つづきです('`)今回は3部作でした・・。なんかつまんない話ですいませそorz






ついに今いる院から離れることが決定的となりました。






理由は様々ありますが、他の人からみりゃ挫折にしか見えないだろう・・・。よく廊下で話しかけてくれる先生方や、他の研究室の先輩たちにもなんか申し訳がない気分だ。それと”やっぱり他分野のやつは駄目だったか”と思われるのも悔しくもあるが、仕方がない。実際に、自分の時間が余りに持てないというのもきっかけの一因ではある。







ちなみにきっかけと辞めたい理由はまた違いますね。いろいろ揺れていたところに、針を傾けさせていくのがきっかけです。












他分野にきたのは挑戦という意志が強くあったからというわけではないしすでに学部時代からそういう想い(自分の時間が持ちたいという甘い考え)がすでに俺の中にはあった。だから挫折というのならば、すでに昔の時点で挫折している。だからもう理系が嫌なんだ。父の影響力を直に受ける(シカトできない)といってもそれは今に始まったことではないし、自分の時間が少しでもありゃぁ院は割り切って、やりたいことと両立しようなんて当初は思っていたものだから、自分の時間がないというのもその一因で、きっかけとしては一番大きいし、確かにコレは挫折と言われても仕方がない。元々どんな分野に行くにしろ、その先に就職をみていて、学者になるつもりではない・・・まぁ大抵の院生はその先に就職を見ていると思うが、その上俺の場合はしたいことが企画やらなにやらでもう理系とか関係ナッシング・・さらに明確で具体的な企業のイメージがない、つまり夢がない俺にとって、こまま行くということは、それこそ後悔してしまうだろう。本当はまぁ上にもあるように、院は院、プライベートはプライベートで・・・って両立させるのが一番だったんですが、俺の能力じゃちと無理でしたorz








先生が嫌・・・というのは、それだけじゃないけれど、それも確かにきっかけの一つである。理不尽なのには慣れているし、自分が育った環境的にも”先生というのはそういうものだ”というのは染み付いている。だから、父や母が当初思っていたように、コレだけでやめるということはまず俺にはない。研究テーマしかいわれてないのに一晩でパワーポイント作って来いだとか、土日も来ないと駄目だとかはそれはまぁ別に仕方がないと思っている。院は辛く、企業はそれ以上に辛い・・理系ならばなおさらと言う認識はある。そういう先生もいるだろうその先に就職を見て、学者になるつもりではない俺にとってはちょっとアレな感じではあったがまぁ仕方がない。ただでかくなっただけの学生に見えても、社会にでりゃそういうやつもいるだろう・・・。今回やめるやつが言うことではないが、割と俺は辛抱強いほうではあります。








父や母・・家族の前では常に明るく勤め、言われたことをある程度こなしてきた俺。父は根本的に押し付けているという自覚はない。つまりは、結果的に親父の意志=俺の意志だと思っている。だから院進学も相当の圧力をかけていたが、俺の本意で進んだとみて、それがあるから”先生が嫌”というのが考えられる中でもっともソレらしい理由だったんだろう。親父の中には”若い先生は駄目!”ってのがあるみたいで、それに加えてどこで聞いたのか”俺が今いる大学の評判は悪い!”というのが頭にあるらしく、それも手伝っているみたいだった。











本意ではなかったといっても、無論、完全に嫌というわけではなかった。確かに嫌だ~とかめんどくせぇなぁとかはあったけど、そんなの学部のときと変わらないし、むしろ俺なんて今まで好きなことをやってきたという方がない(←やりたいことがなかったということにも由来する)。言ってしまえばどうでもよかったんだ。ただし、学部のときよりは確かに嫌だった。なんせ、学部での就活を考え行動していたし、そのための学科選びだったから。










って、理由の一つ一つを書くともうまた3部作どころじゃないので、次に行きます(・∀・)







俺は出会い運は相当いい。








前も書いたが、俺が出会う人はいつも俺にとって、とても良い経験を与えてくれるし、その人の世界を知ることができるのは俺にとってもでかく、そしてなにより、良い人達ばかりだった。








