サムトッシュのブログ

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わたくしサムトッシュの興味・趣味の赴くままに書き連ねるブログです。

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 ここ数年、社会の暗部を照らす事件として、オレオレ詐欺に代表される老人からの現金搾取、子供や配偶者を死に至らせる家庭内での虐待があり、その報道は後を絶たない。

 

 どれも弱い立場の人間がさらに弱い立場の人間に対して、追い詰めて暴力をふるう、あるいは言葉巧みに騙して財産を奪い取るという構造になっており、実に卑劣な犯罪であり、犯人は徹底的に断罪されるべきだろう。

 

 しかし、これらの事件は、被害にあった人、あるいは周囲にいた人が「そのとき、なんで何もしなかったの!分からなかったの!」という批判にさらされ、被害者なのにプライドがズタズタに引き裂かれるという実に嫌な構造になっている犯罪でもある。

 

 その中でも今日の新聞に載っていたが、千葉県野田市の小学4年生の女の子が虐待死した事件の母親の初公判が2019年5月16日(木)にあり、傷害幇助で懲役2年が求刑、即日結審したそうだ。

 

 虐待は父親が執拗に繰り返し、性的虐待の疑いもあるらしい。女の子は「毎日が地獄」と語っていたらしく、小学校のアンケートにも助けを求めていたらしい。母親は父親に対して虐待を止めようとしたものの「胸ぐらをつかまれ、馬乗りになられて、ひざかけを口に突っ込まれた」らしく、圧倒的な暴力に抗うことができなかったのだろう。

 

 こうなると精神的に母親は父親の奴隷になる。自ら進んで虐待を促すようなメッセージを父親に送ったりしていたらしい。

 

 いったい、この父親の過去になにがあったのだろう?実の子供にここまでするその精神は、どこから発生したのだろう?自分自身も虐待されていたのだろうか?

 

映画「ボヘミアンラプソディ」を見た。

 

中学生の頃、ロックに嵌まった。

 

当時は、ベイシティローラーズが大人気で、ラジオからいつも「サタデー・ナイト」がかかっていた。洋楽の情報は今より遅く、少ない時代だった。

最初に好きになったのはビートルズだった。「レット・イット・ビー」のメロディに魅了され、少ないお小遣いをためて、初めてアルバム「レット・イット・ビー」を買った。

ジャケットに映るメンバー4人のどれがジョンで、どれがポールだかも分からず、姉に聞いたら、知らないくせに見栄だけは張る姉の性格に翻弄され、私はしばらくジョンとポールを逆に覚えることになった。

 

そんな、不安な船出から、軌道修正を真っ当に行い、洋楽にどっぷりと嵌まり込んでいった。

ローリング・ストーンズ、レッド・ツェッペリン、ディープ・パープル等々を聴き、ハードロックにはまった。ジューダス・プリースト、スコーピオンズ、若い血が激しい音楽を欲っした。

 

そしてその頃、一番、旬だったハードロックバンドが、キッス、クイーン、エアロスミスだった。キッスとエアロスミスはある意味、分かりやすいハードロックを提供してくれたのだが、クイーンの場合、ハードロックはハードロックなんだけど、これはハードロックと言っていいの?え?本当に?これはいったいなに?というものなのだった。

 

ルックスもフレディ・マーキュリー以外のメンバーは、ロックスターという華があるのだけど、フレディマーキュリーの場合、その衣装とも相まって、ほとんど変態だった。

 

 

当時大人気だった漫画「マカロニほうれん荘」でも、しばしば取り上げられていたが、主役のきんどーちゃんがフレディの白黒タイツの恰好をして歌い上げるシーンがよく出ていた。まだまだMTVなんか無い時代、まさにそれが、私の中のフレディマーキュリーだった。

 

そして音楽もオペラのようなことをやったり(ボヘミアンラプソディ)、日本語で歌ったり(手をとりあって)、「ドンドンパツ!」というリズムしかなかったり(ウィウィルロックユー)、アラビア語でしかもアカペラで歌い上げたり(ムスターファ)、まっ裸の女性の集団が自転車に乗ったり(バイシクルレース)、そういうクイーンの音楽を聴いて、頭の中で再生されるフレディの映像はすべて白黒タイツを着たきんどーちゃんだった。

 

そんな訳の分からないルックスなのに、音楽はきっちりとしたゴシック建築物のような音楽。フレディの美学に基づいて構築されたロック音楽。

正直言って、クイーンを好きにはなれなかった。

なんであんな大仰な音楽をロックと言えるのだろうか?ロックはもっと血をたぎらせ(キッス)、限界ギリギリまで突っ走る(エアロスミス)ものなのではないのか?そうではないのか?違うのか?

