中国レポート -4ページ目

②5年後はどこで、何を

 ゴールデンウィークに一時帰国して、かつての勤め先の先輩と食事したついでに、かばんに入れていた中国人の学生たちのスピーチ原稿を数本見てもらった。


 この週末に参加するスピーチコンテストは日本の新聞社の主催なので、その業界の人の意見を聞いて安心したかったのかもしれない。あるいは今、自分が一生懸命やっているものについて、母語を同じくしている誰かと共有したかったのか。


 「私も、こんなことに一生懸命になってる場合なのか、と自問自答しながら、でも手を抜けなくて」


 私の仕事は大学卒業以降、「言葉」や「文章」という「核」を維持し続けている。新聞社を退職するとき、全く新しい人生を模索したはずなのに、まさかその後も原稿と向き合うことになるとは、想像もしていなかった。

 日本の専門学校から受託しているアドバイザー業以外は、すべて何かを書いたり添削したりする仕事だ。


 ただ、向き合う相手や目的が変わった。


 かつては、社会的立場が高い人、新規性がある何かをしていて注目されている人に話を聞き、それを公共性の高い媒体で発信するという仕事だった。

 今は、無限の将来を持っているけどまだ無名の外国人大学生が書いた、未完成な原稿と向き合い、あるいは中国語のニュースを日本語に変換している。


 現場に近いところにいたい、という気持ちは変わらないが、現場 of 現場とも言える場所にいると、時に自分のやっていることが非常に小さいことのように思える。



 そしてこの数年で、自分の仕事をコントロールできる裁量は大きく広がった。

 「こうしたらもっとうまく行くんじゃないか」と思ったらすぐ実行に移せるのは、中国のいいところだ(もちろん中国全部がこうではないだろうが)。よほど大きな事でない限り、ゲリラ的に始められる。自分たちの負担が増えないなら、特に文句を言う人はいない。


 私が今やっている仕事はどれも、時間や月あたりというより、業務あたりでお金をもらっている色合いが強い。だから、土日も2~3時間は仕事をしている一方で、平日はどこで何をしていようが自由。


 ただし、個人の裁量でやっている仕事ばかりになると、時にチームでの仕事が恋しくなる。学生の原稿をせっせと見て、発表の練習に付き合って、それなりに成果が出ているので、横やりが入ることもない。

 けれど、すべて自分で判断するってのはきついし、何だか孤独だなあ。どんな仕事をやってても、それが一人でできることであっても、誰かと分け合いってのは人の本能なんだろう。


 私は今、誰もいない大学の事務室でそんなことを考えつつ、キーボードを叩いている。

 そう。中国はまだ16時にもなってないが、誰も残っていない。勤務先は昼食が無料なのだが、そうでもしないと、一週間に1日しか出勤しない人とかが出るからじゃないかと、冗談でなくそう思っている。 

 

たまには自分で自分をほめて、不特定多数にひけらかす

 私が新聞社を離れた理由の一つに、「自分にデスクは務まらない」と思ったことがあります。なのに今、毎日毎日外国人の文章を添削しています。今もまだご飯食べてません。

 鉄板で焼かれるたいやきくんの気分ですよ。日本海に逃げ出したい。


 今週末のキヤノン杯は、テーマのヤマを張った原稿20本×3人分。来週の中華杯は長めの原稿。なぜか日本留学中の教え子の原稿も添削。

 そしてつらいのは、日本大使館主催の作文コンクール。1600文字×50人分。外国語なんでね、普通は1500字も書いたら文章崩壊します。中レベルの子にはまず800字書かせて、ふくらますところを提示して再度書いてもらって、最後に添削。


 今日はここまでにして、明日は絶対マッサージ行こう、と思っていたら、この作文に当たりました。ごますりでもいい。今の私には偽りの愛でもエナジーチャージされるから。



以下


 「まずは、食材ですね。牛肉、人参、ジャガとかを準備しておいて、それから、作って、最後に、盛り付けをしますね...」話している方は私の先生です。しかし、先生は料理の作る方法を教えているわけではないので、作文の書き方を説明しています。

 先生と初めて会ったのは、大学二年生の日本語リスニングの授業の時でした。その時、背の高くない、非常に痩せた女の先生は教室に入って来て、色が白く、黒くて長い髪を生やし、大きなかばんを持っていました。

