旧日光街道 小金井から石橋へ④ | 散歩おじさんの「ぶらりWalk」

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散歩おじさんが街中やら、公園やらを「ぶらり」した様子を載せています(^.^)

今日の午前中は埼玉県の北部に出かけていたのですが、散歩おじさんが居た辺りはほぼ全天が雲に覆われるような空模様でした!

日差しが無いので暑さから解放されるかと思いきや、じんわりと暑く、汗もじんわりと出てきました(^_^;

さて記事の方は小金井宿から石橋宿を目指して歩いた「旧日光街道」の最終回です!

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前回の記事の最後では「本当の旧街道」が途切れてしまっていて、国道4号線に出た所まで載せました!

ちなみに途切れたすぐ先に「下石橋の一里塚」があるようなのですが、雑木林の中ということですので確認するのは断念しました(^^ゞ

国道4号線に出てから約1.5kmほど進むと「夕顔橋の石仏群」がありましたよ!
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↑で「本当の旧街道」が途切れてしまって・・・と書きましたが、途切れた旧街道はちょうどこの石仏群の所に至るような道筋だったようで、つまり散歩おじさんはかつての旧街道の辺りから石仏群を拝んだということになります(^.^)

中央の2体のうち、右のお地蔵様には「享保三年」、左の十九夜塔には「延享四年」の文字が刻まれているのがハッキリ読み取れました!
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享保3年=1718年、延享4年=1747年ですから、いずれも江戸時代中期のもののようです(@。@)

なお、「夕顔橋」とはなんとも素敵な名前ですが、残念ながら辺りに橋は見当たりませんでした(^_^;

石仏群のすぐ先で国道352号線との立体交差をくぐり、さらに道中は続きます(^.^)
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立体交差を過ぎて間もなく92キロポストを通過~!
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こちらは立体交差から1km足らずの所の交差点名の表示板なのですが、散歩おじさんの記憶が確かなら、現在「下野市」と表示されているところは「石橋町」だったはずです!
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かつてこの辺りは「下都賀郡石橋町」という地名だったのですが、合併によって下野市となって、石橋町という町名は消えてしまったのですよ(・。・)

「本町」交差点から100mほど進むと「愛宕神社」がありました!
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石橋宿の南側の出入り口にはこれと言った目印になるようなものは残っていなかったのですが、これまでの道中では神社の辺りが宿の出入り口っていうことも多かったですから、この神社の辺りが宿の南端かもしれませんね!?
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愛宕神社から150mほど進んだ所にあったこのお宅は石橋宿の「脇本陣跡」だそうです!
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さらに200mほど進んだ所には93キロポストがあり・・・
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ちょうど93キロポストの所にあるお茶屋さんは、石橋宿の名主でしかも「控え本陣」も務めたのだそうです(@。@)
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さてさて脇本陣跡などがあるところを見ると、どうやらこの辺りが「石橋宿」の中心部のようですが、↑のお茶屋さんの先の交差点がちょうど「JR石橋駅」の入り口になっていましたので、この日の道中はここまでとしました!

ここから先は「旧日光街道」とは離れた話題になりますが、「旧石橋町」はドイツの「シュタインブリュッケン村」と姉妹都市になっているのだそうです!

どうしてドイツの村と姉妹都市なのかと言いますと、ドイツ語で「シュタインブリュッケン」とは「シュタイン=石」「ブリュッケン=橋」っていう意味なので「シュタインブリュッケン=石橋」っていうわけなのだそうです(@o@)ナルホド~!

そのシュタインブリュッケン村はグリム童話の生まれ故郷といわれる村ということから、旧石橋町の町域では「グリムの里」と称していろんな施設を整備しているのだそうです!
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そんな施設の一つが石橋駅前にありますメルヘンチックな時計台です(^.^)
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残念ながら散歩おじさんは時間が合わなかったのですが、毎日3回(8,12,17時)グリム童話のキャラクターが回るからくり時計なのだそうですよ!

そして石橋と言えばあと2駅で宇都宮という場所ですので、旧道歩きを終えた後ちょいと足を伸ばして食べて来ました宇都宮名物の「餃子定食」のランチを、オマケ画像としてアップして今回の連載を終わりたいと思います(^笑^)
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連載にお付き合いくださったみなさん、ありがとうございました~(^O^)