摂食障害になった171cm75kg文系SEのダイエットニッキ -205ページ目

摂食障害になった171cm75kg文系SEのダイエットニッキ

75kg→55kgダイエット後、摂食障害となり78kgまでリバウンド。現在寛解中

2024年12月 第1子誕生
実家とトラブルで絶縁状態。
産後うつ&コロナ後遺症で83kg→現在60kg

ダイエットのこと、日常のことを書きます。

日曜日。

9:30頃母方の実家へ到着。
だがしかし誰もいない・・・ばあちゃんまでどこかにいなくなってしまったかと
不安になっていたら裏の畑から登場。
朝から畑仕事していて、そのタフさに脱帽。

10:00ちょい過ぎ、東京から母の弟が到着。
母の弟は40代後半だが年始に婚約が決まった。お嫁さんも一緒に来ていて
挨拶をした。34歳くらいの若そうな人。

母と母の弟はじいちゃんの今後について話し合っているようだった。
日本語に難ありな母親。。医療の仕事をしていたのでCT画像や本人の様子を見て
なんとなく病状を察しているようだが、それを説明するのに一苦労。
かたや母の弟は理屈っぽくて曖昧な表現を避けたがる。
「お姉ちゃんは指示語が多くてよく分かんないんだよね」とイライラ。

母の弟は病状を細かく聞いて、知り合いのお医者さんたちにセカンドオピニオンをして
もらおうと考えていた。
母的には、あと2~3か月な気がするから後はもう緩和ケアしかないという意見。
延々と話し合いをしている中、ばあちゃんの兄弟がぞろぞろやってきた。

ばあちゃんは8人兄弟の長女。一番下とは19歳差。
・・・で、この兄弟たちが喋る喋る。
マシンガントークってこのことか。
来た瞬間部屋中に笑い声が響き渡る。これからお見舞いに行くというのに
ピザやらケーキやら沢山買ってきて談笑が始まった。

午後2時ごろ、ようやく病院へ出発。
じいちゃんはナースステーションから車いすで出てきた。
昨日みたいに「痛い痛い」と苦しんでいる様子ではなかったが
うつろな表情で、自分がどこにいるのか、何をしているのか
よく分かっていない感じだった。
さっきまでゲラゲラ盛り上がっていた親戚一同も静かに見守っていた。


母の弟は、また退院して普通の暮らしが出来るんじゃないかと期待していた
ようだったけど、実際の姿を見て落胆していた。

母は仕事柄手慣れた手つきでお世話をしたり話しかけたりしていた。
母のことはかろうじて分かっているようで、問いかけに反応していた。
唯一聞き取れた会話は
「アコーディオンを弾く奴はバカだ」
いやいやじいちゃんもアコーディオンやってたじゃんw
この不意打ちには笑った。

ばあちゃんは話かけることなく涙を浮かべていた。
「あんな頑固でワガママな人だったけど、急にこんなになっちゃうと
かわいそうで見てらんない」とのこと。

じいちゃんは最初目を開けていたけど、しばらくすると下を向いてぼーっとしてしまっていたので
少し休ませてあげることにして病院を出た。



昨日の夜は実家に帰って、そのまま寝てしまい朝新幹線出社。
新幹線に乗った瞬間爆睡したので東京にワープしたかのような感覚w
まぁでも一番疲れてるのはばあちゃんや母親だからね
私は私の生活をきちんとこなさなくては。。



それにしてもねーむいぜーーーーー!


 



じいちゃんのお見舞いに行ってきた。


2週間前くらいまでは普通に会話出来てご飯も食べられてたのに
今日は殆ど会話は出来ず。。
あんな饒舌でおしゃべり好きだったじいちゃんの寝たきりの姿を見るのは辛い。


ずっと「痛い痛い」と言っていて見ていられなかった。
余命半年みたいだけど目の当たりにしたらそんなに持つのかも分からないように思えた。
腎臓の末期がんは骨転移すると想像を絶する痛みらしい。もうモルヒネを使ってもいい段階なんじゃないかなぁ…


意識がちょっと朦朧としていて私の事も認識していたか微妙汗
とりあえず声かけてお水飲ませてあげて、何言ってるか分からなかったけどうんうん頷くことしか出来なかった。


母親が取り乱していてどうサポートすればいいのやら(ノ_-。)汗汗




ばあちゃんがリンゴをむいてくれました。

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いつもお洒落なばあちゃん。ばあちゃんとは服の趣味が合うのでお下がりを着たりもします。

ばあちゃん自身も乳がんと肺がんをしているので、あまり無理しないでほしいな。


人間って必ず終わりがある生き物なんだよね
なんで生まれてくるんだろ!?何の為に生きてるんだろ!?




