今日は、ビビファーティマという、温泉に行くことにした。前日泊まったパミールロッジの旅人がみんなワカン渓谷は行っとくべき!パキスタンのフンザみたい、という。山はそろそら満足なのだが、タジキスタン、アフガニスタン国境沿いに流れる川に沿って行く。つまり、アフガニスタンの生活が見え、ワカン渓谷は、特に人が親切であり、今後は絶対観光化されるからいましかない!と、欧米人の写真家やらに説得されてくることにした。

タジキスタンは、人が親切である。それは、政府が腐敗しているところは、どこも共通である。バスもぼって来なかった。

バスでは、人がフルーツをくれる中、助手席を陣取り、アフガニスタン村落やタジキスタンの貧しい生活を見る。ただ、タジキスタンはかつての社会主義ということもあり、多少エチオピアよりは豊かではある。

まあ、景色は、何回も言級したので、省略、とりあえず、温泉につく。

ビビファーティマの泉は、タジキスタン人のリゾートである。温泉に入ると、幸せになるらしい。

大事なポイントである。

それは、まあいい。とにかく、タジキスタン入国から5日ぐらいで、シャワーたるものはタジキスタンにはない。極寒の地の水シャワーか、シャワー設備はあっても水が出ないか、おけから汲んでかける形式かである。体洗うの5日ぶり、浴槽なんて日本以来。それだけで幸せである。

温泉とは、ゆっくりするところではなかった、

川である。

温泉は、山にある。僕らが入るのは、山頂ぐらいから温泉が流れ、その流れの中にちょっと広い、といっても人2人分ぐらいのスペースがあり、そこに入る。つまり、水は、山から下る途中。

温泉に入るのは疲れる。タジキスタンおじいちゃんのテンションも高い。疲れる。

それは、まあいいのだが、温泉の隣には、宿がある。

、、、

、、、

のだが、外国人はだめ。

、、、

、、

温泉は山の中にあり、温泉の隣には、宿しかない。

、、、

何⁉野宿コース⁉

それか、山を下って村に行く?

その2つだと、野宿はどう考えても避けたい。

村か、、、


山、下るか、、、


下ることにした。15分ほど歩くと最初に民家がある。

タジキスタンとは、イスラム。旅人には親切なはず。調べたときでは、タジキスタンではホームステイが出来る。看板とかない、普通の民家でも。

あたってみるか、、、

sleeping one night?

おー、泊まるのか。いいよ、

で、値段交渉して終わり。600円で二食つき。相場。

とりあえず中に入る。世界各地で民家に入る機会は、多少なりあったが、かなり寒いタジキスタンの民家は、パミール建築をもとに、絨毯が敷き詰められ、かなり豪華、に見える。途上国に見られる汚さではなく、外見は土なので、ひどいのだが、中はかなりきれい、寒さ対策ばっちり。

絨毯文化、イスラム文化の良さがわかる。旅人が来たら、もてなす。

荷物を置いたら、隙間もなく、チャイとナン、クッキー、キャラメルにリンゴが出てくる。食べ切ってもお代わりが。この旦那に相当親切にしてもらう。チャイの後は夕食。その辺のレストランより豪華。ジャガイモが炒めてあった。油もの自体久しぶりである。

山は、星。トイレまで、歩かないと行けないので、夜星を見る。はっきりいって、日本のどんな山で見ても、勝てない。星といえば、インドのジャイサルメールでそれには勝てないが、かなりすごい。満天。至るとこに星がある。何等性まで見えるのかわからないけど、星ってこんなにあるんだ、ってぐらい。星雲とかも見える。それ以上に形容は難しい。まあ、星ほど日本で見るのが不適切なものはない。

ここで、よかったのは、自分のいる山から向かいの山があって、その間は川。川は国境で、あっちの山はアフガニスタン。だから、夜になると、アフガニスタンの村落の電気が見える。ちなみに、昼には、アフガニスタン村落の生活が見える。タジキスタンよりも家がボロい。ただし、生活水準はかわらない。

アフガニスタンを向かいにする山の景色。山の頂上には雪。そして、村民の温かいもてなし。最高である。これが、タジキスタンの観光化されてない、辺境に求めたものかもしれない。