院を去ることに当たって、先生に言うとかそういうのは確かに苦痛だけど、もっとも心が痛いのは、世話になった人達に対する想いだ。






挫折したととられても全然かまわないし、なんと思われても仕方がない・・。でも、本当に申し訳なく思う。







俺はなんか人に借りを作ることが好きではない。それは昔っからそうで、学部時代なんかは友人に”もう少し人を利用してもいいんじゃないか?”なんて真剣に議論されるほどだった。助けてもらったりして、恩を感じたら必ず返す。それが俺の信条。俺のような人間を助けてくれるんだから、当然感じることだし、自分が出来る人間なら助けなんて元より必要ないし。






今はその比じゃないくらいに研究室の人らには聞いているし、助けてもらっている。先日、なんか瓶の場所を聞いただけで先生にバカ呼ばわりされたけど、結局アレもわざわざ研究室の人が助けにきてくれて、本当に感謝しているし、申し訳なく思う。








人に対してキレたことがほっとんどない俺。きれ方すらわからない。でもこの先生にはちょっと切れそうになったりしたことは少なくない。そんなときでさえいつもサポートしてくれる。







かつてこんなにも世話を焼いてくれた・・いや、焼かせてしまった人達は他にいない。おそらく俺の短い人生なかで物心ついてから、(家族とかぬかすと)コレほどまでに迷惑と、そして助けてもらったことはないだろう。






特に、俺の先生についている研究員さんたち、ついでに博士先輩。








このお三方には本当に心の底からの感謝と、そして心の底から申し訳ないと思う。









正直、自分を恥じる。







感謝の言葉が見つからないというのは、まさにこのことを言うのだろうし、どれだけ感謝してもしたりない。もちろん研究室の他の面々についてもそうだ。本当に・・・会わせる顔もない






逆に、これがあったから今の今まで、親にもやめたいとはなかなか言えなかったのもあったけれど、それほどまでに迷惑をかけてしまった。







助けてもらった。








とてもじゃないけれど、、









本当にいい人達だった。あの人達との出会いは俺にとってもいい参考になった。世代がちょっと離れ、企業の経験を経ているというのも、俺にとっては割りと興味深かったし、やっぱり考え方も同学年の連中とは違っていたしで、とてもためになった。







本当にいい人達だった。








この恩は絶対に忘れないし、これほどまでの恩を少しも返すこともできない自分の無力さにはほとほと嫌気もさす。








あの人たちがいたから、良い意味での今の俺がある。










本当にあの人達のおかげだ。











だからこそ、、胸が痛む。恩を無に返すどころか、理由はなんであれそこから立ち去ろうという自分の身勝手さに・・・。









すでに大分前から実験時は、心ここに非ず的な状態だった俺を突き動かしてくれたのも、この人たちだった。










なんと申し訳ないことか。







なんと感謝したらいいのだろう。











大学院を去るに当たって、もっとも心残りだったりする。








あとほんの少しの間も俺は迷惑をかけるだろう。片付け方とかも聞くかなきゃだし・・・先生はなんか人に聞くな!っていっていたけど、さすがに片付け方とかまるでわからないから聞かざるをえん・・・ちょっと話はそれるが、ちょっと前は”人に聞け。お前は人に聞かなさすぎる”とか言っていたのに、一体なにがあったんだろう・・・まぁいいか。








学部時代、俺に期待をしてくれた人ら、、そんなわけで俺の院はおしまいだ。まぁまた昔のとこにいくか~も知れないが、、










あぁ本当に、、研究室の人らにはなんていったらいいのか・・・。






そんな感じです。






ちなみに先生にいう時は多分またいろんなこと言ってくると思うけれど、もうなんかどうしようもないから、とりあえずは”やりたいことがみつかった。もう決めたことだ”という一言を繰り返し、伝えるとしよう。まぁ間違いなく苦言は飛び交うだろうな。親父以上にいってくるだろうなぁ。やれやれだぜ。