今日はこのまま栃木に残り明日またお見舞いに行きます。




じいちゃん。。。



特に転んだりしていないのに骨折。
それと、ここ最近食欲不振が続いていた。


近所の病院に行ったら精密検査を勧められ、そこで告げられた病名は

「末期の腎臓がん」

でした。



骨折の原因は腎臓の腫瘍によるもので、既に骨などにも転移してしまっており手の施しようがない。
余命半年とのこと。
腎臓がんは初期段階では殆ど症状がなく、じいちゃんのように骨折とか血尿、食欲不振などが出てきている段階はもう病気が相当進んでしまっているんだとか。



お医者さんは即入院させたかったようなんですが、
「俺を病気だときめつけるな!帰る!」と帰ってしまったらしい。。
でかでかと腫瘍が映っているのに断じて認めない祖父。。
というわけで在宅で余生を過ごすことになりました。


前々から前立腺の腫れとか高血圧とか色々と症状はあったようですが
なんせ頑固で短気な祖父なので、お医者さんが何を言おうと聞く耳を持ちません。

母は「お父さんは頑固だからしょうがない。認知症っぽい症状も出てきていたし、前向きに考えれば介護が長く続くよりかはリミットが決まっていたほうが気持ちが楽かもしれない」
と言ってました。

本心半分、強がり半分ってところですかね。心中全てを察することは出来ませんがきっと母も色々と悩んでることでしょう。
父方の祖父の介護のときも親族間でトラブルがあったり、亡くなってからも財産分与でもめたりしたからね…



いやぁそれにしてもドラマで余命宣告は見たことあったけど、まさか身内がされるとは。
今は悲しいという感情があまり湧いてこなくて、ただただ驚いています。




ばあちゃんとは頻繁に文通をしており、ちょうど手紙を書いてるときに連絡を受けました。

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手紙に同封する予定のアルバムをペラペラとめくりながら、写真で映した風景ってほんの一瞬なんだなぁ……時間はどんどん進んでいくんだなぁ……としんみりしてしまいました。


まあでも私がどうこうできる問題じゃないし、母や祖母のサポートのほうも考えておかないとね。。










こんばんは。
行きつけのカフェからの投稿です。
今日は午後から外出&直帰でPCをたまたま持っていたので・・・。





会議前に資料の内容にて社内でプチバトルが勃発し、結局内容変更が出たため
出発5分前に資料を差し替えました。
そんなこんなでお昼ごはんを食べる暇がなかったのでコーヒーが沁みました。






私は先輩方のバトルを傍目で見ていただけなのですが、
こういう傍目で見ている何気ない光景も、もし自分が当事者だと考えると
少しゾッとしてしまいます。





人と話すことすら儘ならないのに、口論なんてとてもじゃないけど出来ない。
強い口調で迫られたら黙り込んでしまうでしょう。。。





職場で自分の意見を言う。。。

わたしには到底できません。






昨日、日光に行く前に夜ご飯を食べました。

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宇都宮市東戸祭にある、パンケーキファクトリー。
県庁の近くにあります。


混雑しており30分くらい待ちました。
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店内は広々。
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席は120分制でした。
土日は予約して行ったほうがいいかも。


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エッグスシングスを彷彿とさせるパンケーキ(¥1800)
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2~3人で食べるくらいでちょうどいい量です。
メープルシロップをかけるとしっとりして美味しかったです。


パンケーキ以外にも色んなメニューがあります。
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手前に写っているサーモンとアボカドのロミロミが美味しかった。
香草とソースがいい味出してます。



料理が美味しく、駐車場も広々としており店内の雰囲気も良いので
ここはリピートしたいお店です。