 

しかし、しかしだ、聴いてしまうのである。フレディマーキュリーからは目が離せないのである。あの変態感にニッコリしてしまうのだ。

 

特に中学生のときに大ヒットした「世界に捧ぐ」はどの曲も大好きだった。その中でもジョンディーコンが作曲した「永遠の翼」と「恋のゆくえ」はまるでビートルズのようなメロディを持った名曲で、特に「永遠の翼」の歌詞に震えるのだ。この歌詞を読みながら曲を聴くときの高揚感と言ったら。。

 

(字幕が出ない場合は、動画を再生後、右下のボタンを押してみてください。隣のボタンで日本語/英語の選択ができます。スマートフォンは、右上の「…」のところだと思います。)

 

今のクイーンの評判は妙に美化されていている気がする。会社の若い連中も「フレディは恰好いいです!」と真顔で言う。「分かっちゃいねーな、若造」とおじさんはそっと呟くのである。

 

 

 口減らしという言葉をネットで調べるとこんな解説がでてきました。

 「家計の負担を軽くするために、子供を奉公に出したり、養子にやったりして、養うべき家族の人数を減らすこと」

 この言葉の一部を変換すると、児童虐待を解説することができるんじゃないでしょうか。ちょっとやってみます。

 「親の心の負担を軽くするために、子供を養護施設に預けたり、虐待し続けたりして、養うべき家族の人数を減らすこと」

 どうですかね?「家計の負担」を「親の心の負担」にしてみました。

貧困とか、離婚とか、DVとか、様々な状況はあるでしょうが、親がそういう状況をどうとらえ、自分の心にどのように刻み込んでいるか?それが児童虐待の根本原因のような気がします。

 

 児童虐待という実態は、マスコミ等にとりあげられ、世間が認識するようになって相当な年月が流れました。

 

 是枝裕和監督が映画「誰も知らない」を作ったのは2004(平成16)年

のことです。それからも、もう14年もの月日が流れているのです。

 

 その後も、児童虐待という言葉は消えることがなく、昨年(平成29年)、児童虐待対応件数は13万3,778件と過去最高を記録したそうです。調査を開始した平成2年からも27年連続で増加、しかも平成28年中に虐待により死亡した子供は77人もいたとのことで、本当に何がどうなってんだ!と思ってしまいます。この数字に隠れている実態はもっと多いのではないでしょうか?

 

 今回のFMシアターは、小学校6年生の男の子、藤木悠馬の視点から見た児童虐待の実態です。FMシアターのHPに書いてありますが、児童養護施設に取材をし、実話を基にして作り上げたお話だそうで、悠馬が母親を思う切なさが胸に迫ります。

 

 児童虐待は様々な要因が絡んで起こる非常に複雑な事象で、一番の問題は何の罪もない子供たちの将来や命がかかっていることでしょう。

 法整備がなってない!児童相談所はなんでもっと突っ込んで子供を引き離さない! 警察は何をやってるんだ!

 そういう声もあがりますし、私も児童虐待の記事を見るにつけ、そう思います。いい大人が何をやってるんだ!いい加減にしろ!と怒鳴りたい気分です。

 しかし、それは表面的な理解であって、実は私は何も分かっちゃいないのだなぁと思うのです。

 

 なぜか?

 

 それは当事者たちの「感情」や「心」が伝わってない状態での判断だからです。それが分からないところで、いくら「正論」を突き付けても仕方ないし、解決にはならないと思うのです。

 

 悠馬は正論で対応しようとする大人たちに、母親のことは話さなかったけど、同じ虐待を受けていたハルには心を開いて話をしました。それはきっと、ハルと心が通じたからだと思います。ハルがいなければ、永遠に母親とメビウスの輪の上を歩き回り、「虐待」の外に出ることはできなかったでしょう。

 

 そういった意味では、我々の心に直接働きかけるラジオドラマという形で、こういう作品が放送されるのは、とても意味があると思うのです。

 

「一時帰宅」

【放送日】2018年11月10日(土) 午後10時~10時50分

【作】新井まさみ

【出演】藤木悠馬…二宮輝生,ハル…三浦誠己,藤木こずえ…三倉茉奈,今井レン…中井友陽,立川さん…とおやま優子,学校の先生…岩田和丈ほか

【音楽】タテタカコ

https://www.nhk.or.jp/audio/html_fm/fm2018036.html

 

 2011年、中国で、高架橋上に事故のため停止していた中国高速鉄道の列車に、後方から来た列車が追突、そのまま高架下に落下し、多数の死者が出たという悲惨な事故が起こった。