家がなくて、探した民家。民家に泊まった事実より、彼らの温かさがどこまでも印象に残る。

イスラム文化とは、素晴らしいものであり、また、貧しい国というのは、それ自体優しさとなる。

味わってこそ、僕らが、彼らにどうすればいいのか、考えるきっかけになる。

世界に多少なり、将来貢献できる、人材になりたい。

だから、こういう思いを抱かせてくれ、彼らの目線から考えることができる。

援助って必要なのか、
ボランティアっているの、
むしろ、援助せず、アメリカ的な夢を持たせないことが大切なんじゃない、

貧しい生活の中にある、人間味と生き様。それが、僕らの競争社会に対する、もう一つの普遍。

旅を通して形成した価値観は、マスメディアや教育が大衆に形成させる価値観とは、おそらく180度異なる。

それを主張できるように、なりたいね。

ビビファーティマの泉、ヤムチュン村の民家の布団から。





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オシュのバスターミナルに朝着いた。僕らは、暴動のオシュはスルーして、とにかくタジキスタン行きのバスかシェアタクシーを探さなくてはならない。

オシュは2つのバスターミナルがある。どちらかからは、タジキスタン行きの乗り合いタクシーがあるとの情報は手にしている。しかし、タジキスタン!タジキスタン!と騒いでも、ない、、、と言われるばかり、暴動以降政情やらがあってバスが減っている可能性は高い。

いくら探しても、タジキスタンに行くのはなかった、だから、国境の街まで行ってヒッチハイクかな⁉ってことで、今度は国境に一番近いサルタシュへのバスを探す。

その時だ、おっちゃんが声をかけてきた。へい!お前、タジキスタン行くのか⁉50ドルで行ってやるよ!的な陽気さ。50ドルって意外と相場ライン。いっか、と思って乗り込んだ。

オシュの街は、暴動でボコボコ。パレスチナ難民キャンプよりひどいかもしれない。住む家を暴動で奪われた人々は一体どうしているのであろう。

街を外れたころ、ガソリンスタンドに着いた。俺かねないから、お前ら先に50ドル出せよと運転手。しかも、50ドルはやだと。80ドルやっぱり出せよ!と脅迫する運ちゃん。よくあるパターン。

は⁉お前、さっき50ドルって言っただろ!と百瀬。海外では、僕は日本とは性格を変えることにしている。なぜなら、海外でのケンカは必ず暴力にならない、口論で解決する。しかも、サングラスかけて、日本ではなめなれる自分も海外だと多少まし笑 で、ケンカした後も海外ならすぐに仲良くなれる。そういう文化は海外のほうが好きだ。

ここは、相手も僕らがガソリンスタンドで降ろされるリスクを知っているので、60ドルで手を打った。ただ、こいつ、タジキスタンビザ見せろって言っても、見せない。

やばいな、、、

国境で降ろされるかも、、、

でも、払っちゃったし、行くしかない、、、

とりあえず、どうすることもできず、車は出発した。ちなみに車は、忘れもしない、ソ連が軍につかっていたような軍用車で50年ぐらい前のやつ。ぼろい、スピードは出ない、かわりに走るたびにほこりがでる。ときたま、車の点検を頻繁に行う。それも含めてチョイスミス。旅で1番油断するのは、夜行バスの後の朝だとわかっているのにまたやってしまった失敗。

オシュ~ムルガープは、絶景である。3000mの標高差を登り、山岳地帯や大草原に囲まれる。遊牧民、花畑、小川、羊の群れ。しかも、その美しさの規模。進むにつれて、山は雪を帯び、大自然の中に村落が見える。そうした、人々の生き様を眺める。休憩でおりてみれば、人々との交流があり、原色の青空や山の緑。数年前までこれなかった、地球の最後の大自然、ヒマラヤやアンデスを越える美しさとも言われる。でも、不便だからこそ、人が来ない。そんな辺境は大好きだ。

昼休みになった、中央アジアで食べるものは、ショルバというスープとナンか、ラグマンというスープの中に麺があるやつ。トマト味。つまり、2つしかない。僕はショルバが好きだ。寒いところでは、スープの存在意義がでかい。ナンはあきるけど、中に入っている、羊の肉がおいしい。大自然の中のショルバ。そして、会計になる。運ちゃんは、俺はもう払った、お前ら後払っといて!って感じ。そしたら、300ソム⁉おい、ショルバ1人70ソムのはず。???