まぁ言われても確かに仕方がないんだけど。













そんなわけで、さめくん院を去る序章おしまいです~。まぁ今度から通常ブログに戻ろうかと思いますんで、よろしくです~(・∀・)。

つづきです('`)



父帰宅・・・くっ・・・相変わらずいいだせねぇ・・・。


















母が別室でその旨を伝える。眉間にしわを寄せ、こっちにくる親父。













気づけば居間に弟らの姿はない・・・。いつものながらこいつらの早さには感心する。まぁ俺も身を隠す人間ですが。












”先生が嫌だ”の理由一辺倒だと思っている親父。












手ごわいな・・・。













もう、そもそも理系職にもつきたくないんだ。僕は学部時代からそういう想いはあった。企画とかしてみたいんだ。















企画ってお前・・・・中退の人間が、、そんな職に就けるとでも思っているのかッ!結局、まともな職になんか就けやしないんだ!文系職にしたって、修士が必要だぞ!先生を変えてみるとかしろ!秋採用?そんなの中途採用じゃねぇか!









母が台所から口を挟む”もう22なんだから好きにさせてあげても・・・”












もう22って・・・、まだ22じゃねぇか!









一蹴・・・・。俺に向き直って







お前、全く学校に行ってないってわけじゃないんだぞ!?なのにいきなりってそんなバカげたはなしがあるか?そんなやつがドコにいる?










いつ学校に行かなくなってもおかしくないぜ・・・やる気的には。だが現実として、行かないほうが俺にはない。それはもう癖のようなものだ。そして、俺のために多大な時間と労力をかけてくれた研究員さんたちのおかげだ・・・文字通り、背中を押してくれている・・・あの人たちがくれた時間が今の院の俺を支えている。
















未来がないぞ!別の先生にも相談してだな・・・・















中途採用の方になんとまぁ失礼な発言だ・・・なんて思いつつも、これではやはりらちがあかない。中途採用が親父的には気に入らないみたいなので”秋採用”という言葉で代用しているがどうにもおさまらない。












(どうしても修士に、というならば)・・・元いた研究室にいってもいいと思っている。あそこはやっていることもおもしろいと思う。なによりすでに知っているし












”先生が嫌でやめる”と思っていて、部屋を変えろだなんて至難な業を要求されるよりマシだし、先にも書いたように、”期間”が空く。その期間こそがもっとも手に入れたい期間で、話し合いたい期間だ












ふむ・・・・と止まる親父。












止めにもう一つ刺しておくか、、









生物は僕にはあわなかった。だから部屋を変えてももう生物はしたくないんだ。










先に理系はしたくない・・・と、言ったが、親父は理系職を望んでいる。理系と言ってもたくさんあるし、特定の分野のみを出して、そこを潰す。これでまず、”先生変え”という提案を消す。










とまる親父・・・。なら仕方がないな・・・。よほど、前いた分野が気に入っているようだな。










だったら文系職なんかにつきたいなんていうかよ!さっき言っただろー!なんて思いつつも、”あぁ、よかったと思うよ。”










それに、生物そのものが駄目となると、確かに仕方がないな。どうもそう思っていたんだ。先生がいくら嫌でも、分野が少しでも楽しけりゃ行く・・・そういうものだ。特にお前は割りと頑張っているんじゃないか?それなら仕方がない・・・。そういう理由があったのか・・・。










もう理系が嫌 というのとなんかちょっと違うけど、納得してくれたようだ。









お前の大学は、後から聞いたんだがすごい評判が悪くてなぁ・・・心配していたんだ・・・










取り込んだな。。。次の話に入る。親父も落ち着き前向きに話を始めた。










学生便覧もってこい












まずはこのカウンセラーだかなんだかのとこにいって聞いたらどうだ?

