って、昨日あったみたいですね。

朝の「めざましテレビ」(6時台の芸能ニュース)でちらっと映ってました。


実は去年のクリスマスに香港で観たのですがちょっと消化不良デシタ。。。

っていうか、脳みそが破壊されているせいか、細かい話の筋も思い出せない、アタタタ。

覚えているのは、スー・チーの明るさと、に救われたってことだけで。

後に、ファンサイトなどで見てみたら、言葉が重要なキーワードだったとのこと。

私の語学力じゃあわからんはずじゃ。

日本語字幕でじっくり観てみないと!



その時の半券がかばんの底から半年ぶりに発見されました。よれよれです。

「傷だらけの男たち」 公式サイト みてみました。最初のムービーをスキップして現れるこの夜景!ちょっとどきどき。



暗くて見えませんね。しかも半分できれちゃった。

昨日のランチは、大手町JAビルの地下街にあるインド料理屋で。

この地下街は、昭和40年代にタイムスリップしたようなところなんですわ。

狙って残しているんじゃなくて、時代の流れからとりのこされちゃったような。

そのせいか、女子率かなり低し。サラリーマン天国なところも40年代っぽいってその時代のことはさすがによう知りませんが。

その中で唯一のエスニック料理店として気を吐く「ガネーシャ」

もともとはスナックだった店を居抜きで使っているのか、

店内はそれほど広くなく、薄暗い。

そこの厨房で南西アジアの人が料理を作り働くのはアジア系のおねいさん。狭い店内にすし詰めになった客がカレーを食す。

ナンとご飯は食べ放題。

カレー2種類選べて950円。

びっくりするほどウマイお店ではないけど、アヤシイ雰囲気を味わいにくるべきかと。

あ、ナンは甘みがあって美味しかった。


そこで、以前数ヶ月だけ一緒に働いた人から人生相談を受ける。

はあ。。。

困ってんのは私のほうだよ。

誰か、フツーに人生を送る方法を教えてください。


しばしば、デパ地下でお弁当買って、デパ上で食べてます。

こうすると、リーズナブルに美味しいものが外でも食べれるんですの。


今日は松屋浅草の屋上で、お寿司を食べました。ローカルさかげんがたまりません。ビールを一緒に飲みたい衝動にかられました男らしすぎるのでガマン。



是非やってみたいのが、休日に三越日本橋本店の屋上でこれをやること。前に行ったときは子供の遊具もなく、リゾート風になっていていい感じでした。


是非初夏にうちに、地下でお惣菜と、きりりと冷やした白ワインまたはシャンパーニュを買って友達数人でまったりおしゃべりしてみたい。


しかし、私の周りの人たちだと、物足りなくて結局付近の居酒屋で飲みなおすことになってしまいそう。人選に気をつけねば。

うれしいかな、悲しいかな、この2ヶ月間ずっと忙殺されていた父の看病がなくなり、ひさびさにボケーっとできる週末。その間、放棄していた用事が山積みなので(家事はもともと放棄)、本当はボケーっとしているヒマはないんですが現実逃避で、ずいぶん前に買ったまま観ていなかった香港映画を観たりする。


呉彦祖、尹子維、連凱、陳子聰が結成した「ALIVE」というグループの結成のいきさつやらその後の活動の顛末を、香港芸能界の内情への皮肉をこめてドキュメンタリー「風」に撮影したもの。


ドキュメンタリー「風」というのは、多分にフィクションも混じっているから。香港芸能界にそれほどくわしくないわたくし。最初は、ドキュメンタリーかと思ってみていたのですが、あの仔犬を抱いた「基佬」なスタイリストが出てきた時には、さすがに「ありえん」と思いましたよ。だって、抱かれている仔犬(アイフルのくぅ~ちゃんと同種)の目が泳いでいたので。。。



(調べてみたら、このスタイリストの李尚義氏はやっぱり俳優さんだった。「基佬」なキャラは演技なのか、他の出演作を観て見たい。)


ALIVEの活動を知らない私には、タネあかし的な面白さはわからなかったのですが、この4人のクロスボーダーというかクロスカルチュラル性が大変興味深かったです。


呉彦祖はアメリカ生まれ、尹子維と陳子聰は留学組、連凱は10歳のときにアメリカに移民しているという、「キコク」な人たち。明らかに市中の香港人とは違うボキャブラリー。


英単語が混じる率が高くて、時には文章全体が英語になってしまったりして、クロスカルチュラル性にもともと興味があるわたくしにとっては、こういう「ABC」な人たちの日常会話が聞けて面白かったです。


しかし、ファンが彼らの中国語が下手って言ってたのが衝撃。あれで下手なのか。。。キビシイなあ。

今回、父を個室病棟に入れました。差額ベッド代は1日2万円もしたけどその価値はあったと思います。

看護士が手厚く配備されていたし、いい看護士さんばかりで、

患者が望むことは出来るかぎり聞き入れてくれようとする姿勢はすばらしかったです。まさにホスピタリティの精神。


母のときは、臨終の際に心電図モニターが病室に持ち込まれ、ビービーとうるさいエラー音に神経が逆なでされました。亡くなった後も処置のためにさっさと病室を追い出され母の死を偲ぶヒマも与えられませんでした。


