除雪の合間に断捨離か「終活」か、昔いろいろと録音した音楽のテープを、外付けHDDに保存する作業を進めている。こちらの方が体も休まり、断然に楽しい。


  今日は、内容のわからないDAT(デジタル・オーディオ・テープ)1本をデッキに掛けて耳を澄ませていたら、いきなり、大音量でド―ンと来た。

   テープはベートーベンのピアノ協奏曲5番 “皇帝”だった。

 出だしのオーケストラのフォルティッシモの主和音とピアノの明るく跳ね回るような演奏に、ぐいぐい引き込まれる。今までにないような冒頭からのこの高揚感、エネルギー感は一体何なんだろう。釘付けになって最後まで聴いた。

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      卓 上 の 調 べ                                                         WHITE WATSON P10  / HOLBEIN


 演奏終了時の解説では、ピアノは録音当時81歳のアラウ。あの威厳に満ちた堂々たる雰囲気は、まさに「皇帝」の趣いっぱいである。C.デイヴィス率いるドレスデン国立歌劇場管弦楽団の堅実な音が、さらにそれを盛り上げている。


 昔、音楽療法の話を聞いたことを思い出した。記憶違いでなければ__気持ちが疲れている場合などは、始めは静かめの音楽から、次第に明るく元気な音楽に共鳴させていく方法が一般的だったような・・・。


 しかし、今日のこれは何だろう。いきなり、気力が満ち満ちて来るようなあの高揚感。ベートーベンらしい繊細で劇的なプロローグで、跳ねるようなピアノの音!格調高く、実に気分が爽快である。連日の除雪で疲れ気味の心身が、奮い立たされるような気分だ。


 こんないいものをどうして捨てられようか。保存したHDDも飛ぶことがあるかもしれない、などと・・・・。
 かくして、今日も断捨離は一向に進まないのである。

 
 連日連夜の雪堀り作業の疲れで、絵筆が重くて絵が描けない、というメールが画友から来た。
 まったく同感だ。まとまってドカッと2,3日降られると、さすがにこの辺でも困ってしまう。朝、昼、晩、夜と1日4回くらいの除雪作業が続くと、仕方がないとは思いながらも、つい雪を恨んだり愚痴っぽくなってくる。
 第一、ニュースなどで盛んに「雪かきがたいへん・・・」、「春一番が・・・」がなどと言われると、どうもおもしろくない。

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      厳冬越後駒ケ岳 中ノ岳        WHITE WATSON F2  /  HOLBEIN


 そもそも、雪掻きの「掻く」という言葉からは、(物の表面を)なでる、はらいのける、こする、かきよせる、などという動きをイメージしてしまう。ここ越後の魚沼地方ではそんなものではない。昔も今も誰もが「雪堀り」と言う。1日で60~100センチも、それも何日も降られると、雪かきなどという生易しい作業ではなくなってくる。雪に埋もれそうになっている建物などを掘り出すということから、「雪掘り」と言われるようになったのだろう。
 何しろ、180年ほど前に、南魚沼の鈴木牧之という人が江戸で出版した「北越雪譜」という本には、1日で3メートルもの雪が降るという記載があるくらいである。話半分としても、こうなるともうまさしく「雪掘り」である。子どもの頃、2階の窓を玄関にしたり、電話線を跨いで遊んだことなどをよくおぼえている。
 それでも、1ヶ月に2,3回、目の覚めるような青空が広がると、子どもは日がな一日外で遊び、強い紫外線で雪目となり、1週間くらいたいへんな目にあう。懐かしい思い出の一つである。
 
 青空に聳え立つ厳冬期の越後三山は、昔も今もほんとうに神々しいばかりの姿を見せている。しかし、いつも決まって打ちのめされるような気がして、絵に描く気持ちがなかなか起きないのは、自分ながら困ったものだ。
新緑と残雪のコントラストが美しく青空に映える季節での写生を楽しみに、今はじっと我慢の日々である。
 