 「いつ、どこかで会ったことがあるようだなあ」と私は思っているときに、「私はさなぢです...」という話を耳にしました。「ああ、先輩から聞いたことがあった、とても厳しいそうだね。これから、必ずよく頑張ってね。」私はそう思って、授業もう始まりました。

 授業中、私たちの答えを受けたときに、先生は「なんで、なんで」と何度も学生たちに質問しました。「へエー、どしてさなぢ先生はいつも『何で』と私たちに問い詰めたのか。以前のリスニング授業でこのようなことがなかったよ」とクラスメートは文句ばかり言って、多くの人は理解できなかったのです。実際には、その時、ほとんどの学生はリスニングの参考答案を持っていました。先生はこの状況をよく知っているだろうと私は思いました。


 三年生のとき、さなぢ先生は私たちの作文授業の先生を担当しました。私は先生のことをもっと理解することができました

 先週の作文授業で、先生は作文の書き方について説明するため、たとえを引いて、料理の作ることを分析しました。先生は文章を書くのに、素材、構成、言語表現という三つの要素は欠かせないもので、料理の食材、作り方、盛り付けと同じよなものだと言いました。聴いた後、私は目からうろこが落ちるような気持ちになりました。なるほど、作文はこういうふうに書くのですね。

 それより前、私はキャノ杯スピーチの原稿の直しを先生に頼んで、メールでお送り致しました。翌日、メールの返事をいただいた後、私はびっくりしました。そして同時に感激に襲われました。先生は直接に直すことではなく、具体的な要求を伝えました。そして、原稿内容についての参考資料を送ってくださいました。直接に訂正するよりもっと役に立つのだと思いました。

 ある日、授業が終わった後、残りの私は一人で日本語のヒヤリングを練習している時、突然、ある人は教室に入りました。意外にもさなぢ先生だったのです。

「刁さん、何をしているの?」先生は尋ねました。

「勉強です。」私はちょっと恥ずかしくて答えました。

 実は、私は昨年の日本語能力試験一級試験に合格できなかったのです。先生もこのことを分かりました。先生は「今、一級試験のリスニング教室を開いている、刁さんは参加してほしいなら、やってみよ」と私に言いました。また、リスニング教室について教えました。私はとても感動しました。


 先生はいつも自分の経験を私たちに伝えました。彼女は朝寝坊のために、会社の入社試験に間に合わなかったことがあります。高校時代に頑張って、早稲田大学に入った後あまり勉強しなっかたのです。私は聞いた後、不思議でした。ある日の作文授業で、人生の道について議論している時、先生は社会には一定のルールがあって、逆行すると、大変だと諭しました。その時、先生はシングルマザーだったということを始めて聞きました。先生は苦労のことを具体的に言い及ばないけど、色んな不公平な体験を想像するかたくないのです。私は先生の勇気にとても感心します。

 私は師と仰ぐ人のなかで、先生のことを忘れないと思います。先生は教学に対して責任感を持って、教え方は分かりやすいです。さらに、率直な人柄は私を感心させます。先生の私に対する助けと励みは、学業のためのことで、人生に導くのことだと思います。


①5年後はどこで何を

 4泊の帰国中、帰宅が0時近くになった1日を除いて、ずっと息子と同じベッドで寝ていた。

 成長期に入ったようで、1か月見ないだけで外観に変化がある。そうなると「べたべたしてられるのは後どれくらいか」と急に焦り出した。


 私が息子と2人で暮らした4年間は、この12年で最も貧乏な期間でもあった。だから随分倹約した。レジャー施設に連れて行っても、遊具はいくつまでね、と最初から制約を課して、なるだけお金のかからない娯楽を探した。

 おかげで福岡でも大連でも、子供向けのイベントやNPOにはすっかり詳しくなり、お金をかけなくても楽しく有意義な時間を過ごせることはよくわかっている。それでも、生活にゆとりが出てきて、当時は月に一度のぜいたくだったおしゃれなカフェや温泉に週に1回、あるいはそれ以上行くようになった今、息子に我慢を強いたことを思いだしては、いたたまれない気持ちになる。


 何でも買い与えることができなかったから、息子は一冊の本を何度も読んでいたし、果物をとても喜んで食べた。外食したときにアイスをサービスで出してもらうと、一日中機嫌が良かった。