今回は、看護士さんの配慮で、そういうモニターが病室に持ち込まれることはありませんでした。延命処置を望んではいなかったし、何時何分に心臓が動かなくなったかなんて私たち家族にはあまり重要じゃないことを分かってくれていたからです。おかげで父は静かな環境で逝きましたし、亡くなったあとも病室でゆっくりさせてくれました。


この余裕の差は、配備されている看護士さんや医師の人数の差から来ているのではないでしょうか。特に母のときは他にも危篤の患者さんがいたので看護士さんは対応に追われて大変そうでした。


母の主治医はベテランではあったけど、情報共有に積極的なタイプではなく家族はストレスがたまりました。父の場合は、医師も誠実な方が多く、信頼して治療をまかせることが出来ました。実はこの病院は以前医療事故が起こっているのですが、それを教訓に病院をあげて再発防止、意識の向上に努めていることが肌で感じ取れて好感を持ちました。なかなか自分の失敗を生かせない例が多いなか、立派だと思います。


父の病気は非常に特殊だったので病理解剖してもらいました。そのため亡くなった翌日の午後まで病院にいたのですが、おかげでお世話になった医師や看護士の方々に見送っていただくことができました。その時に、最初にかかった科の先生が涙を流していらっしゃいました。医師は患者の死に慣れていて心を動かされたりしないと思っていたので意外でした。ワンマンで、病気になれていない父は入院当初先生と大喧嘩したのですが、後に仲良くなり、転科した後も何度となく様子を見に来て下さってました。大きな病院でしたが、真心が失われていないところでした。残念な結果にはなりましたが、最初で最後の闘病生活をこの病院で送れたことは父にとって幸せだったと思います。


両親が絶え続けに亡くなったおかげでこういう比較も出来てしまう、あーあ。

うっわー、大陸っぽいテイシ~がたまらん。

ジャケ買いしなさそー。



英語のサブタイトルはつくんでしょうか。北京語わからんもんで。。。



ばたばたしていた間すっかりリッチーのことはおろか世間一般ニュースにも疎くなってしまった。んで、久々にリッチーのことなどググってみたところ、、、あら、彼の誕生日がいつの間にやら過ぎてるし!(><;)


気になったにゅーすはこれ。新譜《如果没有你》のキャンペーンで長沙(ってどこさ)を訪れたリッチー。《BaleBale》は娘のRatiちゃんのお気に入りというエピソードを披露。インタビュアーにそれ以上のことをつっこまれると「家族のことを話す必要はない」と拒否したというもの。


だったら最初から娘のお気に入りとか言うなよ、、、と思ったのは私だけでしょうか。



父の葬儀を無事終え東京に戻ってきました。

元来健康で病気ひとつしたことがない父の突然ともいえる死に、皆衝撃を受けていた。私もその死が未だに信じられない。私が看病し、目の前で亡くなった人は父とは別の人だったような気さえしている。


どうやら父は、旅行に出発する前に色んな人に会っていたようだ。まるでお別れを言うためのように。昔からの社員には「自分が旅先で倒れたら迎えに来てくれ」と頼んでいたこともわかった。その方はその責任を果たすべく父の最期を家族と一緒に看取ってくださった。


父の会社の取引先の方でわざわざ香港から弔問に来てくださった方もいた。父とはビジネス・パートナー以上の関係だとおっしゃってくださった。(どうでもいいことだが、私は下手な広東語をしゃべってみたりした。)


父が旅行に出発する昼に立ち寄った行きつけの小料理屋のママさんは、弔電をくださり、葬儀の後に家族でその店に行くとずっと涙を流されていた。


父は、普段行かないプロ野球の試合にも行き一人で観戦していたようだ。隣にすわっていた青年に促され一緒にウェーブをやったといっていた。父が最後に見た試合でカープは勝ったのだろうか。スコアを調べると1勝2敗。うーん。



先週木・金と父の容態は低空飛行ながら好転の兆しをみせたので、看病の合間をぬってひょっとしてジャッキー(張学友)のコンサートいけたりするかも、なんて思っていたらとんでもない間違いだった。


土曜日に病院に行くと、それまでと比較にならないぐらい血液検査の結果が悪くなっていた。これまでなんとかせきとめていたガンの勢いが、堤防が決壊して一気になだれ込んできたみたいだった。


先生からも、もはや治療の方法なし。この全身状態ではもって明日までと宣告される。


父は何度も死の淵まで行っては戻り、結局3日間がんばった。


今日、父を連れて故郷に帰ります。







とても飲み会に出てる場合じゃないのだけど、一時帰国した海外在住の友人を囲む会なので許してもらおう。


といっても、大学の講座にも出なきゃならず、終わってから行くことに迷いもあったけどちょっとリフレッシュもしたかった。


表参道のお店に着いたのはほぼ10時。


それからビール一杯と、黒糖焼酎をロックで一杯を飲む。


幹事の商社マンご推薦のお店だけにお料理も美味しかった。ちょっと高かったけど。。。