NHK朝ドラ『ブラッサム』が9月28日にスタートしました。作家・宇野千代さんをモデルに、明治から昭和にかけて自由に生きた女性作家の半生を描く作品です。原作はなく、フィクションとして制作されています。
タイトルの「ブラッサム(blossom)」には、「花が咲き誇れ」という思いが込められています。主人公が自分自身を肯定し、奮い立たせるための言葉でもあるそうです。
もう一つの意味として込められているのが、チェリー・ブラッサム、つまり「桜」です。桜は宇野千代さんのトレードマークとして知られています。着物はもちろん、赤いちゃんちゃんこに至るまで、さまざまな桜のデザインを手がけました。
小説やファッションを通して、人々に幸せを届けた宇野さん。その天真らんまんな生き方は、まさに「花咲かおばあちゃん」と呼びたくなるような人物像にも重なります。
● 父親・清治の存在感
月曜日から金曜日までの5話を見て、まず強く印象に残ったのが、主人公・葉野珠の父親、清治(渡部篤郎)の存在感です。あまりにも強烈なキャラクターだけに、現時点では主人公の珠以上に、清治の言動から目が離せません。
第1話では、幼い珠(村上蘭)に、大雨の中を素足でカナリアの餌を買いに行かせる場面が描かれました。放送後、SNSでは「朝ドラの歴史に残る最悪の父親が誕生」といった声も上がったといいます。
では、珠のモデルとなった宇野千代さんの父親は、実際にはどのような人物だったのでしょうか。
宇野千代さんは1897年、現在の山口県岩国市に生まれました。父親の宇野俊次さんは、実家が造り酒屋を営む裕福な家の出身でした。
千代さんの母・トモさんは、千代さんが1歳半のときに肺結核で亡くなっています。その翌年、父・俊次さんは17歳だった佐伯リュウさんを後妻に迎えました。
● 「放蕩を極めた」人物
千代さんが後年振り返った父親の姿は、非常に強烈なものでした。千代さんは父について、「バルザックかドストエフスキーの小説にしか出て来ないような一種の奇人ないし狂人」と表現しています。
俊次さんは何頭もの馬を飼って競馬に出したり、博打に興じたりするなど、道楽に明け暮れていました。各地を放浪した末、博打で財産を使い果たしてしまいます。無一文になった後も、本家からの送金を頼りに生活していたといい、千代さんの言葉を借りれば、まさに「放蕩を極めた」人物でした。
ところが、家庭では子どもたちに非常に厳しく、スパルタ式の教育を施していました。幼い千代さんにとって、父親に絶対服従することは当たり前でした。学校から帰って友達と遊ぶことも許されず、父親から言いつけられた用事をこなす日々を送っていたといいます。
さらに、父は千代さんが雑誌や新聞を読むことも禁じていました。文学に興味を持ち始めていた千代さんは、それでも読むことを諦めませんでした。父親に隠れて厠(かわや)へ行くふりをし、新聞や雑誌を読んでいたそうです。
千代さんは後年、「草履は腐るが足は腐らんと言って、雪の日に、学校へ行くのに裸足で行かせた」とも回想しています。
このエピソードを考えると、ドラマで描かれた「大雨の中、幼い珠を裸足で使いに出す」という場面も、実在した父親の振る舞いを参考にしたものと思われます。
● 「私は涙を滝のように流したが、何となく嬉しかった」
1913年、父・俊次さんは57歳で亡くなりました。当時、千代さんは15歳でした。後年、千代さんは父親の死について、次のように振り返っています。
「父親が死んだ。私は涙を滝のように流したが、やはり何となく嬉しかった。私はもうどんなことでもできる」
父親という大きな存在から解放された千代さんは、やがて小説をむさぼるように読むようになります。そして、詩や散文を雑誌に投稿するようになりました。
父親の死を境に、千代さんの人生は大きく動き始めたともいえます。第1週の放送では、視聴者に強烈な印象を残した清治。今後、珠との関係はどのように変化していくのでしょうか。そして、清治という存在を通して、主人公・珠がどのような人生を歩み始めるのか。これからの展開にも注目したいところです。
参照:『ブラッサム』渡部篤郎演じる「朝ドラ史上最悪の父」雪の日に子どもに裸足で…
朝ドラ《ブラッサム》「父の死がうれしかった」涙を流しながらも宇野千代が抱いた"思い"
