世界を閉じてヒトリの世界で溺れてしまおうと思った先週末。
あの時よりは大分マシかな。ん。 (いや、今のセイカツからアシを洗うことは引き続き考えてますけどね。)
続けて書いた通り悲劇の中にいたワケじゃないし、「生きてるのが面倒」 になっちゃうのは発作だから
発作さえ治まれば、ハコにも行けるワケで ―― そうすりゃ一瞬とはいえ笑顔も取り戻せるワケで。
だけどやっぱり
誰かに依存なんかしたくない。
誰にも縋りたくない。
ヒトリで立てない自分は見たくない。
最初から持たずにいれば、怖いものはないから。
永遠なんかないんだから ―― 喪失の時は必ず訪れるのだから。
「失うものがない」 ってのは強いよ。
「持ってない」 ってのは強いよ。
「失うものがある」「失いたくないものがある」 から 「怖い」 が生まれる。
他者と比べるから 「持ってない = 残念」 も生まれる。
抱えない、という選択も時には必要だ。 そして
自分は自分、ヒトはヒト。 それは生涯変えられない現実だと認識すべきだ。
ついでに、さ。
「期待しない」 ってのも強いよ。
「期待ハズレがない」 ってのが強いよ。
「期待する」 から 「期待ハズレ」 が生まれる。
他者に期待するから 「期待を裏切られた = 残念」 が生まれる。
期待を裏切られたと思うから笑えなくなる。 つまり
最初から期待しなけりゃ笑い続けていられる。 それは紛れもない事実だと認識すべきだ。
とにかく、I’m NOT in a sad story. アタシは大丈夫。
そして、「君」 は大丈夫ですか?