本当にどうでもいいことなのですが、今、平安時代について書かれた本を読んでいて、「古今集」の章にぶちあたったわけですが、そこに有名な歌が出てました。
『久方の光のどけき春の日にしず心なく花の散るらむ』(紀友則)
そうそう、こんなん学校で習ったね、なんか口にしたときのリズム感がいいだよね、現代語に訳さなくても情景が浮かんでくるようだし、とかなんとか思いつつ、そう言えば、なんかもっとあったよね?とふと学生当時のことを思い出しました。
なんとも、もの哀しくて、想いのこもった歌なんだけど、なんて言ったっけな?雲の上のあなたは、とか、花に包まれ幸せに暮らしているでしょうか、とか言うのだったよな。そうだ、たしか、恋人を失った女性がその嘆きを歌った歌だった。そうだ、思いだした。綺麗な雪が降ってきた情景を見ながら歌った歌だ。あなたを失ってあまりにも哀しんでいる私のもとに、あなたは身近にある花を雪に変えて届けてくれたのですね?という平安ロマンスを思わせるめちゃくちゃ綺麗な歌だった。そうそう。で、その歌に感動したなんて、当時の同級生に恥ずかしくて言えなくてね、その後、沖縄バンドやったとき、歌の歌詞を作る段になって、それを思いだし、歌詞の一部に使ったんだよな。なんて言ったっけ?わーい、久しぶりに思いだしたのに、全然でてこなーい!
なんてことを思って調べてみたら、驚愕の事実が分かりました。
『冬ながら空より花の散りくるは雲のあなたは春にやあるらむ』 (清原深養父)
意味:まだ冬でありながら空から花が降ってくるのは、雲の向うはもう春なのであろうか
作者:清原のふかやぶ(ひいお爺ちゃん)
ひいお爺ちゃんじゃん!清原ひいお爺ちゃんさんが、春の訪れを待ち望んで歌った歌じゃん!死んだ恋人を思ってるわけでもないし、ましてや誰かの死を悼んでもいないし、誰も思いだしてないじゃん。なんで、高校生の私は、そんなに哀しい歌だと思ってしまったのだろうか?相当、病んでいたのだろうか?はぁ、同級生に感動したなんて言わなくてよかった。
という、どうでもいいことが分かった日曜の寒い夕方でした。
※ ちなみに清原のひいお爺ちゃんは、誰のひいお爺ちゃんかというと、清少納言のひいお爺ちゃんだそうです。



