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サムトッシュのブログ

わたくしサムトッシュの興味・趣味の赴くままに書き連ねるブログです。

小学校3年生のとき、父の故郷である大分県の国東半島に行ったことがある。当時は9歳だったから、もう40年以上前のことだ。

 

父は子供の頃に両親を亡くし、妹と一緒に親戚をたらい回しにされた経験があり、故郷といっても実家が残っているわけではない。

そんなわけだから、あまり良い思い出は無かった。

 

それを証明するような出来事が父の生前、一回だけあった。

 

今から17年ほど前、妻の親戚が大分で結婚式をあげるため、大分に向かうことになったのだ。その際、父に何気なく「今度、大分に行くけど、誰か訪ねる人とかいる?挨拶にいってこようか?」と聞いたのだが、父は「そんな人はいない」と苦虫を噛み潰したような顔で一人、呟いたのである。

 

普段、感情を表すような父ではなかったので、なんか悪いこと言ったかな?と思った覚えがある。きっと、それほどに父は国東半島に良い思い出がなかったのだろう。

 

しかし、では、なんで?ということなのだ。なんで、私が小学校3年生のとき、大分に行ったのだろう?

 

しかも、父と二人で行ったわけではなく、母も一緒に3人で行ったのだ。しかも夏休み。どう見てもお盆に里帰りの図である。

 

しかし、今となっては父も母もすでに鬼籍に入ってしまった。その真意を確かめることは出来ない。

 

しかも当時、私は小学3年生、大分に行くとカブトムシがたくさんとれるよ、と言われ、それだけを楽しみに行ったような鼻たれ小僧だった。

 

宿泊した親戚の家がどこにあったのか、あれほど嫌がっていた大分の親戚と父のつながりはどのようなものだったのか、そもそも親戚の名前、その他諸々に必要な部分があると思うのだが、まるで覚えていないのである。

今、例えば、父と母と行った大分を再び訪ね、当時お世話になった親戚の方々に挨拶をしにいこうということになっても、にっちもさっちも行かない状態なのである。

 

これは、ある意味、忌々しき事態なのではないのだろうか?

 

なぜか、そんな想いが浮かんでしまい、うっすらとした記憶の中でも覚えていることをあげてみた。それは以下のものだった。

 

・宿泊したのは父の親戚の家で、親戚は漁師

・父と同じくらいの親戚の人と、その息子のおじさん、おばさんがいた。

・おばさんは下関から来たのよと言っていた。

・家は平屋で海がすぐ近く。裏は山。

・カブトムシは朝早く父と母と、裏の山の雑木林を分け入って取りに行った。

・親戚の家の風呂はいわゆる五右衛門風呂。

・親戚の家には網戸もクーラーもなく、夜は窓を開けっぱなし。

 窓の上の壁には様々な虫が壁一面を覆うように集っていた。

・板垣退助の100円札が普通に流通していた。

・海の近くの道では、動きの敏捷な赤いカニがたくさんいた。

・当時、ご飯食べる時、よくおかずを床に落として母にこっぴどく叱られていたが、親戚のおばさんは優しくて決して怒らなかった。

・おじさんが車に乗っててかっこよかった。

・車に乗せてもらって、墓地や、お寺や、大きな杉の木を見に行った。

・おじさんの小さな船に毎日、乗せてもらった。

 帰る前日は帰りたくなくて船の中で泣いた。

・大分から寝台列車で帰った。

・帰り、おじさんたちがホームまで送りにきてくれて、寝台列車のベッドの中でずっと泣いてた。

 

今、思うと、最高の夏の思い出が大分で作れたとしか思えない。なんでこんな人生の中でも大事な思い出をしっかり覚えていないのだ、自分!

 

そう思っていたら、待てよ、写真があったじゃない。そうそう、確か数枚あったよね、ということを思いだし、見て見ると、そのうちの一枚がこれでした。

きっと車に乗って訪ねたお寺だと思うのだが、どこのお寺かなんて当然、覚えてない。

 

しかし、待てよ、そうだ、私が思いだせないとしても、これだけ、ネットが発達した現代、どうにかすれば、ここがどこだか分かるんじゃね?探してみいよ、自分!ということで、探してみました。この仏像があるところを。

 

大分県の国東半島のお寺であることは間違いないんだろうなと当たりをつけて、ネットでキーワード検索をしてみること数時間、とうとうこれじゃないかというお寺を探したのです。

 

それがこれです!