 今はあらゆることに飽きっぽくなり、じじばばに何でもしてもらい、果物にもお菓子にも反応は薄い。長期的な視点で考えると、大連での耐乏生活は悪くなかったと頭では理解してるし、30年前とか40年前は別に普通のことだったと思うんだけど、今の子どもは本当にお金をかけてもらってるもんね。


 そして福岡は暮らしやすい。

 ほしいものをすぐに手に入れることができ、デフレのおかげでお金をかけずにおいしいものが食べられる。

 近所のカフェで1杯30(590円くらい)元のカプチーノを飲んでいる身からすると、スシローのコスパは奇跡的ですらある。

 日本の友人にはよく話すが、100均で売ってるものを中国で買おうとすると、250円は出さないといけない。


 するさ爆買い。私は今回、ダイソーでサランラップまで買って中国に持ち帰った。重量が許せば皿も運びたかった。


 お金を出しても品質が保証されない国に住んでいる人から見たら、今の日本は桃源郷だと思う。中国に戻る前日になると、サザエさんのエンディングテーマを聞いたときのような気分になる。また明日から戦いの日々が始まるよ。


 東京から福岡に移り住んだ人が、ここで家まで買っちゃうって気持ちは、実はよく分かる。

 


続く

 

プチ爆買いの旅

 プチ爆買いとは矛盾した日本語ですが、日本で免税の対象者となるのは外国人旅行者だけではありません。実は、外国で市民扱いを受けている日本人も、一時帰国の際には免税サービスを受けられるのです。
 私がこのことを知ったのは、免税範囲が拡大された昨年10月のことでしたが、それ以降、買い物に行くときは必ずパスポートを携帯しています。
 今回は4月30日から5月4日まで一時帰国していました。その時に買ったものと各店の対応、利便性まとめです。

ダイソー
 近所で大量買いするも、免税どころかカードも使えないことを知り、次回から下調べをしようと心に誓う。




ユニクロ


 近所で買うものを物色するも、この店舗は免税対応をしていないと知り、かごの物を全部戻す。翌日、大規模店に行き、意気揚々と免税専用レジに並ぶも…

「お客様、免税の額に達していませんが」
「え??」
 レジには8600円と表示されている。しまった、服は1万円以上じゃないとだめなんだった。化粧品や食品が5000円以上で、私の頭の中ではユニクロも同じカテゴリーだったため(ファストファッションだもんね)、勘違いしていた。「どうしますか?」と聞かれたが、時間がないのでそのままお支払い。
マツキヨ


 中国人の友人に日焼け止めを9個頼まれていたため、それだけで5000円オーバー。日本のものを買い求める人は、「石けんで落とせるやつ」とか要求も厳しく、表示見るのが大変。
 こちらも免税専用レジでお支払い。レジの店員がどうも海外旅行をし慣れていない人のようで、パスポートの個人情報を掲載しているページや出国スタンプの欄を探せずにもたつく。ちょっと残念。

天神の某百貨店(2月時)

 6000円の化粧品を購入。消費税はインフォメーションでお返ししますと言われ移動するも、免税希望者に対しスタッフの人数がまったく足りていない。そもそもみな外国語ができないようで、外国人とのやり取りに時間がかかり、15分ほど待たされる。手続きには手数料がかかるとかで8%分は戻ってこなかった。

博多駅の某百貨店


 ファンケルのサプリメントを頼まれ、最初は天神の店舗を探したら、1袋4000円ちょい。高っ(写真だけ見ていたので、数百円と思っていた)。「本当にこれ?」とSNSで友人に問い合わせたら「それそれ、できれば5袋買ってほしい」。2万超えるやん…。
 ネットでファンケルの店舗を検索したら、博多駅の百貨店に入っている店は免税対応している。手に取った商品を棚に戻し、地下鉄に乗って博多駅へ。
 5個をかごに入れ、パスポートを出すと、「もし銀聯カードで決済されるなら、免税とは別に5%割引となります」と言われ、VISAカードを引っ込めて銀聯で決済。消費税の返金はインフォメーションでと言われ、移動。5人のスタッフのうち2人は中国人。1人は新人で初の免税手続きのようだったが、ほかの人のフォローでスムーズにお金が戻ってくる。しかし手数料1.1%が引かれたため、実質的な免税は6.9%だった。まあ、銀聯の割引と合わせれば10%超えているけど。
 免税対応の店が一気に広がっているのはいいけど、ユニクロやファンケルでも、店舗によって対応しているところとしていないところがあるので、右往左往するはめに。8%のお得と引き換えに、貴重な時間を犠牲にした感もあります。

