無名芸人 ~すわりしょんべん~ -8ページ目

どうしてあるあるネタにこの話が出ないのか。

寝ていると、ビクっとして、
その自分がビクとしたのにびっくりして起きる。
電車の中だと隣前の人にエルボーを食らわせてしまうこともしばしばある。


ニヤニヤしながら歩いている人を見ると、
気持ち悪いなぁ、と思うものの、
実は自分も結構ニヤニヤしながら歩いていることがある。


漢字を書いていたら、すごい簡単な字なのにも関わらず、
あれ、、、こんな漢字あったっけ、、、
あれ、、、こんな漢字あったっけ。。。
と思うことがある。


ドモホルンリンクルとは、
きっと劇薬の薬品名か、
もしくはものすごくエロい言葉のどちらかである。


カタカナは日本語では無いと、なんとなく思っていた。


海外に行くとあまり大きな声で日本語を話せない。
にも関わらず中国とか西欧の人が日本で大声で話しているのを聞くと
こいつらどうかしてやがる、と思う。


死んだらすぐにどっかで赤ん坊として生まれてきているのではないか、
とふと思う。


シャワーを浴びる時に鼻の中の掃除をする。


シンガーソングライターとか、結構やれそうな気がする。


家に帰ってきた時に、ふと強盗がいるのではないか、と思って、
FBIがマフィアの巣窟に突入する時のように、
一部屋一部屋 バッ、バッ、とチェックして回る。


「襲われてトイレに逃げ込んだ場合、
この角度で外からピストルを撃たれたら当たる」とか
「死んだフリをして向こうが気をぬいた瞬間に扉をバッと開けてドアで敵に一撃を食らわせて、ひるんだ間に拳銃を奪う」
とか、そんなことを考えながらうんこをしている。






これをネタに混ぜこんだら、


どれだけの人が「あるある~」と笑ってくれるのだろうか。




多分みんなそう思うからこのネタをギリギリのところで披露できないのだと思う。


結婚って何か

ちょっといい話(なのか?)


先日夢を見た。


夢なので文脈も何も無い。



とりあえず私には外人(?)の子供が3人くらいいて、


もちろん妻もいて、


その日は休日で、


子供たちは私の一挙手一投足を見て終始にこやかで、


私はその子供たちも妻も大好きで、


「今日はどうやって喜ばしてやろうか」


などと幸せな悩みを抱えている。



そんな夢だった。



目が覚めるとすごく幸せな気持ちでいたのだが、


何を隠そう私はそんな良い人間では無い。


ふと目が覚めた瞬間ものすごく愛に溢れた、心優しい人間だったのだが、


そんなことは無いのだ。



ほんとに、いやまったく、


どちらかというと


どうやって世界征服をするか、どうやってtotoBIGを作為的に操作するかくらいしか常日頃考えていない男なのだ。



侍魂がつまらないネタを思いつけば、


「あー、うん。  まぁそういうのはいいや」


と、軽く存在を否定するほど愛の無い男である。



そんな私でさえ、こんな優しい気持ちになるのだから、


”幸せ”とはすごい力を持ったものである。


そう考えると、性格が嫌な人はものすごく不幸なのだな、と逆にかわいそうと思えたりもする。




ところで、ここからが本題になる。


教科書でいうところの江戸幕府の部分にあたる。




先日ある女性と会食した。


女性蔑視の私にとっては、数少ない尊敬できる女性である。


なんの経緯か忘れたが、結婚の話になり、


「結婚で時間が経つにつれて愛は失せるという問題を、どうすれば良いか」


という話になった。


女性不信の私にとっては、なかなかどうして深刻なテーマである。



しかしながら、その女性はさして悩みもせず、すぐにこう答えた。


「結婚するということは、その人をずっと好きでいる自信があるということ。


だから相手も好きでいてくれたら儲けもんだ」



なるほどどうして、そう考えなかったのか。


目から鱗、薮から蛇、鬼に金棒である。



これが慈愛の精神というものか、


愛されるより愛したい とはこのことか、


分からなかったkinkikidsの気持ちが今なら分かる。


愛とは本来そういうものなのだと。


相手から受ける愛など”おまけ”程度のものであり、

とにかく自分がずっと好きでいるから結婚するのだと。



とはいえ冷静に考えるとそうもいかない。


人間が考えることは全て実現できるらしいが、


人間のうわついた妄想ほどリアルを捉えていないものもないのだ。




ということでこの議題はさして解決しないままなのだが、


なんとなく「幸せになる」ことが大事なことであると、


そう感じる一週間であった。















できない男は悲痛である

できる男は非情である。


という本がある。


これはなかなかどうして参考になる。



教科書と法律を何よりも信用するクルメンにしてみれば、


書物になっているものは全て信用に足る。


逆に侍魂の二つ返事ほど信用できないものは無い。



侍魂の誹謗中傷はさておき、


本によるとこうだ


・できる男は女を使いわける。

 なるほど惚れ易く離れ難いクルメンはよろしくない。


・できる男は狂気が絵になる

 なるほど「狂人」と言われているクルメンは絵になっていない。


・できる男は孤独である。

 なるほどぬいぐるみが暖かく「おかえり」と言ってくれるクルメンは孤独ではない。


他にも色々あるのだが、


兎にも角にも 「そうか、こうすればできる男になれるのか!」


と私は喜び勇んで今日という日を迎えた。



「今日からおれは非情になる」


とはいえ今日の今日であるから、今日からすぐに非情になるわけにもいかない。


まだ優男の息遣いが残るクルメンは先輩にこの知識の泉を共有してあげることにしたのだ。


「こういう本がある」


「こうすればできる男になる」


「どうだ参考になったでしょう」



できる男は非情である。


先輩はできる男である。


煙草を消し終わると私にこう言って去った。








「できる男はそんな本買わねぇよ」






人生とはとんちである。