 

どうです、どう見てもこれでしょ?

 

私の持っていた写真は40年以上前のものです。下の写真は、その40数年後の写真です。なので、地蔵仏も劣化が進んでおり、地蔵仏脇にあった木がなかったりしますが、かなり近いアングルで撮られた写真は、どう見ても上の写真と同一のものということが、バックのお寺の作りからしても分かります。

 

うわー!すごい!40年以上前の写真の場所が分かった!

ネットの力は凄いものですな。

 

で、このお寺は霊仙寺というお寺だそうで、本尊には千手観音が安置されているらしく、この地蔵仏も一石地蔵尊では九州一と言われる大きさだそうです。安政7年(1860年)に造られた地蔵仏らしいですね。

 

この霊仙寺、宇佐神宮六郷満山霊場の14番目の札所に指定されているそうで、来年2018年は、神仏習合の原点となる山岳宗教、「六郷満山」の開山1300年目にあたるらしい。

 

なんか、俄然、行きたくなってきたな。

 

というわけで、子供のときに映した一枚の写真の場所が判明し、父の故郷の歴史も探ることができた。こういう遊びもやってみるものである。

 

 

 

 

 

2017年5月5日(金)、劇ラヂ!ライブ2017に行ってきました。

自分自身、4年ぶりの劇ラヂなので、とても楽しみにしておりました。当時のことと比べつつ、レポを書いてみようと思います。

 

郵送された当選ハガキには、

  集   合:午後1時40分

  開   場:午後2時

  開   演:午後3時

  終演予定:午後5時

と書かれていたので、昼前に原宿に着き、昼食を食べ、NHKに向かうこととしました。

実際、11時過ぎに原宿に着き、集合時間まで、まだまだ時間もあるので、原宿のお店で半袖のポロシャツを買い、昼食にローストビーフ丼を食べ、その後、NHKみんなの広場 ふれあいホールに向かいました。また、5月5日は立夏、実際に25度を超える夏日となり、歩いているだけでも汗ばむ陽気だったので、長袖を着てきてしまった私は、さっき買った半袖ポロシャツに、途中で着替えました。

 

NHK前の公園通りでは、子供の日のため、フリーマーケットや子供向けのイベントが多数、行われており、ここも原宿に負けず劣らず大勢の人が集っておりました。家族連れ、外国人、コスプレ系、業界人風、それこそ人種の坩堝、そういう人達を眺めているだけでも楽しい時間でした。

 

 

で、集合時間の1時40分の20分くらい前に、ふれあいホールに入ると、入口でまず当選ハガキの確認が行われます。私の当選ハガキにはそのとき、②という数字がマジックで書かれました。それを手にふれあいホールに入ります。ここでは本人確認とかはありませんでした。

 

4年前の2013年の劇ラヂ会場はNHK放送センターの中だったので、集合場所も今回とは違い、NHKの「内玄関」ということろでした。渋谷税務署に近いところですね。地図で示すとこんな感じです。

 

 

当時は本人確認とかは特になく、観覧者の整理も女性二人だけで担当していて、見ているだけでも大変そうでした。今回は警備の人もいたり、大勢のNHK職員と思われる人が声を出して観覧者を整備していて、4年の間に劇ラヂに対するNHKの姿勢の違い(?)を感じました。

 

それに当時は観覧者が100人程度だったんですよね。今回はふれあいホールということもあり、300人程度の観覧者になったとか(ふれあいホールの入口脇には285名というプレートあり)。希望者はその10倍以上の4,000人くらいだったそうですね。

 

そのため、ネット上で同伴希望やチケットの購入希望の声が多くあがっていました。ハガキには本人確認も行うとあったので、そうやって手にした場合、どうするんだろう?とふと思ってしまいました。中には本人確認証も渡します、値段要相談なんていうのもあったりして、劇ラヂ裏ビジネス(?)が成立しているような感も無きにしもあらずでした。

それならいっそのこと、NHKホールでやっちゃえばどうっすかね?Wikipediaによると3,500人収容できるそうなので、ラジオ番組でもNHKホールを満杯にできるコンテンツがある!ということを示せるし、劇ラヂ裏ビジネスも防げ、一石二鳥です。

 