この5年くらいで一番忙しい

 日本の新聞社で働いていたころも、帰宅は22時、23時が当たり前で、「こんな生活続けてたら体壊す」と悲鳴あげてたわけだが、日本のサラリーマンよろしく、実はその中に、純粋な業務とは言えない時間もたくさんあった気がする。

 原稿書く手を止めて、朝ドラの再放送に見入ってたり、同僚とどうでもいい雑談したり、あいさつ回りと称して人生相談してたり、まあ飲みごとも多かった。


 今の私は外回りをする必要も、同僚と密なコミュニケーションを図る必要もない。なのに本当に時間がない。週に1、2回、人と晩御飯を食べただけで、仕事の圧迫感が格段に増す。

 種類の違う仕事を4つ掛け持ちしているので、脳内が常に分断されている気がするし、「もう考えるのやめよう」と思ってもできないから、ブレーカーを落とすにはマッサージか温泉に行くしかない。その頻度も増す。


 大学のスピーチコンテストの指導は、仕事の範囲を超えて、もはや部活動の監督状態である。

 

 疲れる…。どれも好きでやっている仕事だ。だから週末もついつい資料を抱えてカフェに数時間こもる。でも疲れる…。


 種類の違う仕事を同時並行していると、どうしても成果が見えやすいものに時間を投じるため、いつも特定の何かが放置される。それが心の負担になる。そして好きな仕事に逃げるという悪循環。


 そこへ今朝、電話がかかってきた。取ると、留学先の事務室の人だった。

「留学延長の申請書はもう書いた?」

「書いた(嘘)」

「明日締切なんだけど」

「え? 5月15日じゃなかったですっけ」

「それは普通の人たち。期限超えている人は4月30日」

「私、明日から一時帰国するので間に合いません…」


 ひとしきり怒られた。中国語で怒られた経験がないから、怒られていることが分かりながらもどう返事していいか分からない。「うん、うん、うん」みたいな中国語を連発してたら「分かってるの?」と聞かれた。


 「もう後がないんだから、次の学期は仕事辞めたら?」

 まあ、そうですよね。私がやめたいのはむしろ留学ですが、国費なんでそう簡単には放棄できない。


 電話を切った後、指導教授に電話して、書類へのサインを頼み、明日、空港に行く前に留学先に行かなければならなくなった。家を6時に出なければ…。


 論文は一人でぼちぼちと書いているのだ。書き続けていればいつかは書き上がるだろう、という、ルーズな国の建築プロジェクト並みのスピードで。

 でも教授に会いたくない。中国語が聞き取りにくいというどうしようもない理由で。外国人ってほんと、その国の人が想像もしないポイントでつまづいているんですよ。


 この年になると怒られることへの耐性が弱くなっているので、ふらふらと勤務先に行き(これも逃避だ)、同僚とちょっと話して(同じく逃避)、スーパーで親に頼まれてたお茶とはちみつ買って(これは用事)、とぼとぼと家に帰ってきた。


 でも、怒られることって大事ですよね。それがないと物事が進まないときもある。

後先考える人が損をする

 中国の組織で働いているといっても、周囲は親日的かつ日本語堪能な人ばかりなので、みなが思っているよりは居心地は悪くない。が、時々あります理不尽。

 日本で遭遇する理不尽は大抵、その人個人に起因する理不尽だったり、組織の理不尽だが、中国の理不尽の背景には国民性が透けてみえるため、無力感このうえない。


 理不尽といえば、私は電気スタンドを1年に1回以上の頻度で買い替えている。

 


 これまで使っていた青いスタンドの蛍光灯が切れたため、取り替えようとしたら、何と外れないのである。

 外れそうで外れない。ドライバーでねじを片っ端から外してみても、蛍光灯は本体から外れない。仕方なくまた電気スタンドごと買い直した。


 


 ちゃんとしたお金を出せば、蛍光灯が取り外せる電気スタンドがあるのかもしれないが、いつまで中国にいるかはっきりしていない私は、耐久品にお金をかける勇気がなく、売り場で2番目とか3番目に安いものを選んでしまう。1番安い物を選べないあたりが、日本人小市民である。


