職人物語
バレンタインデー前にいつものケーキ屋に行ったココのオーナーさんは個性が強くてお店も外から見るとケーキ屋か?と言った感じそこにオーナーさんの個性が関係してるのかは分からないが武骨で昭和な雰囲気さすがに店内は女性スタッフの飾りつけでカントリー調になっていて辛うじてケーキ屋としてのバランスを保っている置いてある商品も少し変わっていて定番のケーキ類のほかにクロワッサンやブリオッシュなんかもだが、一番のオススメはシュークリームで1人で20個、30個と買っていくお客さんも珍しくないほどの人気商品しかし、シュークリームは手間の割りに単価が安いので個数が出ても利益が出ない1個126円ではねえ…そんな光景に「ウチはシュークリーム屋ですから…」と自嘲気味に話すオーナーの姿が面白い(笑)定番のケーキ類も普通に美味しいのだが見た目がやはり武骨で質実剛健!と言った男の雰囲気が漂うそれもそのはずオーナーさんは元々パティシエではなくパン職人からケーキ屋を開いた人なのだオーナーさんの経歴は少し変わっていて有名国立大学を卒業後映画や演劇にのめり込み塾の講師をしながら(週に12時間だけ)趣味中心の極貧生活をしていたが徐々に物作りに魅力を感じ始め一念発起して職人を目指す事にした目指す職人は家具職人かパン職人どちらも体験弟子入りした結果パン職人の方が合っている感じがして市内の小さな老舗パン屋で働き始めたのが27歳の春頃だった正直、職人の世界で27歳未経験は敬遠される扱いずらいし、仕事の覚えも悪いさらに言うと舐めてんのか?(`Δ´)と捉える人もいる(◎-◎;)それでも店主の好意と本人の熱意が通じ入店が許されただからといって待遇が良かった訳ではなく時給に換算すると200円になるかどうか…でもそれは関係なかった職人としてモノを作る楽しさがあればお金はさして必要ない学生の時からのスタイルだただ…技術は欲しがった老舗のパン屋は昔ながらの菓子パン中心のお店でメロンパンやコロネなんかを作っていた1年もやれば大抵の人は一から商品を作れるようになる2年目からは病気がちな店主に代わり店を切り盛りしていたが段々と疑問が湧いてくるこれが求めた技術なんだろうか?このままだと…(´-ω-`)?何事も本物を体験しないと満足しない性質なのだろう3年後には知り合いのツテを頼っていきなりスイスへと海外修行に出るしかし…紹介されたパン屋ではアジアで3年修行したくらいで!と、パン職人として認められず工房の掃除しかさせて貰えなかったヨーロッパは階級社会の名残かパン職人はパンを作るのが仕事掃除は掃除人の仕事と明確に分けられていて社会的地位の低い掃除人は正規の職業に就けないアジアやアフリカからの移民の仕事だった掃除しか出来ないアジア人が美味しいパンなんか作れるはずがないよ!と言ったパン職人達の偏見もそんな現状から考えると至極、当然の事だろうそんな扱いに憤慨し帰国も考えた思い悩んだ末になんだ?何考えてんだ!スイスに来てまだ何もやってのにこのまま帰ってどうする?また日本のパン屋で同じ作業を繰り返すのか?だったら半年半年間を頑張ってみようそれで認めてくれなかったらそれだけの才能って事だ!そう開き直った!それからは景色が違って見えたそうだまずは与えられた仕事「掃除!」これを完璧にこなす目標を立てたただの仕事として掃除に取り組むのではなく職人の視点で考えた完璧な掃除をしよう!工房を隅から隅まで見て回り他の掃除人達がやらないような所を見つけてトコトン磨き上げるそうすると段々と見えてくる職人達の性格や傾向が見えてき始めるそれからは職人達の仕事振りをつぶさに観察しパン職人だった経験を生かして職人達の先回りをする粉の位置はココだな明日はこの種類のパンから焼くからこの道具はここか…初めは気づかなかった職人達も段々と仕事のしやすい工房に変わっていくのを実感しだしたあのアジア人が掃除すると仕事が捗る!1人の職人そう口にするとお前もそう思うのか?そうだろ!そうだな!と皆が口を揃えてアジア人の事を評価するようになっていたそれからは掃除をしてない時でも職人に話しかけられるようになり「お前どっから来たんだ」「日本だよ」「何しに来たんだ」「パンを焼くためさ!」「掃除じゃなくてパンを焼きたいのか?」「そのために日本から来たんだ!」「じゃあこの工程やってみろよ」と、初めて生地を触ることが出来たスイスに来て4ヵ月後の事だった職人の仕事振りは観察済みなので無難にその工程をこなすと職人達は日本人の器用さに驚いた「欧米人は不器用なんですよ(笑)」とオーナーが話す「俺達が面倒でやりたくない仕事を日本人はスイスイこなしていくぞ!」職人達の目は日本人の器用さに釘付けになった次の日から掃除中だろうが休憩中だろうが職人達から絶えず声の掛かる存在になっていたそれから半年が過ぎた頃には職人達からの信頼は絶大で「お前と一緒の日はいつもの半分の時間で仕事が片付くよ!」と賞賛され工房の2階の部屋と食事付きで給料0円のという条件はいつの間にか300スイスドル(3万円くらい)に変わっていた職人達に認められ居場所を見つけた日本人だったが常に新しいもの求める性質は変わっていなかったようだ初めて3日間の休暇をもらった時フランスに行って見たパリの街を散策していると気になる店を見つけた日本にいる時はケーキなんて女、子どもの食べるもんだと!気にも留めなかったが気になる店の商品は大人の男が食べるケーキ…w(☆O☆ )wそう感じたらしい(笑)それからはスイスに戻ってもケーキが頭から離れずスイスのパティスリーを巡るがパリでの感動は味わえなかった行くか!と決めるのにそう時間は掛からなかったつづくかも?