● 会社に半年ぶりに、結婚して妊娠して産休にはいっていた花田さんがくる。
花田さんは、一時的に返却の為、使っていたパソコンを持ってきた。お腹もだいぶ大きくなっていよいよ本格的に長期の休暇に入る。復帰は来年の10月だという。
とても明るい人だ。せっかくの長いお別れにもってきたおせんべいも、こんなにみんな在宅勤務だと、持ってきたかいがないというものだ。
大きなお腹をぼくに差し出し、「願掛けしてちょうだい。」と、なでさせてくれた。花田さんが来た瞬間、会社の中が明るくなって、そのまま、またいなくなって、明るさがしぼんだ。
明るい人は貴重だと、自分を省りみてますます想う。
●「昭和のテレビ王」という文庫本をブックオフで買った。それを読み終える。
テレビ草創期から深くかかわった11人のインタビューをまとめた本。
森光子のインタビューでは、「3時のあなた」で司会をしていたときのエピソードがこころに残った。
昭和56年、石原裕次郎が慶応病院に入院し、その直前に森光子は渡哲也にインタビューした。
「そしたら渡さんが、”石原が死んだら、私も殉死します”とおっしゃるんですね。私、一瞬、絶句してしまって”そんなこと、言わないでください”と、けんめいになだめたことを覚えています」
昭和59年の夏には、田中角栄元首相に、軽井沢でインタビューした。元首相が病気で倒れる6か月前のことであった。
「初めて上京されたとき、汽車の窓から見た、畑仕事をしてらっしゃったお母さまが手を振る姿が、まぶたに残っているという話とか、もう少しあとにお姉さまが亡くなられたときの話とか・・・・・。もう涙を流しながら、そばにあるおしぼりで、クルンと顔をね、お拭きになるんですよ。私は、ああいう剛毅な方だから、涙なんか流されないだろうと思っていたので、不意をつかれておろおろしました」
その、森光子をはじめとして石原裕次郎も渡哲也も田中角栄も、もうこの世にいない。
と、思うと自分もずいぶん年をとったものだと、改めて気づかされる。