あと、収録のホールへの入場に際して、300人近い人を1列100人単位くらいで3列に並ばせて、観覧者同士で確認し合いながら、順番に並ぶというシステムをとっていたのですが、さすがにあれだけ人が入ってしまうと、満員電車の中で車両前方や後方に移動してくださいと言ってるようなもので、かなり難儀極まりなく、私自身も整理番号とは違うタイミングでのホール入場になってしまいました。

 

それならいっそのこと、全員一律に1時40分としていた集合時間を整理番号に従って、ずらしたほうが良いのでは?と思いました。例えば今回なら100番までの人は13時30分集合、101番から200番までの人は13時40分集合、201番以降の人は13時50分集合、それに遅れてしまった人はそれ以降の入場ということにする、それぞれ10分もあれば整理番号順に並び階下のホールに入場することは可能じゃないでしょうか。そうすれば、ふれあいホール入口での混雑や整理番号順入場ももっとスムーズに出来るのではないか?とふと思ってしまいました。

 

 

さて、入場時間の午後2時になったので、階下のホールに階段で降りて向かいます。ここからは撮影禁止になってます。

 

ホール前にもスペースはあり、そこでまた並びます。ホール入口までは遊園地のアトラクションよろしくひもでくくられた通路を右に左に歩いて進みます。NHKの人がその間、携帯電源OFF、本人確認できるものの準備等をお願いします!と声を大にして観覧者に伝えていました。

 

4年前はNHK放送センターだったので、内部が見れてとても面白かったです。NHKは日本の放送の中枢、そのため、テロに襲われてもすぐには放送スタジオまで辿り着けない複雑な構造になっている、そんな話を聞いたことがあります。当日も確か、エレベータで何階かまで行き、そこから階段を上り、長い廊下を歩いてスタジオに入るみたいな感じだったように思います。スタジオに行きつくまでの廊下も心なしか複雑な構造で、たしかに噂は本当だったのかな?という感じが窺えました。

 

さて、ホールへの入場です。ホール入口では、とうとう本人確認が行われるようです。果たして劇ラヂ裏ビジネスで当選ハガキを入手した人は、ここでどうなるのか?それが見れば分かるのか?ドキドキしながら私の本人確認までの間、その場を見守っていたのですが、とうとう本人確認を行うNHKの人と長いこと話こんでいる人が現れました。その人は、ホール入口脇にしつらえられた、衝立(ついたて)で仕切られた別スペースに誘導されています。ぬぬ?この人はもしや?実際に話を聞いたわけではないので、どういう人なのかはわかりませんが、衝立の向うに誘導された人は1人や2人ではありませんでした。その後、あの人達は劇ラヂ、観覧できたのでしょうか?

 

さて、私の本人確認も終わり、ホールの中に入ると、かなり広いスペースでした。正面には一段高いステージが用意されていて、そこにマイクスタンドや譜面台、水等が用意されています。私はステージ向かって左側の席に座ったのですが、ステージを見渡すと、生で音響効果を出す道具がステージ右側に置かれています。「あー、入場は整理番号順だったけど、席は自由席なのだから、よく見てから座ればよかった」なんて思ったりしました。

 

放送前にアナウンサーの方とADの方(?)が観客と話したりしたのですが、そこで「今まで劇ラヂ聞いたことがある人、手をあげてください」という質問を観客全員にしました。すると、手をあげた人はわずか数名でした。出演者の1人にジャニーズJrの人がいるので、会場は若い女性に埋め尽くされています。最近の若い人はラジオを聞いたことがないそうなので、無理もないことでしょう。若い人のラジオ離れの現実を目の当たりにしたような気分でした。

劇ラヂでラジオドラマが少しでもいいと思ったら、FMシアター、聞こうね。

あと応援用の団扇を持ってきた人もいたみたいで、それはやめてくださいね、とアナウンサーさんに注意されていました。

 

あとはラジオドラマが始まり、劇ラヂの時間が流れました。

やはり舞台があるといいですね。全員、ちゃんと見えますな。4年前は舞台がなかったので(たしか)、「家族会議」の演者の中で菅原大吉さんの姿がよく見えなかった覚えがあります。

 

約2時間で、2つのドラマが演じられ、久しぶりの劇ラヂはとても楽しかったです。2013年は今年と同じ5月だったのですが、2014年から2016年までは10月、あるいは11月に行われていました。2012年は5月と11月の2回でした。今年、5月に戻ったということは、これは年2回開催になるということですかね?

