中国レポート -2ページ目

通訳案内士試験に申し込んだ

 今や日本の消費を支えてくれている中国のクルーズ船。実は新聞社に勤務していた6年前に、連載をした。当時は中国人クルーズ船が認知され始めたころで、期待はあるけど受け入れが全然追いつかないという状況。

 上司が連載のタイトルを、「富む・クルーズ」で行こうと主張し、それを食い止めるためにボキャブラリーを総動員して「船客万来」を思いついたときの安堵感は今も忘れられない。


 その時に取り上げたのが「通訳案内士」。合格率25%という難関国家試験なのに、現場ではレベルの高いガイドへのニーズが少なくて、中国人学生バイトで事足りるので(法的には黒)、資格取っても食えない、という話だった。


 その後、中国に留学し、気が付けば翻訳の仕事を始め、そして趣味が旅行ということもあり、2、3年前から「食えなくても資格をとっておこうかな」と思うようになった。が、勉強する時間がない。そうこうしているうちに、東京オリンピックが決まり、中国人の爆買いが始まり、今年に入ってからは、

「いつ受ける?」「今でしょ」と、林先生の顔が頭の中をぐるぐる回る。

林先生のブームが過ぎたあとも、林先生が脳裏から消えない。


 ということで、6月28日が締め切りだったので、勢いで先週、申し込んだ。

 中国語を申し込もうとしたら、私は英語を選んだ場合、一次試験の外国語筆記は免除になるため(TOEICのスコアが860点以上は免除)、なんと二か国語を同時に受けれることが判明した。


 案内士の試験は「外国語」「地理」「歴史」「一般常識」なので、一次は地理、歴史、一般常識だけで済むという。

 これは大変お得ではないか、と迷わず二か国語申し込み、実家のおとんにTOEICの証明書の捜索をお願いし、受験料を払い込もうとすると、金額は2倍だった。お得じゃない…。


 ついでに言えば、一次試験を通った場合、二次試験の面接は、午前、午後で英語、中国語となる。

 ちょっと、というかだいぶ不安だけど、林先生が「いつやる?」と言ってるので、今、山川の日本史読んでます。

 今年受ける方、一緒に頑張りましょう。

 



イケメンセンサーが機能しない

 金曜日夜に始まった映画の撮影が終わった。中国のスケールの大きさと段取りの悪さを味わいつくした3日間だった。

 実際の撮影が始まるのは集合から2時間後。現場についてから打ち合わせ開始。当然、「カメラの位置が」とか、「台詞にもう少し間をあけて」と多くの注文がつき、二言三言の台詞を10回以上撮りなおす。そうやってその日のスケジュールが終わるのは夜中3時とか4時。昨夜は店休日の日本料理店にロケ地の協力をいただいたが、店主も「明日、ランチあるんだけど」とぐったりしていた。


 スタッフの中には実際にテレビドラマに出ている役者もいた。毛沢東の八路軍をテーマにしたドラマのロケで、来月から3カ月上海に行くそうだ。軍ってことは、現場はさらに混乱するんだろう。3人とか4人の出演者でも統率取れんのに。日本でやれば1か月で済むだろうな。。。それだけのコストがかけられるってことだよな。さすが、人も金も潤沢な中国。


 異世界をのぞいて、大変勉強になった。もうぼろぼろだけどね。金曜も日曜も、普段生活している自宅には帰れないし、仕事は超繁忙期でオーバーフロー気味です。今もカフェで、今日提出しなければならない期末試験の問題を作っている。


 さて今回、私が日本人のキャストたちからも中国人スタッフからも大絶賛されたこと。

 は、演技ではない(自然すぎる、ほおずえつきすぎるな、顔がゆがむなど怒られた)。


「さなぢさん、よくあんなイケメン見つけてきましたね」

 何度も言われた。







 映画の主役は30代の男性作家で、私は「堅気っぽくない」「撮影の時間を捻出できる」を基準に、一人の友人を選び、出演してもらうことにした。


 元々は熊本の知り合いが今年の冬、「同郷の若い男性が、3月から大連に留学するから、何かあったら助けてあげて」と紹介してくれた人で、たまにご飯を食べたりしていた。


 しかし、撮影現場でみんなが「はまってるね~」「あのイケメン」と言うまで、私は彼のルックスにまったく着目していなかった。


 私の頭頂部にはダメ男センサーがついている、と20世紀から言われている。

 じゃあ、イケメンセンサーはどこに落としてきたのだろう。


 

