できる男は非情である
できる男は非情である。
という本がある。
最近優しさで火傷したクールメンソールとしてはこれは読まずにいられない。
そう、クールという芸名とは似つかわしくないほど、クルメンは優男なのだ。
というかもっというとメンソールも吸っていないのだ。
それはいいとして、
とりあえず なけなしの1000円札を店員に突きつけ、その本を購入した。
簡単な本だ。
暇をもてあましている芸人であれば立ち読みでこなせない分量でも無い。
ただどうしてもお腹が痛かったのだ。
しかも本屋のトイレは混む。
目が下を向いていると副交感神経とかいうのが刺激されてうんこをしたくなるらしい。
そんな自分トリビアを反芻する余裕を見せながらも
やはり混むトイレでは落ち着いて用をたせないではないか。
この点に関しては読者も一様に皆同感だと思う。
かくしてクルメンは「できる男は非情である」を手に入れたのであった。
続く。
もらえるものは何でも嬉しくない
もらえるものは何でも嬉しい。
小さいころ海の土産だと言って貝殻をもらっても嬉しかったし、
石ころだって「これきれいだろ~」なんて鼻水たらしながら喜んだ。
大人になってももらえるもんはなんでも嬉しい。
缶コーヒー一つだってなんだかもらえりゃ嬉しいし、
年賀状も事務的に送られていたとしてもなんだか繋がってる感じがして嬉しいじゃないか。
”昨年はお世話になりました。今年もよろしくっ”
「おいおい去年会ってねぇよ(笑)」なんて思いながらも内心悪い気はしない。
かわいがってた後輩からも年賀状が来た。
「昨年は大変お世話になりました!本当に感謝してます。心から今年もよろしくお願いします!」
「今年も先輩のために頑張ります!今年もよろしくお願い致します!」
同じ奴から2枚来た。
おれは年明けすぐに
「てめぇ適当に書いてんじゃねぇ!」と説教した。
思いを込めたものは記憶しているものなのだ。