ひさびさに強烈な犯罪ドキュメントに出会ったので、その本の紹介を・・・。
新潮文庫で出ていて、作家は森功(いさお)氏。題名は『黒い看護婦(福岡四人組保険金連続殺人)』。
事件は、平成10年~平成14年(1998年~2002年)のことで、本来ならば命を守るべき看護婦4人のグループによって、繰り返された犯行。
医療知識を用いて仲間の夫をその手で殺していった連続保険金殺人事件、その中年看護婦のグループは同性愛の関係にあった。福岡県久留米市で起きた看護婦の殺人事件に関して、ぼくはそんなふうに記憶していた。
但し、全員レズビアンの関係ではなく、主犯の吉田純子と堤美由紀の二人がレズの関係であった事が本を読んでわかった。
女王然として三人を従えていた吉田純子の性欲に、堤美由紀がいやいや従っていたというのが実情らしい。4人はかつて同じ看護学校に通っていた看護婦仲間だった。
その4人のなかで、なによりも強烈なのは吉田純子のキャラクター。久留米市の高級マンションの同じ欄に住み、純子は最上階にプライベートルームを所有していた。三人を自由自在に扱って、生命保険などで手にした金額は二億円にものぼるという。
法務省の主任研究官で心理学者の小柳武氏は「夫は保険金目当ての事件についてターゲットとして狙われやすい」と話す。
「大半の夫は妻よりも高い生命保険に入っています。また、夫は妻がいきなり暴力を振るったりするはずがないと油断しているので、今回の事件でも別居中の夫は妻から呼び出され出かけている。この事件はほぼ完璧な完全犯罪で、犯罪手口などから発覚したのではなく、犯罪行為とは関係ない人間関係から発覚しただけです」
純子の人をだます手口は、とても幼稚な手口だ。それにもかかわらず、彼女の周りの人物は次々に彼女のトリックに引っかかりお金をだましとられていく。
吉田純子は、架空の人物をしたてあげ、背後に暴力団関係がいると匂わす。その発言により、百万以上の金額を払う事になるのだが、当人は純子の発言が真実かどうか確かめようともしない。
一番わからないのは、女同士の行為で妊娠したと言って、堤美由紀にさらに体を要求するところだ。なぜ看護婦である堤美由紀が、この『女性同士で妊娠』のとんでもない説にだまされるのか。
美由紀は、”あなたの子供をやどしたみたい”と純子に言われて、最初は信じなかった。 「ご主人の子供やなかと?」「主人とはずっとしとらんけん、それはありえんばい」。
さらに純子はこうも説明した。
「診てもらったんは九大病院の葉山教授ていうドクターたい。先生の知り合いでもあるけん、間違いなか。女性同士で妊娠した例は、過去にニ、三件あるらしいよ。私で四例目げな。世界的な研究になるて言うとったよ」
純子は、この妊娠説を最大限に利用し、妊娠中だからと言っては、美由紀に家事一切を押し付けた。なによりも効果を発揮したのが、美由紀を求めるときだったという。
「先生がね。子宮内の羊水が減っているから潤さんといけん、て言いよんなると。セックスして潤す意外になか、て」純子はネコなで声を出して言った。
「それにね美由紀、母体がエクスタシーを何度も感じたら、胎児の知能指数があがるげな。逆に感じんけりゃあ、知能指数が下がるらしか。」
純子は美由紀にスカートをはくことを禁じ、香水も男性用のものを強制したという。純子の性をせがむ理由などは、あまりに突拍子な発想で、笑ってしまいそうだ。
そして、彼女の凶暴性も性欲に負けず劣らずすさまじい。怒ったときの純子は完全に目がすわる。それが異様な迫力を生んだ。彼女のやり方は必ず相手を座らせ、見下ろしながらいたぶる。娘たちは土下座させられ、平手か拳で真上から頭や顔を殴打された。
「あんまりいい音がせんね」そう言いながら、何度でも殴る。声を出すと、さらに純子が興奮することがわかっているため、娘たちも必死に痛みに耐えた。鼻血が噴きだし、顔が腫れあがる。
なぜこのような、複雑怪奇な吉田純子という人物が出来てしまったのか?精神科医の岩波明氏は解説でこう述べている。
「私の専門である精神医学的には、異常者としての吉田純子という人物がもっとも興味深かった。本書は生来の犯罪者ともいうべき彼女の姿を、あますことなく描ききっている。
ただ不思議に思うのは、著者が吉田純子の犯罪を非常にクールに記述している点である。これはジャーナリストとしてのバランス感覚によるものであろうが、彼女の邪悪さに強く魅かれていた裏返しかもしれない。強烈な「悪」は、それに近づくものを魅了しとりこんでしまうものだからである。」
「黒い看護婦」は、「金」と「性」に異常な執着を示す吉田純子の強烈・キャラクターに引っ張られ、夢中で読んでしまう本だ。また彼女にだまされ、夫殺しに加担してしまった看護婦仲間も実は怖い。人間は自分自身を持っているようで、実はその心も判断力も、とても頼りないものなのではないかと思ってしまう。
ぼくにはこの本は、支配と従属の奇妙な怖さを読んで味わえる特別な一冊となった。