猫好きの方には申し訳ないかもしれないが、基本、猫が好きじゃない。
昔、バイクに乗っているとき、バイクを止めてカバーをかけると、冬では中が暖かくなるため、夜に猫が忍び込み、中で暖をとったりするときがあった。で、そういうときは、ほぼほぼ、中でオシッコをしているのだ。バイクのシートが、臭くて臭くてたまらんかったのだ。
以上、猫が好きじゃない理由、その1。
また、その昔、雨の夜、軒先に仔猫数匹を連れた猫が来た。
ミャーミャーうるさいから何だろと思って、外を見ると、母猫を中心に数匹の子猫が雨宿りしている。
そして、母猫は首を回して、私を見て、お辞儀をしたように見えたのだ。
「すみません、この子達が雨に濡れては不憫でなりませぬ。朝には出てまいります。申し訳ありませんが、雨をしのぐため、この軒先を貸してくだされ。」
仕方あるまい。ミャーミャーうるさいが、軒先を貸してやろう。
そして、翌朝、窓を開けると雨はあがっていた。母猫と子猫たちの姿は消えていた。
そして、彼らがいた場所をふと見ると何かがある。
なんだ?
な、な、なーんと、ネズミの死骸ではあーりませんか。
背中にはくっきりと歯形がついている。下手人はあの母猫に違いあるまい。
そして、これはきっと一宿の恩義に違いあるまい。
しかし、このネズミの死骸、どう処理すりゃーいいのぉ?
以上、猫が好きじゃない理由 その2。
しかし、そんな私が関心を寄せる猫がいる。
その猫は通勤途中にある八幡神社の脇の坂道に居る。いや、居る時もあれば、居ないときもある。
(この八幡神社はときどき、ドラマのロケを行っているような風情のある神社で、この前も「探偵の探偵」というドラマの第一話、子供たちが避難している場所にこの神社が使われていた)
で、猫は普通、目が合うと、そそくさと民家の塀をヒョイと上り、私が通り過ぎるまで、ジーッとこっちを注視しながら警戒を怠らないという姿勢をとるものだが、その猫はまったく違う。
ある朝、「あー、今日も会社か。なんだ坂こんな坂」なんて思いながら八幡神社脇の坂道を上っていると、猫がいる。しかも道のど真ん中に。この道はそんなに広い道ではないが、車も通る普通の道なのだ。それなのに、その猫は、坂道のど真ん中に前足二本を伸ばし、ちょこんと座り、どこうとする気配がない。私が近づいても逃げる様子も見せない。
そうなのだ、この猫は逃げることをしないのだ。
それに、そのときは、ずーっと空を見上げているのだ。私が脇を通り過ぎてもずーっと空を見上げている。
見上げている先は私が進む方向と反対方向だ。その猫が何を見ているかを確認するためには、私は通勤途中の足を止めて、後ろを振り返らないとならない。
えー、猫が何を見ているか気になって、大の大人が通勤途中の足をとめて、しかも振り返って、空を見上げるの?
なんだろう、この気持ち。なんか知らんが、それをやっちゃ、思いっきり負けたような気がするのだ。
しかし、何かを確信するように空を見上げるこの猫の視線の先に何があるのか、まるで哲学者が空を見上げるようなその姿を見ると、確認しないわけにはいかないような気がする。
そこで、人間の尊厳を守りたい私は(?)、暫く歩いて、猫が見えないところで後ろを振り向いた。
今となっては、そのとき、何が見えたのかは覚えていない。きっと、何もなかったのだろう。
そういうわけで、その後もこの猫と八幡神社脇の坂道で、出会うときがある。
この猫はミャーと鳴いたところを見たことがない。もしかしたら去勢の手術をされているのかもしれない。
どっぷりと太ったこの猫は、どうにもこうにも憎めない。
今度、会ったら写真を撮ってやろう。
黒と灰色の縞模様の猫、私が唯一、お気に入りの猫なのだ。
これは、庭にきた仔猫たち。一宿の恩義がある子猫たちとは違う仔猫たち。見てる分には可愛いね。

