かなり遅くなりましたが
12/20 第一子産まれました
40週4日でした
12/18(水)
前回の記事を書いた日は、
誘発分娩で入院する1日前でした。
普通に過ごして、パソコンするかぁと意気込んだものの、
左骨盤の激痛再び。
横になってひたすら耐える。
でもこれって陣痛でも何でもないしなぁ…と思いつつ、30分くらい経ったらおさまった。
その後は前駆陣痛っぽい痛みがありながらも、お風呂入ったり夕飯食べたりして過ごし、
前駆陣痛の痛みの間隔が10分より短くなったので、痛みレベルは全然だけど
骨盤激痛もあったし、念のため病院に電話。
「心配なら念のため来てください」と言われ21時ごろ病院へ到着。
モニターつけると、定期的にお腹がはっていて
お医者さんも
「前駆陣痛じゃなくて陣痛ですね。もう入院しましょう」
となり
誘発分娩に関するもろもろの説明や、帝王切開の可能性、輸血の可能性などの同意書にサインをし、
そのまま入院。
入院時の内診では子宮口ガチガチ。
(↑もう何週間もこれ言われ続けてる)
ただ、陣痛はきてるということで
いきなり陣痛室へ。
点滴投与され、誰もいない部屋で心細かった

(このタイミングで、主人に部屋に一緒にいてもらって声かけとか手握ってもらえたら良かったのになぁ)
え???
陣痛なのこれ?って感じだったけど、だんだん痛みが増してきた。
途中、トイレに行ったんだけど
トイレ移動中に陣痛が来て動けなくなって、
トイレ中にも陣痛来て動けなくなって、
トイレ行くだけでも30分くらいかかってしまった。
ただ、その日は明け方陣痛間隔が少し空いてしまい終了。
12/19(木)
陣痛が遠のいたので陣痛室から大部屋へ移動。
内診では子宮口3cmとなり、状態もだいぶ良くなってきたということで
当初予定していたバルーンは、予想より子宮口が開いてきてるということで行わず。
ただ、子宮口の位置がが後ろすぎるとのこと。
この日もひたすら陣痛に耐える。
陣痛来たら深呼吸したり、立ち止まったりしながら、合間にスクワットや院内を歩いたりして陣痛を促す。
夜になってなかなかいかついかんじの陣痛になってきたので再び陣痛室へ。
夜通し陣痛と格闘。
助産師さんとかついててくれるのかなと思ったらまさかの陣痛室にひとり。
心細すぎ〜🤣
(大学病院は割とこういう感じらしいですね)
助産師さんに泣きついて
「すみません1人で陣痛耐えるのしんどいです、ここにいてください」
どんどん痛みが強くなって耐えるのがしんどくて自分の髪引っ張ったり腕つねったりして耐える。
さすがにずっと寝れてなくて体力なくなってきて、明け方は陣痛の間に寝てしまい、陣痛が少し遠のいてしまった。
子宮口も3cmのまま。
12/20(金)
6:00
子宮口6cmまで開く。
お医者さんから、
「これを逃したら体力的に母体が危なくなり帝王切開になるので、促進剤で今日中に産みましょう」
と言われ、促進剤投与開始。
10:00
そっからは急激に陣痛が強くなり、陣痛のたびにジェットコースターで落ちてる時のような叫び声があがってしまう。
もはや過強陣痛なんじゃないの!?!?ってくらい、一気に痛みのレベルが加速。
助産師さんに「叫ぶんじゃなくて、呼吸だよ!!」と言われても苦しすぎて叫びが止まらない。
いきみたい感覚も出てきて、ついいきんでしまうが、助産師さんがテニスボール?で抑えてきて「まだだよ!我慢して!」と。
いや我慢できないってぇ、と思いつつ
この世の終わりのような陣痛に耐える。
この間、一度だけ耐えかねてナースコールを押した。とにかく痛い、やばい、と。
12/20 12:00
やっと子宮口全開大になり、陣痛室から分娩室へ移動。
この移動がしんどすぎた。
点滴につかまりながらなんとか移動するも、途中で陣痛来て廊下で
「ウワアアアアアア」と雄叫びをあげてうずくまってしまいながら
なんとか分娩室到着。
分娩台に上がるも、倒れ込むような形でなんとか上がったので向きがおかしいままで
助産師さんたちに笑われながら
「⚪︎⚪︎さん、そんなに斜めってたら赤ちゃん取り出せないから頑張って動こう!」と
位置を調整される。
(今考えればガタイの良い私がわけわかんない方向に、まるで冷凍された巨大マグロのように横たわってしまってすみませんでしたって気持ち。)
13:30
痛みがMAX
もう、どうにもこうにもいきみを回避できずふんばってしまう。
(よく、💩が出るような感覚と言いますが本当そうだった)
助産師さんからも、もういきんでいいよと言われ
陣痛のたびにいきむも、なかなか赤ちゃん出てこれず。
