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SAM'S CAFE

SAMです.
「生きるってことは,考えることだ」をテーマに?
まったり書いていきたいと思っています.
コーヒーでも飲みながら読んでくださいませ

どーもサムです.

先日,カレーを伝授しました.

弟に.これで彼も僕の弟子ということに.

まだ1人だけど・・・



教えたのは,

「COOP(生協)でそろう食材で作るムルギィ」

鶏肉のカレーです.



その後・・・

彼は家に戻り,今度は自分の手で

自分のカレーを作ったそうな.

それが,コレ


SAM'S CAFE




ブラボー,弟よ!


まちがった・・・弟子よ!
(おとうとに子をつけるとデシになりますね.どーでもいいけど)




この写真を送られて来て,

なんと誇らしかったことか.

やはり大切なのは



実践



ですよね.

弟よ,いや,弟子よ(ウザイか・・・)

少々のミスなど,気にすることはない.

トマト缶を入れ忘れたことなど

脇に置いておけばいい.

君が僕のカレーを自分のものにしたということ

誇りなのだから.

サムです.


前回,父のことをブログに書きました.

今,ちょっとの間だけ実家に戻って

父を介助しています.



父は末期のガンで

「こんなに弱かったっけ?」って思うほど

いろんなことに

助けが必要なんですが,

本当に多くの方々に祈ってもらって

イエス様を信じ,明らかに変えられている姿に

そばにいる僕の方が

力をもらう感じです.



驚くほどの平安をもって

「死」というものに向き合っている父の姿に

信仰者として,人生の先輩として,そして偉大な父として

尊敬しています.



実は,僕が父からもらっているのはこれだけじゃないのです.

今回,僕が実家に戻っているのは,

病院で父を介助し,付きっきりの母を助けるため.

だから,

「助けになろう」って思っているわけです.

聖書風に言えば,

「仕える」って思い.


でも,実際には助けている僕の方が

父から多くの愛情

信頼してもらっているという励まし

もらっている.



「与えている」側に立っているはずなのに,

その何倍も「与えられている」
のです.






トイレの介助の時

僕の肩を信頼してくれている父

横になりながら

小さい時のおもしろ話をしてくれる父

そして

自分がこの世を去った後に,しっかりせよと勇気づけてくれる父



もともと痩せている体を

もっと細くしているのに,

その背中は驚くほど大きく,暖かく迫ってきます.


サムです.


先日父と母が

2人で洗礼を受けました.






父が闘病する中での

病床洗礼





家族の中で初めてクリスチャンになった人にとって

家族の救いっていうのは

本当に大きな祈りの課題だと思います.



僕もその1人.



家族がイエス様を信じて救われるって言うのは

本当に神様の恵みだと思います.




本来なら,

健康なときに,神様のすばらしさを

分かち合うことをしたかったけど,

これも「神様のとき」なんだと思います.



還暦をすぎて

人生の終盤を迎えて

父は

「イエス様を信じて歩む」という

新しい歩みを始めました.

母もそう.



父は洗礼を受けてから

「信じたら,自分がこんなに変わるんだ」

喜びをもって話しています.



みことばには人を変える力がある.



父はそのことの

生きた証です.


末期がんで

病院からは「最後の時間を良いときにしてください」と

言われているけど,

父の周りには

驚くほど平安な空気が満ちています.