 

 驚くべきはその後の対応で、事故原因を究明することもなく、電車の中にはまだ生存者もいる可能性もあるのに、運転復旧優先のため、当局は捜索を打ち切り、なんと事故車両を現場に埋め立ててしまうという信じられない行動に出たのである。

 

【これが当時のニュース映像】

 

 証拠隠滅のために人命救助をないがしろにする、なんて恐ろしい国だろうと恐れおののいたものだが、この事件をさかのぼること26年前、日本ではそれを上回る闇を抱えた航空機事故があった。

 

 1985年8月12日、群馬県御巣鷹山に東京から大阪に飛び立ったJAL123便が墜落、540人が死亡する。このとき大学生だった私は、その犠牲者の多さに驚くものの、きっと事故原因は飛行機の調子がどこか悪くて墜落したのだろう、搭乗した人たちは本当に運がなかったな、無念だったろうな、と自然と自分の頭の中でストーリを作って結論づけてしまっていた。

 

 そのうち、当時の写真週刊誌に事故現場の凄惨な白黒写真が掲載されるようになる。人が真っ黒な炭となってうなだれるように木によりかかり座り込んでいる写真や、人型の焼けただれた皮膚がビニール袋かなにかのように木の枝にぶら下がっている写真だ。

(先日、この事故の捜索に携わった元刑事さんの講演を聞いたのだけど、人間の体は、飛行機墜落のような高さから、椅子に座ったまま地面に叩きつけられると、体内のものが頭から皮膚を突き抜けて飛び出てしまうという信じられないような現象が起こるらしく、現場でもそういう悲惨な遺体があったと仰っていた)

 

 それを見て、私はこの事故の5年前、いわゆる新宿駅西口バス放火事件で被害にあった親子の写真を思い出した。それはプロ野球観戦を終えた親子が、バス最後方の椅子に座り、発車するのを待っていたところ、犯人が投げ入れたガソリンに一瞬のうちに焼かれてしまい、腰かけたまま炭となってしまった遺体写真である(犯人は親子を狙って放火したわけではなく、世間への恨みでバス放火を思いつき実行した)。

 

 飛行機に乗っていて墜落し、火に焼かれると、新宿西口バス放火事件でガソリンで焼かれたように炭になってしまうんだろうな。ましてや飛行機である。ジャンボジェット機である。積んでいるガソリンはバケツで投げいらられたガソリンの比ではないだろう。であれば、当然、遺体は炭のように皆、真っ黒に焼け出されるのだろうなぁと、ぼんやり知りうる情報を勝手に関連づけて自分を納得させていた。

 

【このバスの中に親子の炭になった焼死体が…】

 

 しかし、この本を読んで初めて知ったが、ジェット燃料はガソリンとは違い、人が焼かれたとしても炭にはならないそうなのだ。臭いも軽油に近いらしい。しかし、あそこまで遺体は焼けていた。

 しかも、現場の第一発見者だった地元の消防団員は、ガソリンとタールが混じったような臭いが現場に充満していたというのだ。ガソリンとタールが混じったジェル状の液体は、自衛隊しか保持していないらしい。

 

 これはいったいどういうことか?

 

 さらにこの事故の現場は場所が特定されるまで二転三転し、現場に到着するまで10時間以上を要したが、事故発生直後、米軍が現場を抑えており、ヘリコプターが飛んで救助寸前までいっていたという。

 しかし、自衛隊がすぐに救助に向かうので、米軍は基地に戻るよう指令が出たそうなのだ。しかも、それは日本からの要請だというのである。

 

 なんだ、それは?

 

 また、相模湾上空で事故にあった123便が墜落するまでの間、自衛隊のファントム2機がその後をおっていたという目撃証言が、いくつも出ているそうなのだ。特に小学生の子供たちが、多くその模様を見ているらしく、学校の先生により文集でまとめられているらしい。子供がそんなことで嘘をつくとも思えない。

 

 ほかにも乗客が機内から外に向けて撮影した写真にオレンジ色の物体が映っていること、機体胴体にオレンジ色のマークがつけられているのを見たという多くの目撃証言があること、当時首相だった中曽根が「私を介さず、アメリカ軍と自衛隊で話は進んでいた」というとても信じられない発言をしていたこと、「この事件については墓場まで持っていく」という発言があったことなどを考えると、この事故は表に出してはいけない真相があり、それはどうも政府、自衛隊、アメリカを含めて、グルになって何かを隠しているとしか思えなくなるのだ。

 

 この本を読むと、普段、いかに自分の勝手なバイアスでいろいろなものを見て、さも普通のように振る舞っていることだろうと驚いてしまうのだ。

 

 いつかこの事件の全貌が明らかにされることはあるのだろうか?