 

⑪仕事が網に引っ掛かる

 社会人として育ってきた環境のおかげで、無意識のうちに紙媒体に重きを置いた発想をするが、今身を置いているのが海外なので、いろんな意味で私を生かしているのはネットなのだ。

 そんなことをこの1、2カ月考えていたら昨日、メールボックスに「アメブロにメッセージが届いています」というお知らせがあることに気付いた。


 なになに? と開くと、Web記事執筆依頼だった。ごまんといるライター志望者の足元を見て、まとめ記事のような切り貼り記事の執筆者を安値で募集しているのをよく見るので、その手のかと思ったら、冒頭に「先日差し上げたメッセージの件ですが」とあり、「ぜひご検討ください」と締めくくられていた。

 メッセージフォルダを見たら、一週間前に一通目のメッセージが入っていた。


 ちゃんとした、というか、私も定期的に利用しているサイトで、ある分野のガイド記事を執筆してほしいという依頼だった。しかも気づいていない私に二度も送ってもらっていたので、慌てて返信した。

 価格も相応(今の翻訳の仕事と同じくらい).。ただ、私の得意分野とは言えず、中国関連なのに納期のころには日本にいるので、引き受けられるか微妙なところだけど、先日のホリエモンリツイートと同様に、考えさせられた。


 漫然と書いているこのブログだが、実際のところ、私はここを通じて仕事を拾っている。

 ただ、今までは全て、実生活で知り合う→FBでつながる→FBにブログが投稿される(設定になっている)→あら、この人文章書けるのね。じゃあ、これお願いしたい


という感じで、みな私がかつて新聞社で記者をやっていたことを知っているし、それも支援材料になっているのは間違いない。

(※横にそれるが、今日から撮影する映画の予告サイトができあがり、そこの私のプロフ欄にも「〇〇年~〇〇年 ××社で記者」とあった。別に私が書いたわけでもないし、中国人が読むのに社名までいれんでも、と思ったが、中国でも信頼性がある肩書きってことなんですかね)


 けど、昨日受け取った記事執筆依頼は、実生活では一切つながりがない人が、このブログだけで依頼してきた。しかもプレスリリースをきちんと出すような会社だ(私にも、事業の説明としてプレスリリースが添付されてきた)。


 紙と網の間を長く漂っている私は、流れ流れてどこに行く、というかどこを目指すべきなのだろう。


続く

10万円で人を雇う

 非常に優秀だけど性格に癖があって扱いにくい男子学生を何となく面倒見てたら、半年前だったか

「このご恩は忘れません。今の自分には何もできないので、老後の世話をさせてください。先生がぼけて自分の顔を忘れても気にしません」←原文まま

という手紙をもらった。


 この子、1年前は東野圭吾の小説を読んでいたが、最近ではラノベにはまって、私は帰国の度に本を買わされる。彼が事前に日本の中古本サイトを調べてくれているので、私はカード決済して運ぶだけではあるが。

 とにかくそれくらい日本語ができるので、大学の先生たちからいいように使われて、先日はよその大学の卒業生の卒業論文の和訳をやらされていた。

 日本語学科だけど自力で日本語で文章を書けない学生がまず中国語で書いて、それをうちの教え子が日本語にするという。


 そんな仕事を斡旋する教員って何だよ…。しかも頼んで来た側は翻訳が完成すると支払いをしぶるというおまけつき。


 この国では、黙々とタスクをこなす優秀な人ほどばちを被る。小さな世界にいてもそれが分かる。

 小さな成功も小さな負担も声高に主張し、雑務を全力でふり払わなければならない。


 公私混同になるからとずっと躊躇していたのだが、私が使わなかったらほかの場所で搾取されるという現実を見て、1か月ほど前、その子に助手をしてほしいとお願いした。

 教員の仕事じゃなくて、ほかで抱えている、遅々として進まない苦しいタスク。元データの収集や分析、文章作成は私がやらないといけないが、その後の工程を投げるという役割分担で、約3カ月で報酬10万円を提示した。