そして、選択肢を聞くんだ。転科とかを・・・。










親父の”~したらどうだ?””~しろ”に等しい。”先生変え””先生に対する不満を相談しろ”なんて言っていた頃に比べりゃ随分マシだ。













だが、転科はありえない。まぁ転科できると聞いても興味あるとこなかった~って言えばいい。













”修士には行く意志ある”というのがどうやら親父には効いたらしい。












前いたとこの先生にも連絡を取ってだな・・・。で、とりあえずはこのなんとかセンターだかなんだかで、今後とるかどうかは別として、できる限りの選択肢を聞いてこい。ただし、今の大学に籍をおくことは大前提だ。









わかっている。それと、元いたとこに戻るならば試験勉強もしなくちゃ・・・。










そうだな。試験勉強だけじゃ暇だろう?その間に企業を探すというのはどうだ・・?












企業を目指す俺と、院に入ってもらいたい親父、おそらくは親父側もそれがあっての提案だろう。最初の方は、企業したい!という意志をおしだしていたし、なにより文系職だったからな・・。










企業はどのくらいの日時で入社できる?










それはしらない、企業による。(もちろん企業によるのは間違いないが、コレだとまた中途だとかなんだとかきかねないので)新卒で入社の場合も様々だよ。研修とかあるからね(と補足)。















ふむ、ならその2つで行こう。まずは聞いてこい。















わかった・・・。(めんどくせー!というより、絶対夏休みセンター開いてないだろ・・・私立とは違うからな・・・。)













以上により、大学院中退(正確には籍はあるけれど、いなくなるのは決定的)が決定しました。












続く。




先生”コレ、pH(←あのアルカリだか中性だかのやつね)7にあわせてきて・・・絶対に7は越すなよ。絶対にッ!!”






心配性な俺、そんなん言われたら余計に・・・(;'`)ドキドキ







うぅ・・・となりながらも、慎重に慎重~~~にpH7になるように試薬をたらしていく・・・・。むッ・・・あんまり変化しないな・・・。もっと濃い試薬をば・・・







と、していると、先生がやってくる。なにやってんだお前、こんな濃い試薬で・・・。






俺”いえまだ入れてませんが、薄いのはほとんど変化しなかったので・・・。”






先生”貸してみな”







”・・・・む、確かに変化しないな・・・。濃いヤツいってみるか・・・。変化しないな・・・・”










・・・・・・・・









pH7超えるどころかpH10いったーーーーーーー('`)!!









最初の台詞は俺じゃなくてこのための振りだったんですね!わかります!






というような笑い話もおいといて(まぁコレのせいで俺の時間が相当削られたのですが・・・)、こんにちは。”まさか瓶の位置を人に聞いただけでバカよばわりとは・・”さめくんです。








俺のブログのスタイルは当初・・・というか今もなんですが、基本的に人が来てくれればいいなぁというような、なんていうかだらだらと地味に人が集まるようなブログを意識した書き方をしています。学部時代の研究室で、”人の集まるブログはどんなブログなのか!”を話合ったことが懐かしい・・。関係ないけど、昨日の検索・・浣腸で俺のブログにくる人おおかったんだけども今度は浣腸ブログかよ。








で、真面目な話、鬱話、そもそも長い、(手前のブログだけど)独りよがりな文・・・・などは人がきにくいです。内容がどんなものでアレ長けりゃ、内容を見ずに飛ばしてしまいがちになったりもするし、ようは見ず知らずのブログなのですから、余計に他人事。自分に関する深い話などは、面白みの欠片もございません。。。と、いったところでしょう。そんな話を今回はこちらにします。お世話になった人も見るかもしれないので。








前置きとして、自分が如何に恵まれているかは理解しています。そして、俺は社会もしらない子供です。知識もなにもないですね。それこそ、若いだけがとり得の無知な人間です。そこらへんも兼ねて、”ふ~ん”程度に聞いてくれればいいです。










俺が院にきたこと、そもそもそれは本意ではなかった。








いや、”本意ではなかった”の言い方がまた難しい。強いていうならば、今の今まで、理系に進学したことすらも、親の意向が強く反映されていたのは確かだった。







夢を持たない俺は、反論すべくもなく、また性格上、そしてそういう育ちをした俺はそれを受け入れた。快くというわけでもないが、そこまで嫌々というわけではない。ただし、幅広い就職もでき、就職という点で見れば最強の学科を出、さらに近年ではもっとも就職の栄えた時期に、院進学を強く推し進められた時は正直参った。そういうメリットがあったから大学はそういう分野にいたし、それに学部時代は結構大変だったし、もう俺は随分前からもう勉強もしたくないと思っていたし、もう理系はちょっとな~って気持ちも表れてきていたからね~。









