この手の絵画は、時間がかかるので、お坊さんになったかのような禁欲的な生活の中で作成
自分の仕事が自宅の部屋で済んでしまうなんて、昔は考えもしなかった。毎日、片道2時間以上の時間をかけて通勤していた頃が嘘のようだ。だからたまに、会社に行くことになると、前日は早く眠らなければならないし、けっこうな負担を感じる。ちなみにぼくは毎日、3:00頃に寝て8:00に起きている。
それで、先日目黒にある会社にひさしぶりに出社したときに、よく飲みに行った会社の同僚がいたので、帰りに近くの居酒屋で飲んだ。彼はぼくと同じように、定年退職後に同じ会社に時間給の形で働いている。
彼は、ハイボールを飲みながらこう言った。
「年を取るといいことが一つもないなぁ」
年を取って、糖尿病で眼の調子が悪く、鼻の調子も悪くて、いつも病院に行っているという。
そのようなことを言われても、ぼくには返す言葉もなく、確かにいいことはないのだけれど、今のところそこまで絶望的な気持ちではない。朝、起きたとき体は痛いし気分も最悪だけれど、病院にいくほどでもないし、コロナで飲む機会もなくなって、相当につまんないかと思ったら、それなりにやり過ごせてしまう事がわかった。
面白い毎日ではないけれど、落胆するほど追い詰められてもいないといったところか。もちろん若いときの方が一日に起伏があって面白かった。でも、優れたドラマや映画を観て元気になれるし、まだ絵も文章も描ける。だからなんとか明日も生きていけそうな気持になっている。
紀行文学「深夜特急」が累計600万部を超えて売れたという沢木耕太郎のインタビュー記事での言葉が心に響く。
大越健介キャスターの「年齢を重ねる辛さみたいなものと、どう折り合いをつけていくのでしょうか」という質問にこう答えている。
「自分に一生、楽しめることが、1個、見つかっていれば、さまざまなものを失っていくだろうけど、その1個だけ失わなければ、耐えられると思う。僕にとっては『読むこと』と『書くこと』が最後に残ったんだと思う。それがあれば、友人を失い、僕の肉体的な能力を少しずつ失っていっても支えられる」
参照:「楽しめること1個を見つける」“晩年を生きる美学”作家・沢木耕太郎に聞く
