大分更新が遅れてます。タジキスタンは9月5日で終了ですが、、、まあ気にせず。現在はトルコ、イスタンブールにいます、、、

タジキスタンの旅は大体終った。後は、首都ドシャンベに向かうのみだ。

イスラエル人3人とフランスカップルと日本人2人でチャーターでドシャンベに向かう予定であった。

ロシア語を話せるイスラエル人が交渉をする。が、イスラエル人の判断が誰も適当だとは思わず、かなり仲間割れ。イスラエル人同士でも喧嘩し、フランスカップルとも喧嘩し、普段は大人しいはずの日本人とも喧嘩し、、

そう、とりあえず、外国人と喧嘩する時だけは、うまくスムーズに英語が話せるものだ。喧嘩してまあイスラエルが折れて、でも車が6人しか乗らなくて結局イスラエルは一人で行く事に。

多国籍軍は楽しい。もちろん会話だけでなく、フランス人女性のアジア人男性への見下しや、イスラエルの選民思想とか嘆きの壁で見たようなユダヤ人独特の祈りをやっていることは多国籍軍ならでは。

タジキスタンのインフラはひどい。道が舗装してある訳はなく、山道でとなりは谷なのに車が二台通れず、かなり譲らないと通れなかったり、途上国によくある羊や牛や馬が道路を占領したり、タイヤは二回もパンクするし、検問所が多いし、イスラエル人が登録ミスで検問に引っかかるし、

、、、

、、、

今日は着かない。夜10時に下ろされ、お前ら、この村のどっかで寝ろ!

となる。

、、、

おい、ここどこ⁉

、、、

宿はあるが、800円。高い。論外。

頑張ってフランス人が交渉してくれる。

仕方なく民家に泊まることにした。100円で泊めてくれたのは感謝。でも、ほんとは今頃着いてるはずなのに。でも、星がきれいだった。流れ星も二つぐらい見れた‼

翌日も走るのだか、相変わらず山道。隣にアフガンを見ながらなかなかきれいだけど、あまりにも遠すぎ。問題は、食べ物。ローカルなところで休むしかないのだが、メニューはロシアのスープしかない。いい加減ナン食べ飽きた。

昼をすぎて夕方。やっと首都ドシャンベに近づき、後一時間。で、

、、、

またパンク、、、

ああ、これが現実か。結局、ドシャンベ到着は夜。安宿が埋まって、旅を始めて1番高い2000円出して宿泊。ソ連式ホテルに泊まれたのは面白かったけど。

ドシャンベは見たかったのに、次の日出なければ今後の日程に遅れが出るので、翌日の朝数時間で出発。

ドシャンベの市街地をうろうろ。緑豊か。でも、小さい。タジキスタンの貧しさを物語るけど、メイン通りだけはヨーロッパ。

市の中心には大統領の銅像がある。どうでもいいのだが、近くまで行ってみた。

、、、

、、、

警官出現!パスポート見せろ!

、、、

来た、たち悪いやつ。ドシャンベの警官は腐っている。とりあえず見せる。おお、日本か。といって、フレンドリーに会話しようとする。

today is holiday!!!money money!!!

と、僕を囲いながら警官。

しょうがない、と、パスポートをぐっと奪って、逃げる。

警官は追って来なかった。

ドシャンベは朝から活気はあるが、どこかタジキスタンの貧しさを象徴させた。物乞いが多少いることや、規模が小さい。

警官のせいで時間取られ、あんまり見れずフジャンドという都市に移動。

ここも、乗り合いタクシー。今回は、24歳の母親と7歳の子供と3歳の子供。

旅すると子供に接する機会が増える。年齢を聞いてその頃の自分を思い出したりするのも好きだし、仲良くするのも好き。旅して子供のかわいさとか接し方の練習になる。めざせイクメン⁉

子供の仲良くしておくことで親が助けてくれたりする。

このバスは、市場でぶどうを買って洗わず食べたせいかずっと腹痛に耐えたこと以外はかなりスムーズ。前回車選びを失敗してるので、ここはなんとかうまく行けた。

このバスからの風景は、昨日の全く舗装されてないのではなく、舗装されているところは舗装され、トンネルが建設中なりといった感じ。でも働いているのは中国人。これは自分の中で驚きであった。彼らは海外で使う側ではなく使われる側であることに。

フジャンドに夕方つく。中央アジア最大のバザールを満喫。でも、宿はバザールの上でうるさかった。バザールを見るのは観光より好きだ。バザールほど生活がわかるものはない。ネットで情報を仕入れていたら、前日のフジャンドでアルカイダの自爆テロがあったという。旅は怖い。

フジャンドはそんなとこかな。ドシャンベより活気があって楽しい。翌日はウズベキスタン!





