スポーツ医学の初日の朝。 | 『渡加とか』のブログ 

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英語が話せない整形外科医のカナダ臨床留学日記

そう、われわれ、
医師になりたかったわけでなく、
一生サッカーしたいから医師になったのだ。。。

カナダ ロンドン 整形外科 スポーツ医学 ウエスタンオンタリオ大学 留学 Canada London The University of Western Ontario Fowler Kennedy Sports Clinic 東京医科大学 関節鏡グループ 

ダライラマ系English
Pull my weight! がんばります。

ということで、スポーツ医学がんばります。
というか、これからが本番。
すべてを吸収するつもりでI'll pull my weight!

Fowler Kennedy Sports Clinisを倒してやる!(なんか違うな)
ちなみにWikipediaにはオリンピック初のスポーツ医学チームとして紹介されている


カナダのオンタリオ州、ロンドンで活動していたJ・C・ケネディーは、1968年メキシコシティーでの夏季オリンピックで彼の娘ルイーズが泳いでいるのを観ていたとき、さまざまな理由により、出場するカナダの選手団は適正な資格を持ち十分に組織化された医療団を伴っているべきだという結論に至った。この信念が、彼をカナダスポーツ医学アカデミーの設立へと導いた。この団体の主な役割の一つは、カナダのスポーツ選手に専門的なケアを提供することであった。そうして1972年に彼は1972年ミュンヘンオリンピックにおいて世界初の「真の」医療チームの主席医療幹事に任命された。他の諸国もこの例に倣い、オリンピック選手に医療チームを付けた。ケネディーのビジョンは、世界を旅するカナダの選手に限られてはいなかった。スポーツ医学を行う病院がカナダにまだ無かった当時、彼は大学当局を説得し、元レスリング練習室をスポーツ傷害クリニックに改装し、1972年に正式にオープンした。カナダで最初のノーチラスの装備は、このクリニックの装備のために集められた資金で購われた。ケネディーはスポーツ医学の研究への関心を高めてもらうよう活動し、西オンタリオ大学とオンタリオのロンドンは、スポーツ医学で知られることとなった。

とういことで初日。

$SANDYの渡加とか。                 
素晴らしい晴天でしたが、どこにいっても初日は緊張します。
英語じゃ気のきいたギャグのひとつも言えませんし・・・

このクリニックは3Mセンターともよばれ、3Mにスポンサードされています。
ちなみにボーンのクリニックはスミネフにスポンサードされていました。
日本もこういう風に、企業と病院がタッグを組めばいいのに・・・と思います。
飲み会なんてスポンサードするのでなく。。。

$SANDYの渡加とか。                 
で、一通り挨拶をすませ、外来でも手伝おうかと思ったら・・・
こんな部屋に通されました。

$SANDYの渡加とか。                 

????Depuyの名前のついているClinical Fellowの部屋が・・・
おいおい、そんなところまでスポンサード?

というか、念願の自分の机を手に入れました。
東京にはロッカーひとつしか無かったのに(涙)

$SANDYの渡加とか。                 

クリニックはいままで勤めた、University Hospitalから離れたキャンパス内にクリニックはあります。
手術は今まで通りのUniversity Hospitalで行ってます。
とりあえず、初日の空気を出してみましたが、これ月曜日のお話。
手術室では驚きの連続?なので引き続き御報告します。

とりあえず、カナダっぽいのを一枚。



$SANDYの渡加とか。                 
カナダ色のBraceですね。

んで嬉しいことに、大好きなコーラの自販機がクリニックに。。。

むかしはコーラを愛好する福田雅という男と真剣に喧嘩したなぁ。
「てめぇ、コーラなんて体に悪いもの呑むなんて、妥協するな!」
とか、真剣に口論した暁星高校時代。

福田すまん。。。コーラうまいよ。
30歳超えて気がついた。
ありがとう。

I feel COKE

$SANDYの渡加とか。