 学生とこの問題について話していたら、「電気スタンドの蛍光灯が切れたら本体ごと取り替える」のは常識だそうだ。だいたい、中国の耐久品って耐久品じゃないよね、とひとしきりぼやきあった。


 後先考えない、というのは上から下まで、人から物まで普遍的にみられる現象だ。

 後始末をするのが自分ではない、だから後のことはどうでもいい、というのはやはり広くて人口が多いことも関係しているんでしょうね。

 日本は逃げ場がなかなかないもんね。


 

中国の地主の悩み

  年下の同僚(独身女性)に夕ご飯に誘われ、こちらも一人では暴れそうなことがあったので、ほいほいとついていった。


 同僚は席に着くなり、「これは彼氏が買ってきたワインです。中国のじゃないから安心です」とボトルをくれた。ん。この流れは何か頼み事をされる。私が間もなく日本に帰るので、きっと買い物だろう。


 と本題を待っていたが、2時間すぎても3時間過ぎても本題にならない。もうお開きかな、とトイレに行って戻ってきたら、同僚が


「ところで、仕事に全然関係ない話ですけど」


ようやく切り出して来た。


 「私、痔なんです。すごく重くて。つらくて、今日も仕事休みたかったくらいです」


!!!なんと!!!知らぬこととはいえ、そんな女性を3時間も座りっぱなしにさせてしまった。


「今、開発区で一番いいと言われる病院に通っているんですが、そこで『ここまで悪化したら手術が必要です』と言われて、でもそこでは手術はできないと言われて、私立病院を紹介されたんです。中国で私立病院と言えば、金儲けのための悪徳病院(悪徳というフレーズ久しぶりに聞いた)なので、すごく心配しながら行ったら、本当に悪徳医者のような顔をした医者で、病院も小さくて、本当に本当に信用できなくて、困っています」


 ほー。と思った。実は今日、学生が書いた作文にも「中国の病院事情」が書かれていた。体調が悪くて病院に行った。医者に「まず検査を受けてきて」と言われ、検査を受けてから診察室に戻ったら、当の医者は帰っていた。しかも出された薬を10日飲んでもよくならなかった。故郷のみなに慕われていた医者は、製薬会社を信じずに自分で薬を作っていた…という内容だった。


 ほんとに、先生と呼ばれる職業の人ほど信用がない国である(大学教員も含め)。


 この同僚は、先日韓国に旅行に行った知人に頼んで、薬を買ってきてもらったそうだが、それも効かないとのこと。日本での手術について聞かれたので、ネットで調べてみたら、まあ価格は許容範囲、保険適用されなくても、一回で治るなら金を出してもいい、けど、休みを取れるのは夏休みだけ。


 現実的に、今そんなにつらいのに、夏休みまで待てないよね…という話になった。


「私、GWに帰国するから、ドーナツクッション買ってくるよ。中国にはある?」

「そんな気の利いたものは、中国にあるわけがありません」


 同僚は話しながら、メガネを外して泣き出した。ほんと気の毒だった。3時間も雑談してる場合じゃなかった。私がしゃべりまくってすっきりしている間、この人どんだけ苦しかったのだろう。


 気休めかもしれないけど、とりあえず薬も買ってこよう。痔主のみなさま、良い対処法がありましたら、ぜひ教えてください。

 

やはり言わずにはいられないこと

 さっき、うちのゼミ生からこのようなメッセージが来た。

 


 つい一週間前にも、別の子から日本のネット掲示板に、あまりにも中国の悪口が書かれているからつらくなったとメッセージが来た。


 私ですらネットの反中投稿は不愉快になることがあるので(内容もさることながら、汚い言葉が多い)、日本が好きで、日本人に好印象を持っている若い中国人が見たら、ほんと絶望もんだよな。


 もちろん日本には多様な意見があり、ネットは、特に匿名掲示板は極端な意見が集中する場所だという点は誰でも知っているけど、残念ながら、国をまたいで見ることができるのは、ネットだけ。


 みんな、想像力には限界がある。アフリカで100人の子どもが拉致され殺されるよりも、日本の列車事故で10人死ぬ方がよほど胸に刺さる。アフリカに行ったことがある人や、その国の友達がいる人を除いて…。