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大分更新が遅れてます。タジキスタンは9月5日で終了ですが、、、まあ気にせず。現在はトルコ、イスタンブールにいます、、、

タジキスタンの旅は大体終った。後は、首都ドシャンベに向かうのみだ。

イスラエル人3人とフランスカップルと日本人2人でチャーターでドシャンベに向かう予定であった。

ロシア語を話せるイスラエル人が交渉をする。が、イスラエル人の判断が誰も適当だとは思わず、かなり仲間割れ。イスラエル人同士でも喧嘩し、フランスカップルとも喧嘩し、普段は大人しいはずの日本人とも喧嘩し、、

そう、とりあえず、外国人と喧嘩する時だけは、うまくスムーズに英語が話せるものだ。喧嘩してまあイスラエルが折れて、でも車が6人しか乗らなくて結局イスラエルは一人で行く事に。

多国籍軍は楽しい。もちろん会話だけでなく、フランス人女性のアジア人男性への見下しや、イスラエルの選民思想とか嘆きの壁で見たようなユダヤ人独特の祈りをやっていることは多国籍軍ならでは。

タジキスタンのインフラはひどい。道が舗装してある訳はなく、山道でとなりは谷なのに車が二台通れず、かなり譲らないと通れなかったり、途上国によくある羊や牛や馬が道路を占領したり、タイヤは二回もパンクするし、検問所が多いし、イスラエル人が登録ミスで検問に引っかかるし、

、、、

、、、

今日は着かない。夜10時に下ろされ、お前ら、この村のどっかで寝ろ!

となる。

、、、

おい、ここどこ⁉

、、、

宿はあるが、800円。高い。論外。

頑張ってフランス人が交渉してくれる。

仕方なく民家に泊まることにした。100円で泊めてくれたのは感謝。でも、ほんとは今頃着いてるはずなのに。でも、星がきれいだった。流れ星も二つぐらい見れた‼

翌日も走るのだか、相変わらず山道。隣にアフガンを見ながらなかなかきれいだけど、あまりにも遠すぎ。問題は、食べ物。ローカルなところで休むしかないのだが、メニューはロシアのスープしかない。いい加減ナン食べ飽きた。

昼をすぎて夕方。やっと首都ドシャンベに近づき、後一時間。で、

、、、

またパンク、、、

ああ、これが現実か。結局、ドシャンベ到着は夜。安宿が埋まって、旅を始めて1番高い2000円出して宿泊。ソ連式ホテルに泊まれたのは面白かったけど。

ドシャンベは見たかったのに、次の日出なければ今後の日程に遅れが出るので、翌日の朝数時間で出発。

ドシャンベの市街地をうろうろ。緑豊か。でも、小さい。タジキスタンの貧しさを物語るけど、メイン通りだけはヨーロッパ。

市の中心には大統領の銅像がある。どうでもいいのだが、近くまで行ってみた。

、、、

、、、

警官出現!パスポート見せろ!

、、、

来た、たち悪いやつ。ドシャンベの警官は腐っている。とりあえず見せる。おお、日本か。といって、フレンドリーに会話しようとする。

today is holiday!!!money money!!!

と、僕を囲いながら警官。

しょうがない、と、パスポートをぐっと奪って、逃げる。

警官は追って来なかった。

ドシャンベは朝から活気はあるが、どこかタジキスタンの貧しさを象徴させた。物乞いが多少いることや、規模が小さい。

警官のせいで時間取られ、あんまり見れずフジャンドという都市に移動。

ここも、乗り合いタクシー。今回は、24歳の母親と7歳の子供と3歳の子供。

旅すると子供に接する機会が増える。年齢を聞いてその頃の自分を思い出したりするのも好きだし、仲良くするのも好き。旅して子供のかわいさとか接し方の練習になる。めざせイクメン⁉

子供の仲良くしておくことで親が助けてくれたりする。

このバスは、市場でぶどうを買って洗わず食べたせいかずっと腹痛に耐えたこと以外はかなりスムーズ。前回車選びを失敗してるので、ここはなんとかうまく行けた。

このバスからの風景は、昨日の全く舗装されてないのではなく、舗装されているところは舗装され、トンネルが建設中なりといった感じ。でも働いているのは中国人。これは自分の中で驚きであった。彼らは海外で使う側ではなく使われる側であることに。

フジャンドに夕方つく。中央アジア最大のバザールを満喫。でも、宿はバザールの上でうるさかった。バザールを見るのは観光より好きだ。バザールほど生活がわかるものはない。ネットで情報を仕入れていたら、前日のフジャンドでアルカイダの自爆テロがあったという。旅は怖い。

フジャンドはそんなとこかな。ドシャンベより活気があって楽しい。翌日はウズベキスタン!