これに、ナンとかチャイとかいれても絶対300にはならない。運ちゃん、お前か。この運ちゃん、自分の飯代ぐらい出せよ。喫茶店のおばちゃんもあきれ気味。結局、運ちゃんの食事の半額を出ささせられた。

途中から、過酷な道。日本ならトンネルを掘る系。このボロ車、替えのタイヤをふんだんに使うほど、パンクを続け、ヒッチハイクする地元民のせいで窮屈になり、パンク修理に2時間は待たされ、夕方やっと国境の街につく。

ボロ車にのらなかったら、国境には昼には着いたのに。国境までは、360度の大自然。もはや、キルギスからタジキスタンに近づくほど、かたりつくせない美しさになっていく。モンゴル的なキャンプする遊牧民にあったり、、、


夕方6時ごろ国境に着く。標高は3000mぐらい。寒い。国境や警官や軍人は、暇なとこに配置されると関わって楽しいことは、よく知っている。この3000mにあって、不便な国境、地元民でもなかなか越えない。だから、国境は楽しい。軍人と仲良く会話する。

すると、ジャパン、柔道、相撲、酒、やらなんやらにこにこしながら軍人が勝手に話すのを、作り笑顔で応答してると、酒という連想から、キルギスの馬乳酒である、クムスと叫び始めた。

そんなことせんでいいから、早く俺のパスポートにスタンプ押せよ、、、

、、、


お前、スタンプいるんだろ、でもな、お前、クムス飲まずにキルギスを出ることは、俺が許さん、飲め、

、、、

、、、


クムスって、腐った牛乳が発酵してアルコールが出てきて、しかも、牛乳なのに馬の匂いがする。世界を旅して、エチオピアのインジェラという、雑巾色の雑巾味クレープ以外は、食べてこれたのに、クムスは無理だ。

吐き気、

吐き気、

でもスタンプ‼‼

一口飲む。吐き気、、、

解放しない、国境検問。

お前ら、そんなに暇なのか、

プリーズ、スタンプ、、アイライクキルギス、ソーギブミースタンプ、、、

、、、

しょうがないな、やっとスタンプをくれた、

で、だ、

今現在、キルギスを出国して、どこの国にも属さない。そこから、タジキスタン国境まで、10キロ。よし、運ちゃん、行くぞ!

という話なのだが、

、、、

、、、

俺、パスポート持ってないから笑笑

と運ちゃん、

、、、

、、、



この3000mの何もない国境で野宿⁉

やめて、

助けて、


そう思うとなんとかなるものだ。発展途上国であれば、

タジキスタン側からのツーリストがいる。そいつらに、金を払えば、運転手と車を交換で、タジキスタンからのツーリストは、ボロ車と陽気な運ちゃんとキルギスに行き、僕らはタジキスタンに行く。

交渉成立。

だが、いくら払うの?相場がない。そして、新しい僕らの運ちゃんがとりあえず、いくらかは教えてくれないが、ツーリストに、車の快適さの違い代金を払ったとのこと。

つまり、降りるときに、請求される。しかも、いくらかわからないから、不当に。

避けたい。ここで、また喧嘩。

俺は、ここで、運ちゃんではなくて、お金を渡すべき人に払うんだ!運ちゃんに払う必要は、ない!!

と、自分が切れてるとこに、戦略通り、仲介役の同行の旅人が仲介みたいな感じで、妥協案をだす。

役割分担で安くいける。旅の知恵って面白い。

とりあえず、車は出発。30分ぐらい、無法地帯を走り、暗くなったころ、タジキスタン国境へ。さらに寒い。


荷物を調べて、麻薬がないか確認し、出発。もちろん、人の行き来など、見られない。

タジキスタン側はもっと、標高が高い。周りは、雪。そして、クルマがオイルがもれてくさいので、クソ寒いのに、窓開けっ放し。

寒さ、疲れにやられた。絶景なのに、見れず、何時の間にかカラコルという、最高の美しさを持つ、湖と7000mの山々が見れる村落。

世界を見ると、これは世界一ってのによく出会う、というか、自由に動けるのだからそういうものを見たい。でも、ここをスルーしたくない。

ムルガープというところまで行くのは、やめるかと思った。だって、夕食で泊まったところは、ホームステイを受け入れている。500円ぐらい。しょうがないか、ただ、ホームステイすると、この村からはバスがないので、ヒッチハイクで次の町に行くしかない。

