先生”コレ、pH(←あのアルカリだか中性だかのやつね)7にあわせてきて・・・絶対に7は越すなよ。絶対にッ!!”






心配性な俺、そんなん言われたら余計に・・・(;'`)ドキドキ







うぅ・・・となりながらも、慎重に慎重~~~にpH7になるように試薬をたらしていく・・・・。むッ・・・あんまり変化しないな・・・。もっと濃い試薬をば・・・







と、していると、先生がやってくる。なにやってんだお前、こんな濃い試薬で・・・。






俺”いえまだ入れてませんが、薄いのはほとんど変化しなかったので・・・。”






先生”貸してみな”







”・・・・む、確かに変化しないな・・・。濃いヤツいってみるか・・・。変化しないな・・・・”










・・・・・・・・









pH7超えるどころかpH10いったーーーーーーー('`)!!









最初の台詞は俺じゃなくてこのための振りだったんですね!わかります!






というような笑い話もおいといて(まぁコレのせいで俺の時間が相当削られたのですが・・・)、こんにちは。”まさか瓶の位置を人に聞いただけでバカよばわりとは・・”さめくんです。








俺のブログのスタイルは当初・・・というか今もなんですが、基本的に人が来てくれればいいなぁというような、なんていうかだらだらと地味に人が集まるようなブログを意識した書き方をしています。学部時代の研究室で、”人の集まるブログはどんなブログなのか!”を話合ったことが懐かしい・・。関係ないけど、昨日の検索・・浣腸で俺のブログにくる人おおかったんだけども今度は浣腸ブログかよ。








で、真面目な話、鬱話、そもそも長い、(手前のブログだけど)独りよがりな文・・・・などは人がきにくいです。内容がどんなものでアレ長けりゃ、内容を見ずに飛ばしてしまいがちになったりもするし、ようは見ず知らずのブログなのですから、余計に他人事。自分に関する深い話などは、面白みの欠片もございません。。。と、いったところでしょう。そんな話を今回はこちらにします。お世話になった人も見るかもしれないので。








前置きとして、自分が如何に恵まれているかは理解しています。そして、俺は社会もしらない子供です。知識もなにもないですね。それこそ、若いだけがとり得の無知な人間です。そこらへんも兼ねて、”ふ~ん”程度に聞いてくれればいいです。










俺が院にきたこと、そもそもそれは本意ではなかった。








いや、”本意ではなかった”の言い方がまた難しい。強いていうならば、今の今まで、理系に進学したことすらも、親の意向が強く反映されていたのは確かだった。







夢を持たない俺は、反論すべくもなく、また性格上、そしてそういう育ちをした俺はそれを受け入れた。快くというわけでもないが、そこまで嫌々というわけではない。ただし、幅広い就職もでき、就職という点で見れば最強の学科を出、さらに近年ではもっとも就職の栄えた時期に、院進学を強く推し進められた時は正直参った。そういうメリットがあったから大学はそういう分野にいたし、それに学部時代は結構大変だったし、もう俺は随分前からもう勉強もしたくないと思っていたし、もう理系はちょっとな~って気持ちも表れてきていたからね~。









それでも、”コレだ!”っていう夢のない俺は、それを受け入れた。院そのものというよりかは、そういった自分の生き方にも疑問は感じざるを得ない。







まぁだから本気の本気で院に行くのがいや!ってわけではなかったし、最初のころは”入ったからには、やってやるーーー!(・∀・)”なんて気持ちもあったりしました。学部時代・・いやいままでだって、そんなにやる気満々でもなかったがなんとかやってきていたし、別にって思いもありましたが。









学部時代から揺れる心、、学部時代は”就職最強”の後押しと、”大卒”の肩書きを得んと・・・・・って全部話すと長くなるので下りは唐突におしまい。今日あった話だけをしますかね!












もはややる気は0。












おまけに今日の先生と来た日にゃもうほとほと付き合いきれん。やる気はもう結構前から0ではあったし、先生に付き合いきれないのも元々ですが・・・。これらは俺の揺れる心のきっかけを作ってくれた一要因でしかありません。今までもそうですが、俺はなにか一つだけの要因で、なにかを変えたりとかはまずありません。割と耐え忍ぶタイプです。それは心配性で臆病、安定志向ということも手伝ってますね。つまり院をやめたいという理由は、一つではない。一つではないからこそ、伝えるのがまた難しい。









、そして夏休みで寄生虫(帰省中)のがいる居間。はまだ帰ってきていない。もいる。







この前、この話を母にした時は母一人だった・・・。言うのには勇気がいた。





今回、久しぶりに弟達と話ていたのもあり、母にも前よりすんなり言えた。






そう、この話は2度目だった







最初に話たとき、母は意外にも理解者というよりはむしろ逆だった。ちなみに母は”先生がいやだから”と思っているらしい。ちなみに1回目の父との話合いのとき、母から話をきいた父もそう思っている。







弟と妹は今回初だった。こいつらはまた別で”やりたいこと”系の理由だと思っている。どちらかと言えばこいつらのが近い。まぁきっと世代の差なんだろう。妹は”俺に限って特定の人物が嫌でしかたなくやめたいというのはない”というような評価をくれていたが、家族の中の俺のイメージは実際とはかなり離れているので、根拠はまるでわからない。








今回、弟と妹がいて、そしてその雰囲気から母はこの前とはうって変わった態度を示した。最近、なにやらいろいろあって、母も人生について思うところがあったらしい。今回の母は弟と妹のおかげもあってか、”先生がいや”のほかに”やりたいこと”系の理由がプラスされていた。











こういう時、話題になるのが親父の対応。。うちでは親父が絶対だ。ともかく、それまでの家族の反応はこうだ









弟”俺なら好き勝手やる。嫌だと思ったら、勝手にやめてやるし、親父になんもいわせねぇ。先にいっとくが俺は好きにやらしてもらうからな!”