 価値観は自由だけど、さまざまな人が見ることができる場で、他国の悪口や異文化の悪口を書いている人は、もし子どもの同級生にその国の人がいたら、その子や親の目の前でも、同じことを言えるのだろうか。


 私は息子が小1のときに2人でこの国に来て、地域社会にすごく助けてもらった。清潔でないところとか、無秩序なところとか、無意味に声が大きいところとか、日本人の視点から見て悪いところも片手で数えられないほどあるけど、でも、お世話になった人たちには一生足を向けて寝られない。

 世界はつながっている。鎖国の時代には戻れない。

 私たちは、スティーブジョブスのスピーチも、お互いの不信を高める投稿も、同じように共有できる世界にいる。

外国語というバイパス

 少し前のブログに書いていた通り、日本語の家庭教師に行ってます。当初、時給200元の約束でしたが、私の実績を見てもらってか、ここからさらに上げてもらいました。


 生徒さんは中学生と高校生の2人。そしてどちらも、日本語は「第4言語」としての学習になり、かつ、既に結構話せます。日本人にとってなじみの深い英検に例えるなら、3級以上準2級未満のレベルです。


 この2人は親が友人どうし。


 中学生は中国人と韓国人のハーフ。最近、中国の大学入試からドロップアウトする決断をし、この秋からインターナショナルスクールに転校するそうです。中国の公立校は、政治など意味のない授業が多く、外国大学の受験の準備をするような時間的余裕も取れない。ちなみにインターナショナルの学費は、中国人の場合、年間7万元(約140万円)、外国籍だと9万元とのこと。


 高校生の生徒さんは韓国人。父と次男は韓国、長男はカナダに留学中。母とこの高校生は中国で、カナダのインターナショナルスクールに通っています。なぜ母と2人で中国にいるかはまだ聞いてません。


 2人とも、中国語、韓国語はネイティブ並み。英語はネイティブの家庭教師つけたり、インターに通ったりしてるので、これまた英検換算すれば準一級くらい。で、「何で日本語やるの?」と聞くと、


「英語に比べてプレッシャーないし(受験など関係ない)、面白い」とのことでした。


 今、日本でも英語教育熱はどんどん高まっていますが、私も含め、外国語使って仕事していたり、こういう複数の文化に触れる立ち位置にいると、外国語に対する考え方は、またちょっと変わってきます。


 私の息子も日中バイリンガルです。英語は断続的にですが、私自身が教えています。中学までに英検準一級を取ることを目標にしています。

 中学受験も多少考えているのですが、学校のレベルが高くてついていくのが大変なところよりは、も少し自由で、夏休みは1か月海外に出てても、勉強の進度に支障がないようなところを検討しています。


 自分自身が複数言語を(えらく苦労して)習得した結果、得た教訓は、「外国語教育機関、そして外国語を教える人の能力差は世の中が思っている以上にピンキリ」だということです。

 これは私が同僚を見ていても思うことです。ネイティブ講師に習っておけば英語に親しめる、なんて考えは幻想だと思っています。

 で、質の高い先生を見つけるのはほんとに難しい。まず数が少ないし、自分が本気で勉強した経験がないと、評価もできない。

 だから、家庭教師先の家庭は、私に対して相場の3倍くらいのお金を払うわけだし、私は自分で子どもに英語を教えるわけです。


 未熟な先生にあたったら、金と時間の浪費でしかないのですが、外国語教育に関してはそのリスクはとても高いです。大連・開発区に住んでいる日本人に、語学学校で中国語を教えている先生の大半は、実は私の大学の女子大生です。で、たまたま、日本人の友人から「僕は〇〇さんに教わっている」などと聞いたとき、同じ授業料を払ってるのに、先生の質のばらつき具合の大きさすごいなあと、口には出せないけど苦笑することがあります。


 二つ目の教訓は、外国語って2つ目、3つ目となるにつれて勉強が楽になるということです。どの外国語であろうが習得のメソッドは大差ないし、必ずどこかに共通点があるので、手持ち言語の数に比例して学習の面白さが増えて行くからです。何でもそうですが、新しいものを受け入れるとき、一つ目よりも二つ目、三つめの方が心理的ハードルも低くなります。