 教え子はものすごく驚いて、「お金はいりません。10万円なんて高すぎる」(学生の感覚で言えば当然だろう)と言ったが、「報酬出さないと私がだらだらするし、仕事の分量に関係なく定額の10万だから、高いか安いかは分からんよ」と言って、交渉を成立させた。


 それから3週間。 何かを下請けに出したら、例えば2000文字くらいの翻訳をお願いしたら3時間くらいでできあがってくる。しかも慣れてきてペースが上がってきた。この子が猛烈な勢いで作業を進めてくれるのが鋭い鞭となって、こちらもルーチンの仕事以外はほぼ引きこもって作業をしている。

 週に2回ほど誘われて食事に行く以外は、ずーっとパソコンと向き合っているか寝ている生活で、さっき家計簿見たら今月の支出はまだ1300元くらい(約2万5000円)。なすびもびっくりだ。


 おかげさまで、これまで1年くらいちんたらやっていた作業量が、1か月でできた。それ考えたら10万円まったく高くない。


 優秀な仲間ってすごいですね。そして優秀な仲間に払う報酬はけちってはいけないですね。

 勉強になりました。

 大連は日本語できる優秀な学生は引く手あまたなんですが、職種は飲食店のスタッフか日本人に中国語教える先生に限られているので、男子学生はどれだけ優秀でも仕事にあぶれるという現実がある。

 今後は早いうちからできる男の子に目をつけて、自分の秘書として育てようと思います。

⑨メディアの役割

 私は1997年にインターネットを始めて間もなく書くことに目覚め、2000年ごろからは断続的ではあるがずっと何かしらネットの世界に文字を残している。いまだに何かの拍子で、「早稲田の掲示板に書いて書いていたさなぢさんですよね」と聞かれることがあるので、「さなぢ」という名前だけは変えていない。


 ユーチューバ―だろうがブロガーだろうが、定期的に活動を続ければ、それはストリートパフォーマンスと同じで、だけどストリートパフォーマンスと違って、そのネットワークは土地の制約を超えて伸びていく。

ということを経験上知っているにも関わらず、社会人としての私の文化は新聞社で作られたので、無意識のうちに「価値のある」(と私が思う)情報は、新聞社や通信社、あるいはテレビ局で働く人に投げてきたように思う。


 しかし4月に、教え子のブログ をホリエモンがリツイートした瞬間、ページビューがどかんと伸びたのを確認して、もし全国紙でこのブログが取り上げられた場合、ページビューはこんなに増えるのだろうか?と考えてしまった。そして今冬、町歩きイベントを企画した友人の言葉も思い出した。


 観光関連のビジネスをしている友人は、我が町の隠れた名所発見、的な町歩きガイドをやっている。歴史をちょこっと挟みながら、飲み屋を数件回って、ダンススタジオで踊りも体験して、というどちらかと言えば女性向けのイベントだ。あくまで歴史はちょこっと、というのがみそである。

 ところが、新聞にお知らせ記事を掲載してもらったところ、歴史マニアの高齢者からの申し込みがあって、どう考えても相手のニーズと提供している内容が違うということで、お断りしたとのことだった。しかも申し込みはこの1件。ついでに、私たちが参加したツアーにはテレビ局が取材に来ていたが、テレビで放映されるのも良し悪しで、企画者の想定と異なるターゲット層が申し込んでくることが多いんだよね、とのことだった。


 テレビ、新聞、雑誌、ラジオという既存メディアにネットという新たな媒体が登場、普及して⒑年以上になる。

 一つの商品を多メディアで宣伝拡散し、販売につなげる「メディアミックス」という手法も一般化してきたが、そういうのは直感的に理解できる商品に限られたことで、実際はネットが出てきたことで、各媒体の融合よりも、むしろ役割の分化が進んでいるのではないだろうか、と感じることが多い。