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ホームステイ先から朝起きる。

ナンしかない、朝食、、、

ナンはもういい。とりあえず、世界でかなり美しいと言われる、カラコルレイクに散歩する。

湿原地帯の絶景、彼方に広がる湿原と、それを囲む山。そして、透明度の高いカラコルレイク。素晴らしい。

これは、感動としか言えない。

そして、カラコル村落の子供達と遊ぶ。カメラへの恥ずかしさと純粋な興味、カラコルは、交通機関の問題で容易に来れない。それだからこそ、ツーリストは、これないのだ。ということは、子供と遊んでも、子供もマネーと言わないし、僕もマネーへの心配がいらない。

子供と遊ぶことは、海外で覚えた。日本での自分は、どう考えても子供と遊ぶ系のキャラではない笑。でも、言葉が通じないし、こっちもあっちもコミュニケーションを取りたいっておもうことが、遊びに誘わせる。

子供といると楽しいなっと思う。こっちは、写真を取りたいけど、いい写真をとるには、子供とどこかこころを通じ合わせることが必要である。

今回もいい写真が取れた。

最後に子供達の親が、チャイを飲まないかという。オッケー。

チャイの他に、クッキーとかチョコレートが出てくる。何もない、貧しい村なのに、僕にこんないろいろ出してくれる、優しさって、なんとも言えない感情になる。

もっとゆっくりしたいのだが、今日は、ムルガープという町に行かなくてはならない。のだが、

、、、

、、

この村、バスターミナルなどない。

、、、

、、、

どうするの?

ヒッチハイク!!


そう、ヒッチハイクなのだ。覚悟はしていた。未経験、まあいい経験になるだろう。幹線道路でザックを持ってまつ。車は、たまにしか通らない。

最初に車がくる。身振り手振りで存在をアピール!

、、、

、、、


車!止まった!

ムルガープ!ムルガープ!と僕。

おー、ちょうどこの村で降りるやつがいるんだよ、そいつ下ろして、飯食ったら乗せたるよ。

ただではない。ただ、現地人価格でぼられなかったということが大事である。

ヒッチハイク、余裕笑。

もちろん、ここで余裕と思ってこれからヒッチハイクして、何度も失敗しているのだが、

ヒッチハイクは、無事でムルガープに着いた。

ムルガープは、町である。別段、ここで、対して何かというわけではない。普通にバザールがあって、町とは言っても建物はボロボロで、時には崩れている。タジキスタンの貧しい生活が伺える。

この辺まで来ると、旧ソ連の食事に飽きてくる。そして、ムルガープは、交通の要所であるため、外国人が多く来る。だからこそ、自分にとってもこの町は、両替や旧ソ連独特の滞在登録という、警察にいって、タジキスタンに入ったことを示したりするような事務的なものである。

宿も、カラコルのように温かいもてなしはない。

ただ、どこもそうだが、山に囲まれ、村落の誰もが顔を知っている、人間味、共同性が伺えるところは、好きだ。また、3200mぐらいなので、民族衣装を来て、人々を見るのは面白い。

ムルガープは、そんなところかな。



ちなみに、ムルガープは、星がすごいきれい!でも、電気は、夜の8時から10時しかつかない!10時には、消える。ある意味便利な町だ。

都会にいたら、都会時間になり、田舎にいたら田舎時間になる。

都会時間にいつか戻る僕にとって、田舎時間に長く身をおくことは、できないが、田舎時間を知っておくことは、大切だと思う、

その上で、どっちを好むか。僕は、都会時間をとる。そして、都会時間が本当につらくなったら、田舎時間に行けばいい。でも、そうできるように、都会で頑張っておくことも必要だろう。

ちなみに、水道からも水は、でない。シャワーなどあるわけない。おそらく、アジアでここまでな国ってそうない。厳しい気候だなって思う。そういうところでの生き様ってかっこいい。

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