もー疲れた!その日はホームステイした。家族の温かいもてなしをうけ、3900mの村カラコルで泊まった。パミール文化をした家は、建築の素晴らしさから寒さを感じさせない。高校のころの山小屋とかがある意味懐かしい。

でも。これからタジキスタンの山岳の本番!


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ここでは、ビシュケクで過ごした3日間の回想をしたい。

ビシュケクは、くる予定はなかった、そして、暴動の後だ。どういう町かわからないが、ビシュケクは、何もないながら自分の中でかなり印象に残っている。初めて、社会主義というものが、生活風景となって残っているからだ。そして、初めてソ連というものに触れた。まだソ連があったころ、ソ連を旅した人の解説のおかげで。

カザフスタンの首都のアルマティに、社会主義の名残は少ない。だから、ビシュケクに来てよかったと思う。

今後の世界を見る上で、資本主義しか見てないということはいけない。それは、資本主義のみが絶対的な価値観と思っては、いけないからだと思う。ビシュケクを見て、別に何かを得たわけではないが、資本主義に変わる力になり得た世界観が見れてよかった。

ビシュケクは、町に色がない。だだっ広い道路と、ソ連の国営アパート、国営デパート、劇場、車、どれを取っても、ソ連時代のものには、色がない。画一的。そして、首都であるのに、貧しすぎる。15分ほど歩くと、地方の田園風景と何も変わらない。

にしては、大統領府と中心の広場が権威だって見える。

社会主義の張る虚栄がよくわかる。

計画都市なだけに、歩きやすい。タジキスタンビザ申請も迷わず、スムーズ。タジキスタンビザは、タジキスタンが親切ということもあり、かなり楽に取れた。

真ん中の日は、日本文化センターという、日本政府が日本文化を広めるために作った施設に行った。

子供達は、日本語を習っていて、日本語の本や新聞がある。

日本のソフトパワーがこれかっていうのは、なんか残念。国として、政府が何を日本の魅力とするかを考えるべきだし、そのマーケティングとしての場所も考えるべきだ。

日本は、かなりそういう意味で損してるなって思う。

まあ、その辺は、あえて旅をしたから思うことではないのでこの辺で。

で、その後青年海外協力隊グループにあって、コネクションを作った。

まあ、ビシュケクは、そんなところかな。やっぱり色がない世界が印象に強い。

まさに、スターリングラードをそのままにした街だった。

感動ではなく、こういう価値観でソ連があったんだってことに驚いた。初めて触れた、スターリングラード。モスクワでもアルマティでも、得られなかったソ連の名残。

うまく伝えられないけど、ビシュケクは、新しい価値観に出会った、そして、ソ連をイメージできた、そんな町にでした。

ちなみに、アルマティ。

時間的に半日しかなくて、ゆっくり見れなかったけど、アルマティをつかむことはできた。

豊か。

石油大国強し、、

そう思った。

モスクワを見たとき、社会主義をやってたとは思えない強さを感じた。

アルマティも同様。街には、贅沢品が溢れ、デパートや商店での品が違う。アルマティは、ヨーロッパ的であり、日本ほどに豊かだった。

物価が高いから旅人には大変だけど、ロシア的な資源での強さを持つ、アルマティは、今後さらに発展するだろうし、インフラや道路もしっかりしている。中央アジアの国でここまでかってぐらい、キルギスやタジキスタンとの差がある。

アルマティは、もっといたかったし、東方正教会の教会はよかった。

教会は、好きだ。宗教施設って、どこか鳥肌が立つ。モスク、教会、寺院。旅を彩る宗教は面白い。そして、何度いっても感動し、飽きない。それが、宗教。

アルマティは、そんなところです。

でも、安宿がない街って大変です。




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