 

ぜひ、また秋に開催していただきたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、すげーな、藤井聡太四段。まだ14歳なのにすでにプロとして活躍し、プロデビュー以来16連勝、非公式ながら羽生善治3冠にも勝利し、今日、新人王戦にも勝利した。これは本当に凄いことだ。

 

 んなこと言うと、いかにも将棋好きのように聞こえるかもしれないが、なんてことはない、先日、映画「3月のライオン(前・後編)」を見たので、関心を寄せやすいということだけだったりする。しかし、あの映画を見た後に、映画以上に凄い現実が現れるなんて、なんとタイミングのいいことか。そう思った人は案外、多いのではないでしょうか?

 

 最近、若くして頭角を現すアスリートって、親が3歳くらいの頃から、星一徹よろしくスパルタで鍛えていたりする。それに当て込んでか、「天才の育て方」みたいな本も出たりして話題を呼んだりする。

 

 そんな本に「3歳までに仕込んでおかないと、天才は生まれません」なんて出てようなものなら、目の色変えて〇○教室に通わせる親が出たり、あ~、もう3歳過ぎてるからうちの子はダメなのね~と諦める親も出たりする。実績があるのだから、と常識としてまかり通ってしまう。

 

 話が横に逸れてしまったが、このお話しの主人公は藤井総太四段と同じ、中学校3年生の男の子。ただし、この子は所謂、「出来る子」ではなく、「ちょっと変わった子」。集団生活の学校には馴染めず、自分自身も”普通”じゃないと思っているような子だ。それが原因で学校も3つも変わっているというから筋金入りの集団生活できない子なのだろう。

 

 こういう子は最近、アスペルガーとかADHDとかの発達障害という病名で区分けされたりする。世間的には問題があっても、自分の好きなことへの並外れた集中力を継続できるので、普通の人ができないことや、高い地点に到達することができる、なんていう文脈で語られることが多い。そうかぁ、だからそうなんだぁ、と普通の人が安心できる仕掛けとして使われていたりもする。

 

 今回のお話しの男の子もそうだ。集団生活に馴染めず、タップに生きがいを感じている。その才能はタップ教室の先生も認めており、この年齢で海外に目を向けるよう教唆されたりもする。

 

 しかし、ドラマでは「発達障害」という言葉は使われない。

 

 そういう言葉を使わず、そういう子は、どういう気持ちで自分を捉えているのか?捉えていくのか?その内面を追っていく。モノローグの多さもそのためだろうか。

 お母さんに対する気持ちは、普通の子以上に深い。幼い部分もあるものの、早く独り立ちをして迷惑をかけたくないなんて思っていたりもする。この年齢の子が独り立ちなんてことをまず考えないだろうことを既に考えていたりして、思考回路は普通の子以上に明晰だ。

 

 しかし、これから、きっと壁にぶち当たったり、敵が現れたりするだろう。それに対してこの子がどう対応するのか、それがとても楽しみだ。それも見て見たい、あ、いや、聴いてみたいと思いました。

 

 ええ、そうですとも。できれば続編をお願いします。

 

「雨のリズム」(第37回BKラジオドラマ脚本賞最優秀賞作品)

【放送日】2017年4月15日 午後10時~午後10時50分

【作】山田麗華

【出演】浩利…玉山詩,お母ちゃん…山本麻貴,優輝先生…木内義一,美来…松岡亜美,担任の先生…かきつばたアヒル,タップダンス…RONXII

http://www.nhk.or.jp/audio/html_fm/fm2017014.html

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴールデンウィークということで、 DVDで「セッション」を見た。上映当時から話題になってて、観てみたいと思ってはいたのだが、どこか近寄り難い所もあり、ついぞ映画館に見に行くことを逸してしまった映画だった。

 

 

 近寄り難いと感じたのは、「<完璧>を求めるレッスン、二人のセッションは誰もみたことがないクライマックスへ」というキャッチコピーに息苦しさを感じてしまい、こういうコピーを使う映画って、かえって最後は二人の笑顔で締めくくられ、「えー、それはないだろう?」的な妥協の産物となりがちで、客は置いてきぼりを食ってしまうのではないだろうか?という邪心からだった。

 

