名言(305)― 生きがいのこと | saniyのブログ ― 言葉に学ぶ

saniyのブログ ― 言葉に学ぶ

これまで出会った言葉たちについて考えていくブログです。まず、名言から始めています。

若い人たちはよく、「生き甲斐(いきがい)がない」と言います。しかしそれは当たり前です。孤立した人には生き甲斐(いきがい)はない。生き甲斐(いきがい)とは人間関係です。
[石川達三(作家)]

「人を愛する」「人から愛される」体験を通して、人生は意味で満たされ「生きがい」を感じられるようになるのです。
[松山 淳(企業研修講師・心理カウンセラー)]

我々は得ることで生計を立て、与えることで生きがいを作る。
[ウィンストン・チャーチル(イギリスの政治家)]

人間的感動の大部分は人間の内部にあるのではなく、人と人との間にある。
[フルトヴェングラー(指揮者)]

周りの人と、社会とともに生き、共同共感する時、人は生き甲斐(いきがい)を感じる。
[yumetarouさんのブログより。]

現代の人はすべて個々の分子に分かれてしまって、だれもかれも自分の穴の中に隠れています。だれもかれもお互いに遠く隔(へだ)てて、姿を隠しあっています。持ち物を隠しあっています。そして、結局、自分で自分を他人から切り離し、自分で自分から他人を切り離すのがおちです。ひとりひそかに富をたくわえながら、おれは今こんなに強くなった、こんなに物質上の保証を得たなどと考えていますが、富をたくわえればたくわえるほど、自殺的無力に沈んでゆくことには、愚かにも気づかないでいるのです。なぜと言うに、われひとりをたのむことになれて、一個の分子として全(ぜん)を離れ、他の扶助(ふじょ)も人間も人類も、何ものも信じないように、おのれの心に教えこんで、ただただおのれの金やおのれの獲得した権利を失いはせぬかと、戦々兢々(きょうきょう)としているからです。真の生活の保障は決して個々の人間の努力でなく、人類全体の結合に存(そん)するものですが、今どこの国でも人間の理性はこの事実を一笑(いっしょう)に付(ふ)して、理解しまいとする傾向を示しています。しかし、この恐ろしい孤独もそのうちに終わりを告げて、すべての人が互いに乖離(かいり)するということが、いかに不自然であるかを理解する、そういった時期が必ず到来するに相違ありません。そういった時代風潮が生じて、人々はいかに長いあいだ闇の中にすわったまま、光を見ずにいたかを思って、一驚(いっきょう)を喫(きっ)するに相違ありません。
(語注: ・~に存する=~にある。  ・一驚を喫する=ちょっと驚く。)
[ドストエフスキー(ロシアの文豪)の小説『カラマーゾフの兄弟』のゾシマ長老の言葉。]



孤立していくよりも良い人間関係の中で生きていくことが大事であり、その良き人間関係のつながりや支えがあって人は生きがいを持てるようになると述べている。
(語注: ・生き甲斐=生きるに値するもの。生きていくはりあいや喜び。)
[追記更新:24/05/21]


※※  
今回のぶんと内容が関連するぶん  

・名言(103) ― 人と共に生きること
・名言(250) ― 人や社会とのつながりのこと


※※※
次の★に、当ブログで投稿した名言のうち、特に佳(よ)いと思った名言を、「名言・102選」としてリンクしました。
 ★
名言・102選
また、次の★★に、当ブログでこれまで投稿した投稿記事[名言(1)~名言(305)]を事項別に分けて リンクしています。
 ★★
名言の投稿記事 ・ 事項別一覧