その状態で医師の内診。
(これしんどすぎた)
「子宮口は開いてきてるんだけど、なんでだろう?なかなか赤ちゃん出づらい様子だね。最悪お腹切るのも考慮しないとだね」
と言われる。
助産師さんの内診でも、医師の内診でも、
5、6人たぶん見てもらったんだけど全員に
「あれ???なかなか赤ちゃんの頭に触らないな?」
みたいなことを言われた
(あとあと聞いたところ、下半身に筋肉がありすぎて、子宮のほうも筋肉でガチガチになってて帝王切開にするかどうかギリギリのお産だったらしい。たまにアスリートとか、鍛えてる人でこういうケースがあるとのこと。
私は妊娠前、ジムで筋トレを日課にしていたこと、もともとずっと運動部で筋肉質だった)
そのまま1時間ちょい、もう声が枯れるまで叫び倒して
いきんでるのに赤ちゃん全然出てこれないという状態が続く。
13:55
主人が分娩室に到着。
何度かいきむも、赤ちゃんが出てこれない。
赤ちゃんのほうのモニターから、心拍低下?のアラートが鳴り始める。
医師「赤ちゃんが危なくなってきているので、頑張っていきんで出しましょう。
吸引分娩という形をとります。ご了承ください」
と言われ、私はもう答える気力もなく
なんとかうなずく。
私は酸素マスクを装着される
思い描いていた立ち会い分娩は、陣痛来たら背中さすってもらうとか、合間に飲み物飲ませてもらうとか、手を握ってもらうとかだったけど
もうそういうフェーズではなく
主人は私の後ろに立って「呼吸意識して!もう少しだよ」などと声かけしてくれた。
14:02
吸引分娩にて出産。
出産の瞬間は、もう痛いとかそういうのはなかった。よく「鼻からスイカ」とか言うけど全然そんなんじゃなかった。
お産でいちばん苦しいのは陣痛だった。
産む前は「静かなお産」を描いていたけど、それとはかけはなれたお産となってしまった。
ただ、最後いきむときだけは声を出さず、サンシャイン池崎のごとく目を見開いて赤ちゃんを出すことに力を全力投入できたと思う。
すぐに泣き声が聞こえて安心するも、私の身体はもう全然動かず、
廊下のほうから赤ちゃんの泣き声と、主人が「良かったねぇ〜かわいいねぇ〜」とスマホで写真撮ってくれてる声だけ聞こえてきてた。
会陰切開&会陰裂傷が酷く、縫うのにかなり時間かかった。
30分以上分娩台で縫われてたんじゃないかな???
途中で少しだけ赤ちゃん見せてもらった。
カンガルーケアとか、抱っことか全然できる状況じゃなかったので、分娩台で縫われてるなか
赤ちゃんを横付けしてもらって少し一緒に過ごした。
健診で言われていた推定体重よりも300g重く、
予定日超過していたせいか、よくいう「ガッツ石松」「シワシワのおじいちゃん」みたいな風貌ではなく、
新生児にしてはかなりしっかりしてるなという印象。
助産師さんにも「産まれたてにしてはかなり目鼻立ちハッキリしてて整ってるねー」と言われた(皆に言ってるかもだけどw)
また、出血量が多く、平均500mlくらいのところ
私は1リットル以上出血したため、貧血で倒れる可能性を考慮してその日は尿道にカテーテルを入れ、ベッドで安静となった。
車椅子で陣痛室に移動し、主人、母親、赤ちゃんと対面。
30分くらい写真撮ったり話したりして、私は大部屋のベッドへ移動。
その日は産後ハイになることなく、意外とちゃんと眠れた。
ただ、会陰を縫ってもらったところが痛くて痛くて、
その後もただベッドに横になってるだけでも縫ったところが痛く、最初のトイレは本当におそるおそるでした。(しかも出なかった、その後もしばらく尿意もどらず)
咳したり鼻かんだりするのも会陰の傷に響く。
ちなみに、いわゆる「バースプラン」は妊婦健診時に聞かれたので
・胎盤が見たい
・なるべく助産師さんに側にいてほしい
と言いましたが、どちらも叶わずでしたw
↑こういうのは多分個人病院のほうがしっかり聞いてくれるんだと思います

私の場合は精神疾患持ちのハイリスク妊婦だったので大学病院しか選択肢がなく。。
ただ、大学病院は「母子ともどもイレギュラーなことがあっても対応してもらいやすい」という安心感はありました。
産後のお祝膳などは一切なく、病院食はだいぶ薄味で正直美味しくはなかったです

今回初めて出産してみて、
次回もし産むことがあるなら、無痛分娩が良いなと強く思いました…
あの痛みは二度と経験したくない…
それと、こんなに大きな赤ちゃんが自分のお腹のなかにいたのか、と驚きでした。
出産直後の体重は83kg→78kgと5kgしか減っていなかったw
そんなもんなのかな??
いやぁとにかく壮絶でした。