三田から浜松町まで「ぶらり」~その一~ | 散歩おじさんの「ぶらりWalk」

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散歩おじさんが街中やら、公園やらを「ぶらり」した様子を載せています(^.^)

今朝の散歩おじさん地域は予報通り雨とともに風が強まりました!

昼前には横殴りの雨になった時間もありましたから、たまたま職場に向かった時間帯の雨が弱かったのは運が良かったと言うべきでしょう!?

さて、散歩おじさんはたまに「江戸の大名屋敷を歩く」という本を参考にして、都内を歩いているのですが、先の週末は久しぶりにその本を片手に、東京都港区の三田から浜松町までを「ぶらり」してみましたので、その様子をご覧ください(^.^)

なお、予めお断りしておきますが、すっかりビルが建ち並ぶ東京都心に、巡って歩くほどに「大名屋敷」の建造物などが残っているはずも無く、見物して歩く対象は石碑や説明板、あるいは屋敷跡の石垣などが主です!

要するに大名屋敷跡または屋敷地の形跡を訪ね歩く中で、散歩おじさん当時の様子を想像したりして楽しんだ「ぶらり」ですので、その点よろしくお願いします(^^)

スタート地点は都営三田線の「三田駅」です!
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今回は「スタート地点=最初のスポット」でしたので、↑の出口から画面左方向にわずか数十歩進むと・・・

この場所が大名屋敷跡であることを示す「江戸開城 西郷南洲 勝海舟 會見之地」の碑がありました!
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幕末に「江戸無血開城」のために、勝海舟と西郷隆盛が会見した「薩摩藩 蔵屋敷」がこの地にあったことを示す碑ですが、石碑の台座に示された「古地図」が興味深かったですよ(^.^)

地図の上の方に白っぽく描かれた敷地に「薩摩」の文字が見えまして、まさにこの地にあった屋敷を示しているのですが、そこに「田町駅」と線路の位置が書き加えられているのはお分かりいただけるでしょうか!?
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つまりJR山手線の田町駅の辺りに屋敷があったことが分かりますが、注目すべきは屋敷の周りが海を現す青色で塗られている点です!

つまり江戸のころは今の山手線の辺りが海岸線だったってことですよねw(@o@)w

何しろ落語の「芝浜」で語られる砂浜がこの辺りだというのですから、まさに海辺だったのですね(^.^)

「西郷・勝」の会見の地から田町駅前に移動し、お次はこちらの商店街を進みます!
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商店街を歩き始めて間もなく、ちょいと路地を入った所に積まれた石垣の上には「水野監物邸跡」の説明板がありました!
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「水野監物邸跡」は「赤穂浪士」に関係のある史跡です(^^)

討ち入り後の赤穂浪士たちは、処分が決まるまでの間、何カ所かの大名屋敷に預けられたそうですが、「水野監物邸跡」は47人のうち9人が預けられた「岡崎藩水野家」の屋敷の一部だったそうです(@o@)ホホォ~!

それにしても商店街の中とは言っても路地に入った所ですし、ご覧の通り説明板が周りの木に隠れちゃっていますので、史跡に気付かない人が大半なのではなかろうかと心配になっちゃいました(^_^;

こちらは「水野監物邸跡」を見物した後、さらに進んだ商店街の様子です!
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早い時間だったのでお店は閉まっていましたが、ほど良い道の幅から想像するに、夕方以降は良さ気な雰囲気になりそうですネ(^笑^)

お稲荷さんの祠もきれいで、大事にされている様子がうかがえましたよ(^.^)
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商店街を抜けると交差点の向こうに見えるのは慶応大学です(p_q)
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慶応大学の敷地は「島原藩松平家」の中屋敷だったとのことですので、ここも大名屋敷巡りのスポットということになります!

正門脇の石垣も古い物の様ですが、残念ながら江戸時代のものかどうかは分からないようです(^_^;
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さてさてここまで比較的短い距離の間でいくつか史跡を見物しましたが、まだまだコースの序盤です!

続きの「ぶらり」は例によって連載でアップしていきますので、よろしければまた遊びに来てくださいな(^.^)