 ネタばれをしてしまうと、確かに最後は師弟の笑顔で終わるのだけれど、それは妥協の産物などでは全然なく、実に素晴らしい映画だった。

 

 出世を求め、勝負には常に勝ちたいと思い、勝ち続けることに人生の意義を見出すてしまうと、その人生はやがて破綻を来す。なぜなら、負けない人生などないからだ。表面的な勝つことだけを求めれば、結果、どのように素晴らしい技術をもってしても何も得ることはない。

 

 じゃあ、勝負を放棄すべきなのか?これもまた否である。表面的な負けを認め続ける人生を送れば、どのように鍛えられた精神であっても、それは死んだような人生になってしまう。

 

 では、どうすればいいのか?

 

 その答えは、この映画の最後に描かれている。これは音楽(特にJAZZ)を知っていようがいまいが、楽器を知っていようないまいが、誰でもその答えが分かるようになっている。

 

 映画の良いところは「新しい現実」を手に入れられることだ。良い映画は必ず「新しい現実」を我々に提示してくれる。この映画はそういう映画です。

 

 お薦めです。

 

 

 

 

 

 

 

 昨日、不思議な怖い夢を見たという話をブログで書いた。母親が白装束で昔の実家の2階に座っているのだ。けど、様子がおかしい。顔の輪郭がちと違う。それにどこを見ているのか分からない呆けた表情をしている。母は既に亡くなっていて、夢の中の私もそれは分かっている。更に同じく亡くなってしまった姉も登場してくる。夢の中の私はそれも分かっていて、姉に2階に母がいると告げるのだ。すると姉は2階に上がり、事実を突き止めようとする。しかし、姉は降りてくることもなく、そのまま私は目が覚めてしまった。

 

 という奇々怪々な夢を見たのだ。母や姉が出てくる夢なんて滅多に見ないのに、それがこんな形で現れるなんておかしいなぁ、もしかしたら私を迎えに来たのだろうか?まあ、この二日間、体調が悪かったので、無意識の深い部分でそういう方向に傾いていてもおかしくないかもしれない、等々と悶々と考え、どこか気持ちに整理をつけたく夜中にブログに書いてしまったくらいであった。

 

 そして、一夜明けた今朝9時過ぎ、私の兄からメールが届いた。

 

 それには兄の娘、つまり私の姪が今朝の6時30分頃に女の子を出産したという喜びのメッセージが書かれていたのである。姪は昨年結婚し、妊娠、今年の5月に出産予定だった。つまり半月ほど早く出産したのだ。そんなに早くて大丈夫だったのか心配をしたが、母子ともに元気、と報告があり、問題なさそうで一安心となった。丁度、ゴールデンウィークだから、孫の顔、見に行くよと返信し、新しい命がこの世に生まれた喜びに暫く浸っていたりした。

 

 そこで、ふと、私は思いだした。昨日見た奇妙な夢を。

 

 もしかしたら、半月も早まった姪の出産を、あんな形で母と姉は知らせてくれたのではないだろうか?いや、そうだったら、私ではなく兄だろ。兄の夢に出てくるべきだろ。

 

 では何だ?

 

 ここからは、妄想、いやオカルトチックな話になってしまうが、1つの大胆な仮定を提案してみたい。

 

 生まれてきた女の子は、母親の生まれ変わりなのではないだろうか?

 

 私が夢で見た母親は、昔の実家の2階で、新しく生まれる命になるべく準備をしていたのではないだろうか?だから白装束で顔も白く塗り、自分を無にしていたのではないだろうか?だから呆けたような表情になっていたのではないだろうか?あの部屋の明かりも天井の電気がついていたというよりも、今思うと母の背後から光が出ていた(つまり後光が差していた)ような気がするのだ。

 

 輪廻転生。

 

 そう考えると妙に納得する夢とその後の展開だ。死後、6年たって輪廻転生が起こるのかどうかは分からない。そもそも輪廻転生があるのかどうかも分からない。だいたい、自分が見た夢と現実を、こんなにつなげて(こじつけて)いいのかどうかも分からない。

 

 そういうことは重々承知だが、そう考えると面白いし、納得がいく。

 

 けど、考えてみると家は神道なんだよなぁ。父や母の葬儀も神道であげたよねぇ。。。輪廻転生は仏教の教えなんだよなぁ。。。