 例えば、新聞のコラムは実際にはどのくらいの人がしっかり読んでいるのだろうか。夕刊に至っては購読者が激減していて、かなりのニッチマーケットになっているはずだ。でも、新聞のコラムを執筆する=既存メディアにオーソライズされた=社会的信用度の上昇なので、きっとそれがきっかけで講演や講師の仕事につながっているはずだ。そっちの方が、よりわかりやすい果実なのかもしれない。


 一方で、私がやっている日本語人材の育成、というような地道な仕事を、新聞やテレビに取り上げてもらった場合、私への何らかの依頼は増えるだろうが、「日本語人材の育成」に対する影響、効果はそんなに期待できない気がする。

 ホリエモンが教え子のブログを紹介し、かなりの数の「読者登録」が届いたとき、ネットというのは発信力のある人を、丸ごとメディア(媒体)に変える化学剤なのだと改めて思った。


 長い間ネットに文字を落としてきたのに、私は実に漫然とこの媒体と付き合ってきたのだなあと。

 かつて、この世界で活躍している人に、「さなぢにとって書くのは趣味かもしれないけど、そこそこ読まれるものをただでたくさん書くなんて、ばかなことをしているなあと思う」と言われたことがある。

 考え方の違いは、社会人の初期にどこで育ったかというDNAの違いなのかもしれない。

 

続く 

 

 

 

私の中の日本人

 中国人の知人から、「さなぢさんの知り合いで、北京で働きたい日本人いませんか?」と聞かれた。

 給料は経験によるが、今、私が大学でもらっている額の倍。 ってことは誰でもいいわけじゃないですよね、と仕事の内容は?と尋ねたところ

 ある分野に関する市場調査で、ますます日本人なら誰でもいいですよね。という感じではない。


「在宅でいいなら、日本にいると思うんですけどね。あ、でも中国語必須なんですかね」

「私の本業に近い仕事なんで、知り合い当たれば見つかりそうなんですけど…北京に引っ越さなくていいなら」とぶつぶつ言ってたら、私のバッググラウンドを一切知らなかった知人は、「あー、さなぢさん、先生以外にいろいろやってるんですね」とちょっと考えて、「会社に在宅でできないか聞いてみます。北京に引っ越さなくていいなら、さなぢさんやればいいですよ」となった。


 1日経って気付いた。

 この会社に応募して採用されれば、私の給料は倍になるのに、自分が手を挙げようとはみじんも思わなかった。

 今の仕事に不満がないことと、契約更新期を控え(まだ手続きはしていない)、この時期になって勤務先に「辞めます」ということなんて考えられないからだ。


 私は日本人だ。と痛切に自覚した。

 一般的な日本人は、今の職場に大きな不満がなければ、給料が2倍と言われても簡単には動かないということだ。屋台や飲み屋では「小遣いが少ない」「ボーナスが増えない」と言ってても、真剣に転職を考えている人でなければ、突然転職エージェントがやってきて2倍の年収を提示したとしても、転職する人はそんなにいないと思う。(それがきっかけとなって転職の可能性を考える人はいるだろうけど)

 金で魂を売ったっぽくて何となく気が引けるし、何よりも一般的な日本人は、変化を選んだあとに後悔することを恐れる。

 切実な理由がないときに環境を変えるコストは、収入2倍くらいじゃ収まらないのである。

 たいした不満がないなら現状維持理論、ここに完成。



 以前、中国の大手企業の日本支社長が「中国人を雇っても、あっちの方が給料が5000円いい、という理由で辞めてしまう。5000円だよ! 5000円」とぼやいていた。

 そう。大連の日本語人材にとって最も給料がいいのはコールセンターで、大手2社の給与差は500元くらいと聞く。その500元でも、人材が流動する大きな要因になる。


 この違いを生むのは、「変化に対する心理的コスト」の差に他ならない。


 私は今、組織文化を研究している。今まで属したほとんどの組織でマイノリティだった私は、組織が排他性や同質性をむき出しにした際には、常に排除される側だった。

 特に日本組織は放っておいたら自然と純血主義に向かう。権力を持つ人が「多様性」を言い、実践し続けないと、組織はすぐに同質化していく。その方が効率がよく、成果が出るからだ。