 

 気分が暗くなるかもしれませんが、秋の夜長にぜひ、読んでいただきたい一冊です。

 

日航123便 墜落の真実 青山透子

 

 

 

最近、滅入るニュースばかりが続くスポーツ界にあって、昨日、2つの興味のある飛び切りなニュースが飛び込んできた。

 

1つは、マラソンの大迫傑がシカゴマラソンで2時間5分50秒の日本新記録を出したことだ。2月の東京マラソンで設楽悠太が出した2時間6分11秒の記録を大幅に更新し、日本人初の2時間5分台の記録を出した。素晴らしい!おめでとうございます!

 

設楽が出した前の日本記録は、高岡寿成が2002年、大迫と同じシカゴマラソンで出した2時間6分16秒であった。設楽がその記録を破るまで実に16年の歳月がかかった。しかも更新された記録は、こう言っちゃ失礼だが、わずか5秒だ。

しかし、今回は、設楽が新記録を出してから8か月、21秒も大幅に更新された。アメリカでの練習が功を奏したのか、日本人初の2時間5分台をたたき出した。

16年も更新されなかった日本新記録が、今年、2018年に2度も更新されたのである。

 

陸連が日本新記録を出した選手には1億円の報奨金を支給することが影響しているのか?もし、そうであっても、ものすごい記録更新ラッシュである。

 

これからMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)出場選手選考のレースも追い込みに入る。12月の福岡国際マラソン、2月の別府大分マラソン、3月の東京マラソン、びわ湖毎日マラソン。陸連はあと1人分の新記録報奨金はあると言っているようだが、もしかしたら、あと3人くらいいくのではないだろうか?

今、流行りのクラウドファンディングでお金を集めたらどうだろうか?額によって東京オリンピックの競技にご招待します!ぐらいのことをやれば出資者は多く出ると思うし、マラソン以外の競技にもお金は集まるだろう。

 

個人的には練馬こぶしハーフマラソンで実際に走る姿を見た川内優輝選手に頑張ってほしい。MGC出場枠には入っているのだから、「暑さに弱い」とか「市民ランナーとしての限界を感じた」とか言わず、勝負に徹して、来年の夏以降に予定されているオリンピック選考レースでは勝利をつかみ取って、オリンピックで走ってほしいです。応援してます!

 

 

 

もう1つはボクシング。井上尚弥がやってくれた。WBSS(ワールドボクシングスーパーシリーズ)というトーナメント戦で、試合開始から70秒、左ジャブ⇒右ストレートの2発で相手を失神KO,マットに沈めてしまったのである。

 

自分は元々格闘技が好きで、ボクシングもTVでよく見ていたのだが、亀田3兄弟がTVに露出し始めたころから、マスコミも含めたあのうさん臭さに拒否反応しか起こせず、しばらく見ることができなかった。

プロの世界なので、人目を引くためのパフォーマンスもあっていいかもしれないが、それは素人にもわかる圧倒的な強さがなくては、成立しない。モハメド・アリ然り、マイク・タイソン然りである。

 

しかし、そんなとき、ロンドンオリンピックで村田諒太という選手が金メダルをとったというニュースが流れた。インタビューに答える彼の語彙の豊富さに驚いた。こんな選手がいたのか、改めてボクシングに興味が沸いた。

 

そして井上尚弥である。

 

強い!圧倒的に強い!まるで小山ゆう作の漫画「がんばれ元気」のボクシングシーンがそのまま繰り広げられているようだ。今回も試合が始まって70秒、わずか2発で相手をマットに沈めた。こんな選手、見たことない。すごい!どこまで行くんだ、井上尚弥!

 

 

村田諒太の試合が10月22日(日)に決まった。WBA2位のロブ・ブラントとの一戦だ。ややこしいプロモートの末、押し込まれた形で決まったようだ。

そんなことには関係なく、ぜひ、ゴロフキン戦の前哨戦として、勝利をつかみ取ってほしい。そして、最強王者、ゴロフキンとの試合を実現してほしい。その試合で、クレバーな、村田ならではの本領を発揮して、完全勝利を実現してほしいと思うのだ。

 

プロのアスリートには勝利の喜びを期待する。プロのつくるドラマや映画には感動の素晴らしさを期待する。プロの作る音楽には、心の豊かさを感じれることを期待する。

 

あなたの手から編み出される非凡ならざる魔法を我々は期待しているのです。