院を守る会を中心に、その歴史と文化を未来へ伝えるための活動が続けられている。
三光院公式ホームページ
三光院
寺子屋三光院
https://terakoya.sankouin.com/
連絡先
0423811116
※お電話の問い合わせは11時より前か、15時以降でお願いします。
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