 このところよく雪が続きます。立春を過ぎたのに、海に囲まれた日本列島では季節がずれ込むため、どうもこの頃に寒気や荒天のピークとなることが多いような気がします。
 たまにの雪の止み間は、次の大量の降雪に備えての除雪作業のため、さすがに写生に行くなどと悠長なことは言っていられません。

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                                       WHITE WATSON / F20  HOLBEIN

 昨日は気分転換に、午後から室内で片付けや絵を描きました。田舎住まいのため、人物を描く機会は年に1,2回。その数少ない人物写生の描きかけを、何とか完成させようとしましたが、又してもうまくいきません。自分の絵を恥ずかしながら写真に撮ってみると、否応なしに絵が客観的に見えてきます。そして、今さらながらデッサン力のなさに切なくなるばかりです。モデルのHさんにはまったく申し訳ありません。
それでも、描きかけの絵はたまるばかりですから、冬の間は、放ったらかしてある描きかけの絵を仕上げるのにいい時なのかもしれません。
 暖かい地方では梅の花便りも聞かれ始めました。当地ではいよいよこれからが冬の正念場です。雨水、啓蟄、春一番、春分などのことばを聞く日が待たれます。 
 
 数十年に一度などと言われる寒波も、今日は一休みだろうか。1週間ぶりくらいにつかの間の青空がのぞいた。
 今回の寒波、我が家の庭での温度記録を振り返ると、123日午後6時34分にマイナスとなり、今日(128日)午前11時26分プラスに転ずるまで、4日と16時間も、最高気温がマイナスの真冬日が持続。 この間、最低気温は25日の-5.(アメダスでは-5.7℃)。晴天の夜放射冷却で猛烈に冷え込むことはあるが、今回のように降雪下でこのような低温が何日も続くことは初めてだ。
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その記念!?として、昨日は我が家の庭で気温と湿度を観測している測定器をスケッチしてみました。
 積雪面が次第に高くなるため、庭のヤマボウシの枝に吊るして高さを調節しています。イメージ 2
                                               WHITE WATSON F2  /  HOLBEIN
 風が弱い日には、雪は音も無くしんしんと降り続き、どんな狭い所でも上へ上へと積もっていきます。庭木などはまるで雪の帽子をかぶったように見えます。そんな風景を居間の炬燵から、雪見障子越しに見るのはなかなか趣があります。
 連日の低温で、軒先のつららは長さ1~2メートルにも成長し、落下すると非常に危険な状態です。今日の午後は氷がようやく融けだし、怖いほどの音をたてながら巨大な氷の塊が落ち始めました。
 危険で不気味な感じですが、ホッとする音でもあります。今日は終日そのつらら落としの作業でした。 
 
 
 新潟市の親戚に年始に行くと、毎年おせち料理の一つにくわい(慈姑)があった。自分の生家では見たことも食べたこともなく、くわいというものを初めて知ったものだった。
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      Stillman & Birn GAMMA  14 x 21.6cm  /  HOLBEIN
 クワイは、水田などでよく見られるオモダカ科の水生多年草であるオモダカの栽培品種であり、その塊茎です。日本では「芽が出る」縁起の良い食物と評され、昔から煮物にしておせち料理で食べる習慣があったということです。
 たしかに、小さいながらも、芽がどれも反り返りながらぐっと力強く突き出ている様は、何とも健気で強い生命感を感じます。
 自分もぜひともこんな元気なエネルギーにあやかりたいものだ、などと思いながらどんどん食べてしまいます。ほくほくとした食感はなかなかうまい。
 
 家内が正月料理用に、スーパーで買ってきたクワイの残りを見て驚きました。堀り上げたままのクワイは薄い青色ということを知りませんでした。

  いい年をしてなんで今まで・・・・、などと思うことが最近どうも多くなってきたような気がします。