 外が変化しても、組織が守ってくれる。日本人の頭の中では、外的環境よりも組織が上位概念に来ることが多い。 だから変化に対して何かと腰が引ける。


 環境に適応しないと今を生きられない。だから今の環境に努力して適応する。

 けど、環境に適応しすぎると、将来の変化を生き抜くのが難しくなる。

 環境に適応しないと今稼げない。でも環境に適応しすぎると、競争のルールが変わったときに自分たちの強みが死んでしまう。


 組織の人間を同じ方向を向かせつつ、環境が変わったときにはすぐに方向転換できないといけない時代になった。

 かつて隆盛を誇った日本企業の多くが今、この問題を突き付けられている。


 企業だけじゃなくて個人もそうだ、と事例集めをしながら、私はいつも自戒しているつもりでいた。

が、自分の環境を大きく変えるような話を、まったく他人事としてスルーしていた。

 今の基盤が安定していない3年前だったら、「誰か知り合いいませんか」と聞かれたら、「私じゃだめですか」と言ってたと思う。

 

 個人が組織文化を作り、強化し、そしてその強化された組織文化が、個人の思考に「くせ」や「影響」を与える。昨年、故郷に帰ったときに、そこからあまり出たことがない人に、「さなぢさんの考えはすっかり中国化してますね」と言われたけど、何のなんの、35年かけて固まったくせは、そう簡単には取れないものである。


 一度決めたことを簡単にあきらめないで努力することは、素晴らしい点で、

 変化に柔軟に対応せず一度始めたことに固執するのは、見直すべき点。
 

 世界を動かすプレイヤーが多様化すると、バランス取っていくのも難しいなとため息をつきながら、

 安定に安住するくせだけは、努力して取り除いていきたい。自分の強みを殺しかねないから。


⑧多面性はどうやって?

 おそらく私は、根は風来坊なんだろうが、社会人として育った環境が環境なもんで、普段は常識的で保守的な判断をする。留学後しばらくは金銭的な事情で購読していなかった新聞も、定期収入が増えたら日経新聞の定期購読を復活させたし、面白い話を見聞きしたら、反射的にマスメディアに情報提供を考えるし、FBで友人たちがネット上の記事をシェアしているのを見ると、みんな本当に色々なところから情報を得ているんだなと感心する。


 ただ、日本の新聞を読んでいると、まあこれは、私に限らず中国生活者はみな同じだろうが、中国関連の記事に対し「そっかなー?」と思うことが時々ある。特に尖閣諸島発生以後。

 両国を行き来して感じるのは、日中関係が悪化すると、日本人は平均的に対中感情が悪くなる。けど中国は、テレビや新聞の影響力が限られているから、反日教育を受けている人はさらに反日になる一方で、元々ニュートラルだったりアニメ好きなど日本と接点がある人の感情はほとんど変化しない。

 けど日本のマスメディアに、そのような多面性はあまり反映されない。


 日中関係に限らず、社会問題全般、例えば病気でも教育でも、ニュートラルな読者として見ると、マスメディアの報道は多面的でないことが多く、それを補う「ネット」という手段ができてよかったね、というのが今だと思う。


 自分から積極的に情報を取りに行き、吟味する人にとって、今の状況はかつてなく健全だと感じる。けど、私はそれでも新聞寄りの人間だ。と思っているときに、考えさせられる一件があった。


 一昨年から、中国の大学生に日本語でブログを書いてもらっている。尖閣の問題もあったし、せっかく日本語を書けるんだから、自分の言葉で日本社会に発信してもらおうと考えた。読む人が少なくても、誰かに「リアル中国の若者」を知ってほしいとも思った。

 ブログは今も細々と続いている。そして、それらは本当に面白い。もちろん凡作もあるが、「はー、彼らから見た日本ってこうなんだね」と発見が多い。


 面白いよなあ。ブログでこうやって書いてるけど、もう少し広く伝えられんものかなと漠然と、あくまで漠然と考えていたら、学生の一人が先月、「ホリエモン(堀江貴文氏)のスピーチ」についてブログを書いた。