それでも、”コレだ!”っていう夢のない俺は、それを受け入れた。院そのものというよりかは、そういった自分の生き方にも疑問は感じざるを得ない。







まぁだから本気の本気で院に行くのがいや!ってわけではなかったし、最初のころは”入ったからには、やってやるーーー!(・∀・)”なんて気持ちもあったりしました。学部時代・・いやいままでだって、そんなにやる気満々でもなかったがなんとかやってきていたし、別にって思いもありましたが。









学部時代から揺れる心、、学部時代は”就職最強”の後押しと、”大卒”の肩書きを得んと・・・・・って全部話すと長くなるので下りは唐突におしまい。今日あった話だけをしますかね!












もはややる気は0。












おまけに今日の先生と来た日にゃもうほとほと付き合いきれん。やる気はもう結構前から0ではあったし、先生に付き合いきれないのも元々ですが・・・。これらは俺の揺れる心のきっかけを作ってくれた一要因でしかありません。今までもそうですが、俺はなにか一つだけの要因で、なにかを変えたりとかはまずありません。割と耐え忍ぶタイプです。それは心配性で臆病、安定志向ということも手伝ってますね。つまり院をやめたいという理由は、一つではない。一つではないからこそ、伝えるのがまた難しい。









、そして夏休みで寄生虫(帰省中)のがいる居間。はまだ帰ってきていない。もいる。







この前、この話を母にした時は母一人だった・・・。言うのには勇気がいた。





今回、久しぶりに弟達と話ていたのもあり、母にも前よりすんなり言えた。






そう、この話は2度目だった







最初に話たとき、母は意外にも理解者というよりはむしろ逆だった。ちなみに母は”先生がいやだから”と思っているらしい。ちなみに1回目の父との話合いのとき、母から話をきいた父もそう思っている。







弟と妹は今回初だった。こいつらはまた別で”やりたいこと”系の理由だと思っている。どちらかと言えばこいつらのが近い。まぁきっと世代の差なんだろう。妹は”俺に限って特定の人物が嫌でしかたなくやめたいというのはない”というような評価をくれていたが、家族の中の俺のイメージは実際とはかなり離れているので、根拠はまるでわからない。








今回、弟と妹がいて、そしてその雰囲気から母はこの前とはうって変わった態度を示した。最近、なにやらいろいろあって、母も人生について思うところがあったらしい。今回の母は弟と妹のおかげもあってか、”先生がいや”のほかに”やりたいこと”系の理由がプラスされていた。











こういう時、話題になるのが親父の対応。。うちでは親父が絶対だ。ともかく、それまでの家族の反応はこうだ









弟”俺なら好き勝手やる。嫌だと思ったら、勝手にやめてやるし、親父になんもいわせねぇ。先にいっとくが俺は好きにやらしてもらうからな!”







妹”兄ちゃん(俺)は父さんに相当厳しく育てられているからね~。そろそろ反抗してもいいんじゃない?というより、兄ちゃんがお父さんになにかを言うこと自体が珍しい。でもお父さんの厳しさに耐えてきて、しかも、世あたりもうまそうな兄ちゃんが言うなんて相当なことだ・・・”






弟”まぁ一番上だからな。お前はほんとなにかと厳しくされていたな。親父はお前(俺)に学者か研究者になってほしいんだと思う”







妹、弟”おかげでこっちは楽だったぜ(・∀・)”






ちなみに俺は”家でも長いものにはまかれろ”な感じです。というより、そうせざるを得なかった。弟のように、家をしかとしてまで行動するなんてこと、俺にはありえない。それは家族というのも含めた、チームそのものを大切にしたいと思う俺の性格からくるところもあるんだろう。誰かを無視するなんて俺にはできない。まして親は・・・。そして、弟はそんなことを言ったが、親父は俺だけでなく弟も含めて、いずれかに学者になってほしいと思っている。それは間違いない。