 そして三つめ。

 外国語習得は、キャリアの選択肢を広げるための最も手っ取り早い方法です。英語が苦手、英語をやらなければいけない、と考えている人の多くは、それがすごく大変なものだと捉えているでしょうが、ほかのスキルに比べ、外国語は正しい方法で根気よく勉強すれば、誰でもある程度の域に達することができます。誰でも習得できるのに、ある一定のラインに達している人がなぜか少ないので、私から見ればすごくお得なスキルです。おそらく家庭教師先の親も同じ考えでしょう。


 大学のセンター試験、二次試験の勉強を正攻法でするよりもずっと消費エネルギーが少ないです。

 

 今回の家庭教師先が二人とも韓国人のお子さんということで、韓国は大学進学、就職を巡る競争が半端なく激しいから、こうやってバイパスを探す人が増えて、そのバイパスもこみ始めているんだろうなと感じました。


 うちは息子に対し「やりたいこと何でもやりなさい」と言ってますが、こっそりバイパス確保に向けて動いています。息子がどの道を選ぶかは別にして、道は1つではないと知っているだけで、私の精神安定に寄与するし、たとえ彼がお笑い芸人やダンサーといった不安定かつ成功が難しい業界に飛び込んだときでも、外国語ができれば時給の高いバイトを見つけられると思うので。


 一般的な人とはだいぶ違うかもしれませんが、親心です。


 


 

 

2つのバブル

 国費留学の奨学金が振り込まれる口座を久しぶりにチェックしたら、残高が不自然に多かったので色々調べたところ、昨年9月から「生活手当」が1.5倍に増えていた。普段は勤務先の給与で生活しているし、留学先からは何ら通知がなかったので、まったく気づいていなかった。


 勤務先の給与も2年半で1.8倍に増えている。確かに物価は上がっているのだが、私の場合、留学先、勤務先ともに住居費が水道・光熱費まで含めて手出しゼロなので、若干支出が増えたとはいえ、給与と奨学金の増加分は貯まる一方である。


 周りの中国人たちは所得が右肩上がりで増えるという前提で、生活レベルを上げていく。昨日翻訳したニュースによると、上海戸籍の世帯の97%はすでに持家を所有し、今の住宅市場の中心は買い替え需要に移っているという。


 けれど、日本のメディアも、そして日本人も、中国のバブルは間もなく崩壊する、という論調が多い。私も「いつまでこのペースで給料が上がるのかなあ?」と懐疑的だ。



 一方日本は今週、日経平均が2万円を超えた。メディアには先行きについても強気の見方が多く、さっき見た記事は「もうはまだなり」というタイトルがついていた。

 株価はこの1年で3割くらい上がっているのに、だからといって給料も物価も消費税増税分程度しか上がっていない。遅れて上がるかと言えば、そんな風にも見えない。日経平均は上がっているけど、トヨタは今週下げている。


 強気の見方が多いのに、給料も物価も上がらない日本と、

 間もなくバブルがはじけると言われながら、表面張力を保ちつつ、給料が上がる中国。


 飛び石を踏みながら前進している自分にとって、次に足を置くべき石はどれなのか、実に悩ましい。


 奨学金の口座にたまっていた50万円ほどのお金も、しばらくは使う予定がないし、とりあえず貯蓄だと思ったまではよいが、「どこ」に「何年」預けるかに悩んだ。


 中国の金利は5年定期で4%。先月利下げしたし、今年中に追加緩和が2回くらいあると言われているので、今のうちにとも思うが、5年後の成長率がなお6%くらい維持していたら賢い選択ではない。


 円安がこれ以上進まないのなら、日本円に換え、住宅ローンの繰り上げ返済に充てるという選択肢もある。

 日本のメディアの言う通り、株価2万円が「通過点」なら、NISAで何か買っとくかとも思う。


 日本に住んで、日本の超低金利しか知らなかったころは楽だったなと思う。

 中国しか知らないのもある意味楽だ。銀行に預けずに、株や家に投資するだろう。


 二つの国で働き、暮らして、私が得た結論は「インフレの通貨圏で稼いで、デフレの通貨圏で消費すること」だ。 けれど、日本が本当にインフレに向かうのか、そして中国で出てきたデフレの懸念は現実化するのか、どのニュースに書いていることも、何か足りない気がして、

 この目先の余剰資金をどうするかだけでなく、来年どこで働くのかについて、とても悩んでいます。