 そしてそれをホリエモンがリツイートした。ら、その日のページビューがいつもの10倍に跳ね上がった。ついでに私の休眠ツイッターにもフォロワーが一気に増えた。


 これは自分にとって、ちょっとした事件だった。

 

 

⑦情報をつくるコスト、情報を得るコスト

 「●●な人探してるんだけど、知ってたら紹介してもらえませんか」

と頼まれることがよくある。昔も、今も。

 言ってくるのはマスコミや政府調査機関の友人で、この場合の●●は、旬な何かの影響を受ける当事者だ。つまりインタビュー対象を探している。


 ドリカムの吉田美和が結婚したときは、「年の差夫婦」

 安藤美姫のときは「未婚の母」(私じゃだめだと言われた)

 派遣法改正だと「派遣社員」、あとは「中国の19歳女子大生」とか(←調査報告書は細かい)


 ネットが張り巡らされる前は、こういう記事を書きたいとき、どうやって取材対象を探していたんだろう。と考えると、今は随分効率的に記事を生み出せる時代なんだなと思う。

 身の回りにそういう人を知らなくても、ネットで検索して見つけたり、あるいは海外に住んでいる私にまで「誰か知りませんか?」と聞ける。

 テーマありきで何とかなる時代なんだなあ。


 裏を返すと、ネットがなかった時代には、資源が集約されたマスコミにしかできなかったことが、もう少し、いや、だいぶ小さな組織でも可能になったということでもあるんだろう。


 インターネットが普及して、私たちの生活は本当に本当に変わった。もっと言えば、資源を持たない人間にとって、機会は大きく広がった。頭をしっかり使えば、そしてアンテナをきちっと立てれば、

 かつては資源を持つ大きな組織にいないとできなかったことでも、1、2人の人間で可能になる。



 FBでシェアされている記事を見ると、もはや7割がネット発の記事だ。本当にコストがかかっていない。低コスト・高品質なものもあるが(そしてそういう商品が、いろんな領域でかつての大企業のテリトリーを侵食している)、低コスト・低品質な情報の方がはるかに多い。コストが下がれば、記事の量は増える。この10年で、私たちが得られる情報量は520倍に増えた、という記事を見たが、その記事だってネット上にあったものだ。

 じゃあ私たちの情報処理能力が、その増加分に対応して上がっているかというと、絶対にそんなことはないと言いきれる。


 人は食べたものの影響を今日明日受けることはない。ひどい食生活を送った場合、そのツケを支払わされるのはずっと後になってからだ。

 情報も同じだろう。情報は脳の食べ物なんだから。少なくとも、すでに中国の大学生は、ネット情報の真偽になんの疑いも持たず、授業で発表する。こういう人が先生になったらどうなるんだろうと寒気がする。


 

続く 

仕切り直し・網と紙の間

 先月、ぼちぼち書いていたのが間が空いてしまったので、仕切り直し。

 富士フイルムの写真フイルム事業の売上高は2000年がピークだった。デジタル化の波が来ていることはきっとその5、6年前に気付いていたはずだが、一度落ち始めたらそのペースは誰もが想像できないほど速く、2006年ごろまで、毎年10%ずつ売上高が減っていったという。


 私が新聞社に入社したのは1998年。前述したように、4年生の秋にネットの世界に目覚めた私は、そのマインドを強くもったまま紙媒体の世界に入り、そして入った業界は富士フイルムとほぼ同じ時間軸で、デジタル化の波に翻弄された。


 言うなれば私は、ネットを親に持ちながら紙の世界で育った子どもだ。親が中国人なのに日本で育った子ども、という感じだろうか。


 ネットで知り合った友人の何人かがIT企業に就職したので、私は新しいサービスが立ち上がると、かなり早い段階で教えてもらい、利用者になった。ヤフオクもそうだし、ホームページもそうだし、最近だとmixiもそう。FBは2009年に登録した。