妹”兄ちゃん(俺)は父さんに相当厳しく育てられているからね~。そろそろ反抗してもいいんじゃない?というより、兄ちゃんがお父さんになにかを言うこと自体が珍しい。でもお父さんの厳しさに耐えてきて、しかも、世あたりもうまそうな兄ちゃんが言うなんて相当なことだ・・・”






弟”まぁ一番上だからな。お前はほんとなにかと厳しくされていたな。親父はお前(俺)に学者か研究者になってほしいんだと思う”







妹、弟”おかげでこっちは楽だったぜ(・∀・)”






ちなみに俺は”家でも長いものにはまかれろ”な感じです。というより、そうせざるを得なかった。弟のように、家をしかとしてまで行動するなんてこと、俺にはありえない。それは家族というのも含めた、チームそのものを大切にしたいと思う俺の性格からくるところもあるんだろう。誰かを無視するなんて俺にはできない。まして親は・・・。そして、弟はそんなことを言ったが、親父は俺だけでなく弟も含めて、いずれかに学者になってほしいと思っている。それは間違いない。







どこの家もそうだが、うちも例外ではなく3番目にして末っ子、娘の妹に親父はかなり甘い。食べ物の好き嫌いが存在するのも妹だけで、それが許されている。まぁ俺はコレに関しては、好き嫌いないほうが得だとは思うけど。







俺”お前らは好きにいきろよ。そうしたほうがいいぞ。やりたいことがあるなら、それに向かって進め。人生振り返ってみたときそこになにがあるのか?が一番重要だと僕は思うぜ”





妹”あざーっす(・∀・)”







弟”今後もそうさせてもらうつもりだ。”









弟と俺は家での一人称も違う。弟は家でも”俺”、俺は基本”僕”。あとは”俺様”くらいか。






妹”でも、兄ちゃん(俺)の性格は院に入ってから変わったよね・・・。本当に暗くなったし、夏休みなんてリアルに自殺するんじゃないかと思ってメールしかけた”






いいとこ見てはいるけれど、メールってお前・・・。つか俺どんだけに見えていたんだか・・・。まぁ家では、俺は一応、明るく勤め、いつも笑い場を盛り上げようとしていた。学部時代、辛いことは何度もあったけど、そのたびに”トレーニングにいってくる(・∀・)”と言って、隣にある学校のグラウンドで独り休むのも結構あった。俺は、辛くても元気でなくてはならない。この家でも・・・そして他でも。そんなよくわからないのが”癖”になり染み付いた22年間・・・最近はほんと家にいる時間もほとんどなかったしな・・・。。







”うぜぇ・・・というより、お前のアドレスとか知らないし






妹”ついでにハゲたよね”







俺”アホか!ハゲって言われるうちはまだだいじょ・・・・”








弟”ハゲっておま・・・ハゲにハゲっていうなよな!”







俺”・・・・・・・・。”はげって言われるうちが華・・・





妹”でもほんと、兄ちゃんがお父さんになにか真っ向からいくなんて、、いつもはなんか上手く対処・・・ってか流されているのに・・・。”






弟”俺なんかは気にしないがな”








俺”あ、ちなみにもしなんかあったらお前(弟)んち行くから。トイレだけありゃ満足です。まさか路頭に迷った兄貴を放置なんてしないよな!”








久しぶりにこんなに話をしました。最近は時間もなかったしでほとんど家族での話しはありません。





話をしていると、







”やりたいこと・・・やっぱりやったほうがいいと思う。もうさめくんも22なんだから、私はそろそろ好きにさせてやってもいいと思う・・・・”









。。。。親父が許すはずはない。自動車免許を取得に俺がどれだけ(父的な意味で)大変だったか・・・バイト禁止令の話もまぁなかなかで。








俺は突然のピンチに限りなく弱いけれど、人生送りバントの俺が考えもなしに親父の前に立つわけはない。弟は切り捨てる感じに親父と戦う。だが俺は違う。なにかしらの武器を元より用意しておく。それは俺の妥協案でもあるし、親父の妥協案でもある。妹や母に世渡り上手呼ばれる所以は、親父に対するコレである。だが、こっちにとっても妥協案であるし、親父の納得は最優先事項(シカトはしたくないので)なのでコレを続けていると結局は、流される形にはなるんですがね~。だから就職とかもなかなか大変になる・・・。まぁ就職は仕方がないしこっちが妥協したくないから、アレなんですが。








今回の妥協案は、、







元いた研究室に戻るということ










親父は俺に修士を手に入れさせたい。それを考えた。









え?じゃぁ今の院で・・・と、なるが、他学校にいく・・・つまり期間が空く。春入学になるからね。








”その期間になにをするか”に当然話は変わる。。。ほら、次の話題にいける。そしてこの期間こそが、今の院をやめたすぐ次の段階の話になり、これこそが今一番話題にすべき話だ。







母はそんな俺に、親父のことは気にしなくていいという。だが、現実親父を突破せねば意味はない。弟が俺に言うように、俺は今実家に住んでしまっているのだからなおさらだ。



つづく