「ミツさん。私、もう死にたい。死にたくてたまらない!…苦し過ぎて、限界なんです!」
信じていた夫に不倫され、心を殺された妻達から、何度聞いてきたか解らないセリフ。
最近も、絶望した奥さんから泣かれました。
その度に、私が話してきた昔話。
今から披露します。
あれは、私が小学校に入ってまなし。
自分の事を、まだ『みっちゃん』と呼んでいた時の事。
近所に戦争中、陸軍の実戦部隊で暴れ回った経歴を持つおじいさんがいた。
私はおじいさんを隊長と呼んでいたので以下、隊長と記します。
シルベスター・スタローンのランボー、小野田少尉のような人で、
よくカブトムシ等の昆虫採集に出かけたきり、迷って行方不明になってしまった子供達や、徘徊して同じく行方不明になった老人を見事森や林から探し出して保護したり、近所の子供を集めてサバイバル術を教えたり。
地域ではナカナカの有名人だった。
身体つきもものすごく、本人は事ある毎に、
「今からでも米軍の、そうやな、一個中隊ぐらいは一人で潰せるわ。」
と、よく豪語していたが、
周りも、それは無理だろと誰も言わない、思わない程の筋肉で…。
人探しや荷物運び、工事で活躍していたゆえに周りからの信頼も厚く。
近所の子供の内、モヤシみたいな男の子、ひ弱な子を持つ親が、
「息子を鍛えて下さい!」
と、隊長に預けた程。
私も預けられる事になった。
と言っても、ひ弱だったからではなく。
むしろ、その逆。
更に強くなれと言われ。
モヤシなお兄ちゃん達と共に、学校帰りに隊長の家に直行する日々が始まった。
と言っても、過酷な訓練を課せられた訳ではなく。
気性は虎でも、やはり女の子。
しかもまだ小さいからという理由で、
腕立て伏せ、ランニングやらをひたすら強制され、激しく息切れを起こしているお兄ちゃん達を尻目に。
隊長「ミツ二等兵!いつも通りだ、薬草集めを命じる!」
隊長の家に一歩足を踏み入れた時点で兵士教育が始まるシステムで、ナヨナヨした子供を鍛えるには軍隊式が一番いいという理由から、それは徹底されていた。
ドクダミ等の写真やイラストを手渡され、あまり遠くには行かないよう指示された上で、カゴと…お茶が半分入った水筒を支給され、出発。
なぜ半分なのかというと…。
たっぷり入っていたら油断する!
気の緩みが生じ、無駄にガブ飲みする事になる!
ぜいたくだ!
半分でも多いぐらいだ!
考えて飲め!
という、隊長の方針から。
私「隊長どの!今日集めたら、みっちゃん士官になれますか?」
隊長「まだ早い!早く行け!」
カッコいい士官になりたくて。
それらしい葉っぱを集めに集めたころには、手や爪が緑色に。
近くに池があったが。
絶対落ちる、洗えないと思い、そこを通り過ぎようとした際。
金網のフェンスが張り巡らされた池。
いつも閉まっているその入口がわずかに空いており。
『…まさか、お魚どろぼう?』
隊長から、バッタやカエルは貴重な食料だと教え
られていた為、フナも当然食べられるし、ありがたいおかずだと思っていた。
『みっちゃんが捕まえたら、士官になれる!』
急いでフェンスの中へ!
すると…。
池の向こう岸で、静かに足元の石を服の中に入れている初老の夫婦らしき男女が。
視力はいい方だったので、よく見えた。
今なら一発で自殺する気だと解るのだが、幼かったゆえに…。
何をしているんだろうと眺めていると。
2人、池へ手を合わせるや、お互いの腕を取りながら飛び込み!
あまりにも衝撃的過ぎる光景に、ビックリし過ぎて!
隊長から、危なくなったら吹けと初日に支給され、首にかけていた笛を懸命に吹きまくり、
私「助けて!助けてー!」
声を限りに叫び倒し!
助けなければ!
と、とっさに思い、池へと飛び込んだ!
…当時、全く泳げない身で。
すぐにパニックを起こし!
私「助け、助けて!」
…本気で死ぬかと思った。
すると。
泳いでかけつけてきたのは、なんと、先程飛び込んだ男性。
後で聞いた話。
2人は夫婦で、共に抱かえた石が小さかったのか何なのかは不明だが、石が服の隙間から池の底へと落ちてしまい。
何がどうしてか2人死にきれず。
直後私の、子供の叫び声を聞いて旦那さんが必死に泳いでかけつけたのだという。
けたたましい笛の音と叫び声に驚いて。
近くにいた人達が集まってきて。
3人、何とか救助されたが、完全に無事にとはいかず。
それから数日熱を出した上、この時の体験がトラウマになり。
それから数年間、プール恐怖症になってしまった。
隊長「ミツ二等兵!救助活動の功により、貴様を少尉に任官する!」
…ケガの功名。
五年生やそれ以上年上のお兄ちゃん達を差し置いて凄まじい大出世を遂げた私は、ナカナカの有名人になった。
夫婦は私の家族に対して、
「大事なお嬢さんを危ない目にあわせてしまい、誠に申し訳ございませんでした!」
と、平謝りだったが、私がいくら聞いても入水自殺しようとした理由を、当人達も周りの大人も教えてはくれなかった。
後で知ったが、
夫婦の1人娘は夫の不倫を苦に自殺。
可愛い孫を仇に取られ。
夫は妻が自殺しても罪悪感を持つ事なくふんぞり返り、更に死んだのがこれ幸いだと、不倫の証拠を家探しして闇に葬り。
夫「アイツは、妄想癖があったんですよ!不倫しただなんて、どこにそんな証拠が?」
「言いがかりつけて!似た者親子だな!いい迷惑だ!」
いくら仇に詰め寄っても、薄ら笑いをうかべながらしらをきるのみ。
夫婦共に絶望し。
死んで仇を呪い殺そうと、自殺を図ったと。
当時教えてくれなかったのは、小さい子に言う話ではないと思ったからだろう。
夫婦はそれから、幼いゆえにショックからか熱を出し学校を休んだ私を家に見舞いに来てはよく可愛いがってくれるようになった。
奥さん「ミツちゃんは孫と同い年だから、可愛いくて可愛いくて。」
ご主人「ウチの子は、男の子だけどね。毎日でも、会いたいのに…。」
奥さん「会いたい。会いたくてたまらない。」
クソ婿は、言いがかりばかりの迷惑夫婦だと義両親をうとましがり。
妻はもう死んだのだから他人同然だと言い放ち、以降、孫との交流を断絶されたのだという。
夫婦と会うたび、孫を恋しがっていた。
慕われていた夫婦。
周りの人達は、もう2度と死のうとしないよう懸命に諭したが。
2人の傷の、絶望の深さは余りにも甚大だった。
ご主人「…もう、会う手段は1つしかない。」
見舞いに来た時。
小さく、ほんの小さくつぶやいた1言を、私は聞き逃さなかった。
続きます。