どこの家もそうだが、うちも例外ではなく3番目にして末っ子、娘の妹に親父はかなり甘い。食べ物の好き嫌いが存在するのも妹だけで、それが許されている。まぁ俺はコレに関しては、好き嫌いないほうが得だとは思うけど。







俺”お前らは好きにいきろよ。そうしたほうがいいぞ。やりたいことがあるなら、それに向かって進め。人生振り返ってみたときそこになにがあるのか?が一番重要だと僕は思うぜ”





妹”あざーっす(・∀・)”







弟”今後もそうさせてもらうつもりだ。”









弟と俺は家での一人称も違う。弟は家でも”俺”、俺は基本”僕”。あとは”俺様”くらいか。






妹”でも、兄ちゃん(俺)の性格は院に入ってから変わったよね・・・。本当に暗くなったし、夏休みなんてリアルに自殺するんじゃないかと思ってメールしかけた”






いいとこ見てはいるけれど、メールってお前・・・。つか俺どんだけに見えていたんだか・・・。まぁ家では、俺は一応、明るく勤め、いつも笑い場を盛り上げようとしていた。学部時代、辛いことは何度もあったけど、そのたびに”トレーニングにいってくる(・∀・)”と言って、隣にある学校のグラウンドで独り休むのも結構あった。俺は、辛くても元気でなくてはならない。この家でも・・・そして他でも。そんなよくわからないのが”癖”になり染み付いた22年間・・・最近はほんと家にいる時間もほとんどなかったしな・・・。。







”うぜぇ・・・というより、お前のアドレスとか知らないし






妹”ついでにハゲたよね”







俺”アホか!ハゲって言われるうちはまだだいじょ・・・・”








弟”ハゲっておま・・・ハゲにハゲっていうなよな!”







俺”・・・・・・・・。”はげって言われるうちが華・・・





妹”でもほんと、兄ちゃんがお父さんになにか真っ向からいくなんて、、いつもはなんか上手く対処・・・ってか流されているのに・・・。”






弟”俺なんかは気にしないがな”








俺”あ、ちなみにもしなんかあったらお前(弟)んち行くから。トイレだけありゃ満足です。まさか路頭に迷った兄貴を放置なんてしないよな!”








久しぶりにこんなに話をしました。最近は時間もなかったしでほとんど家族での話しはありません。





話をしていると、







”やりたいこと・・・やっぱりやったほうがいいと思う。もうさめくんも22なんだから、私はそろそろ好きにさせてやってもいいと思う・・・・”









。。。。親父が許すはずはない。自動車免許を取得に俺がどれだけ(父的な意味で)大変だったか・・・バイト禁止令の話もまぁなかなかで。








俺は突然のピンチに限りなく弱いけれど、人生送りバントの俺が考えもなしに親父の前に立つわけはない。弟は切り捨てる感じに親父と戦う。だが俺は違う。なにかしらの武器を元より用意しておく。それは俺の妥協案でもあるし、親父の妥協案でもある。妹や母に世渡り上手呼ばれる所以は、親父に対するコレである。だが、こっちにとっても妥協案であるし、親父の納得は最優先事項(シカトはしたくないので)なのでコレを続けていると結局は、流される形にはなるんですがね~。だから就職とかもなかなか大変になる・・・。まぁ就職は仕方がないしこっちが妥協したくないから、アレなんですが。








今回の妥協案は、、







元いた研究室に戻るということ










親父は俺に修士を手に入れさせたい。それを考えた。









え?じゃぁ今の院で・・・と、なるが、他学校にいく・・・つまり期間が空く。春入学になるからね。








”その期間になにをするか”に当然話は変わる。。。ほら、次の話題にいける。そしてこの期間こそが、今の院をやめたすぐ次の段階の話になり、これこそが今一番話題にすべき話だ。







母はそんな俺に、親父のことは気にしなくていいという。だが、現実親父を突破せねば意味はない。弟が俺に言うように、俺は今実家に住んでしまっているのだからなおさらだ。



つづく