 1990年代後半から2000年代初め、インターネットの世界に落ちている情報は、今よりも貴重で精度が高かったから、私はネット情報を元に特ダネを書くことが何度かできた。タウン誌にインターネットのナビゲーターとして見開きで出たこともある(取っておけばよかった)。


 入社して2、3年経ったころ、「就職活動日記」サイトを立ち上げたMさんが、マスコミを辞めてプロ野球球団を持つIT企業に転職した。その会社は当時、社員が十数人だか数十人だか。以降5、6年に渡って、私はICQ、ヤフーメッセンジャー、スカイプ…と、その時々のメッセージツールを使って、Mさんと色々な話をした。


 彼が時折こんなことを言った。

「マスコミの給料が高いのは、ビジネスモデルが優秀だったからだ。でもあとしばらくすれば、ほんとに普通の会社になると思うよ」


 私は…といえば、仕事を覚えるのが遅かったため、20代後半までは業界の将来や、あるいは自分の将来を考えることはあまりなく、ただ目の前の仕事に必死だった。


 それでもネットとの付き合いが濃厚だったから、「人が便利なものに流れるのは必然だ」ということは薄々感じていたし、同時に、日々の仕事を通じて、「ニュースを作るには膨大なコストがかかる」ことも実感していた。


 この二つの実感は、今も変わらない。というか、今の方が強く意識している。

 裏付けがあり、人に考えさせる力を持つニュースをつくるには、膨大なコストがかかる。まず、記者を養成するコスト。そして取材するコスト。1000字の記事を書くのに、1日の取材で済ますのと1か月かけるのでは記事の質が全く違ってくる、が、1か月かけられるかどうかは、その時の台所事情に左右される。


 そして便利なものに流れるという人の本質。今、水銀の体温計を見かけることはほとんどない。揺れを感じたら、テレビをつけるよりスマホを手にする人の方が多いだろう。

 

 人の利便性を大幅に高めるような新しい技術や物質ができたとき、私たちはその結果として人が流れていく方向を予測し、人々より早く下流に移動し、そこで商売を始めないといけないのだろう。

 人の流れを食い止めたり、引き戻したりするのではなく、自分たちが戦場を変えないといけないのだろう。


つづく


 


  

謝りましょう、とりあえず

 「ごめんで済むなら警察いらない」という言葉は、中国語でもほぼ同じ言い回しがあるそうです。



 昔、やたら腰の低い知人が、相手が立ち去った後に、「とりあえず謝っとけば悪いようにはならないから」と笑顔のまま毒づいた。


 そう。日本は謝らないと始まらない文化だと思う。怒っている側も、謝罪されたら少しは落ち着いて、相手の話を聞く気持ちになる。



 中国やアメリカは対照的に、謝ったら終わりでの文化。ここでいう終わりは「非を認めた」という意味で。



 日本語教師をしていると、日本にいたころは全く気にも留めていなかった「日本文化」について考えさせられることが多い。


 例えば、モデルと料理研究家を二股かけてた俳優は、なぜテレビに向かって謝るのか。日本人はとにかく目の前の相手だけでなく、世間を意識し、世間をお騒がせしたら謝らなければならない、という価値観があるからだ。



 ということで、今日は授業で、日本式謝罪会見の練習をしてみた。


 笑わない、


 両脇を固める人は、真ん中の人にささやかない


 お辞儀は90度、5秒


 真ん中の人は最初に顔を上げない






 その都度ダメだしし、みなのつむじの上げ下げがそろった頃には、「世間をお騒がせして申し訳ございませんでした」のフレーズもすっかり板についていた。



 今、海外で大きな事故が相次いでいるが(ちょっと不謹慎な話題であるが)


 海外の船が転覆したときに、そこに日本の旅行会社が手配した日本人客が乗っていたら、


 東南アジアで地震が起きたときに、日本の旅行会社が手配した日本人客が巻き込まれたら



 とりあえず旅行会社の責任者は、詰めかけた報道関係者に「この度は申し訳ありません」と謝るんだろう。


 学生に聞いたら、中国のあの船会社はいまのところ、謝罪会見のようなものは開いてないそうだ。